昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ 新(三百四十三)

2023-04-26 08:00:23 | 物語り

 きょうは〆後の、月はじめだ。どっと注文が殺到して、あいにく男たちはみな、出払っている。
普段はいるはずの五平やら竹田ですら、配達へとかりだされていた。
ひとり居るには居るが、齢六十を過ぎた老人だ。
しかも激しくふり出した雨のため、裏の倉庫内での作業に精を出している。
余ほどの大声でも、この雨音では聞こえるはずもない。
「どうしたの?」。二階から小夜子が声をかける。手すりから体半分を乗り出して、階下の様子をのぞきこむ。
「おう! あんたが、女主人かい?」。待ってましたとばかりに、男が怒鳴る。
「あんたんとこは、困ってる人間に対して、まるで情というものがないんだねえ!世間さまの評判どおりだぜ」

 半ば禿げ上がった頭が、ぴかりと光る。凄みのある目つきで、階上の小夜子を睨みつけた。
いまにもその二階へ上がらんかとするような動きに、大女が飛び出した。
「松枝! 警察に電話して! 捜査二課の、神田の旦那にすぐ来て欲しいってね」
 男の行く手を阻むがごとくに、大きく手を広げた。
「お姫さまに、何の用だい。いま、警察が来るからね。
どんな魂胆があるのか知らないけれど、お姫さまには指一本触れさせないよ!」
「そうよ、そうよ!帰んなさいよ!」
「足元の明るい内に、帰んな!」
 つい先日観た映画の決めセリフを言った者もいた。

「いや、おれは、べつに……ただ雨やどりを……させて……」
「警察ですか? えぇっと、二、二課の田山さんをお願いします」
 ひときわ大きな声だ。と同時に、男が外へ駆けだした。
「うわあぁ!」と、大きな歓声が上がった。
その声に潰されるように、男の前に立ちはだかった大女がへなへなとその場にへたり込んだ。
「大丈夫? マサさん。立派だったわ、ほんとに」
 階段を駆け下りた小夜子が、声をかける。他のみなも、口々に褒めそやした。

「すごい! 男顔負けの、大活躍よ」
「ほんと。マサさんが立たなかったら、あたしが行ってたけどね」
「この人なんか、ハサミをにぎりしめてたのよ」
「マサさんが行ってくれたからよ」
 そのひと言に、みながうんうんと頷いた。第一の功労は、マサに違いなかった。
「マサ、頑張ったわね。体が大きいくせに気の小さいマサが、よくぞ立ち上がったわ。立派よ、立派」
 古参の徳子が、最後の締めをした。



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