きょうは〆後の、月はじめだ。どっと注文が殺到して、あいにく男たちはみな、出払っている。
普段はいるはずの五平やら竹田ですら、配達へとかりだされていた。
ひとり居るには居るが、齢六十を過ぎた老人だ。
しかも激しくふり出した雨のため、裏の倉庫内での作業に精を出している。
余ほどの大声でも、この雨音では聞こえるはずもない。
「どうしたの?」。二階から小夜子が声をかける。手すりから体半分を乗り出して、階下の様子をのぞきこむ。
「おう! あんたが、女主人かい?」。待ってましたとばかりに、男が怒鳴る。
「あんたんとこは、困ってる人間に対して、まるで情というものがないんだねえ!世間さまの評判どおりだぜ」
半ば禿げ上がった頭が、ぴかりと光る。凄みのある目つきで、階上の小夜子を睨みつけた。
いまにもその二階へ上がらんかとするような動きに、大女が飛び出した。
「松枝! 警察に電話して! 捜査二課の、神田の旦那にすぐ来て欲しいってね」
男の行く手を阻むがごとくに、大きく手を広げた。
「お姫さまに、何の用だい。いま、警察が来るからね。
どんな魂胆があるのか知らないけれど、お姫さまには指一本触れさせないよ!」
「そうよ、そうよ!帰んなさいよ!」
「足元の明るい内に、帰んな!」
つい先日観た映画の決めセリフを言った者もいた。
「いや、おれは、べつに……ただ雨やどりを……させて……」
「警察ですか? えぇっと、二、二課の田山さんをお願いします」
ひときわ大きな声だ。と同時に、男が外へ駆けだした。
「うわあぁ!」と、大きな歓声が上がった。
その声に潰されるように、男の前に立ちはだかった大女がへなへなとその場にへたり込んだ。
「大丈夫? マサさん。立派だったわ、ほんとに」
階段を駆け下りた小夜子が、声をかける。他のみなも、口々に褒めそやした。
「すごい! 男顔負けの、大活躍よ」
「ほんと。マサさんが立たなかったら、あたしが行ってたけどね」
「この人なんか、ハサミをにぎりしめてたのよ」
「マサさんが行ってくれたからよ」
そのひと言に、みながうんうんと頷いた。第一の功労は、マサに違いなかった。
「マサ、頑張ったわね。体が大きいくせに気の小さいマサが、よくぞ立ち上がったわ。立派よ、立派」
古参の徳子が、最後の締めをした。
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