(二)
「明日の夜、『愛』という喫茶店に来て! 時間は、五時五十分。遅れたりしたら、私帰るから」
極めて事務的な、命令調の言葉だった。
「どうして、五時五十分なんですか?」
彼は、おずおずと聞き返した。
「私が六時に着くように行くからよ。十分前に到着してるのが、男性のエチケットだから」
彼は、次の言葉が出なかった。
“どうして六時丁度では…”と、言えなかった。
「じゃ、時間に遅れないように、ね。ヴォーヴォ・ゥワァール!」
柔らかい響きのその声に、彼は瞬時酔いしれ、棒立ちになった。
受話器を下ろすと、耳たぶが熱くなっている自分に気付いた。
後ろの歓声から逃げるように駆けだした彼は、飛び跳ねんばかりだった。
「ウワーオゥ! デートだ、デートだぞ」
「ブラボー!」
盛んな拍手と、怒号にも似た嬌声がいつまでも、彼を追いかけてきた。
長い長い時間だった。何度、壁の時計を見ただろう。
五時三十分に、彼は指定の喫茶店に着いた。
週刊誌を手にしたものの、何も頭に入ってこない。
漫然とただ眺めている、そんな感じだった。
早や時計は、六時半を指している。しかし令嬢は、現れない。
“時間を間違えたのか。いや、確かに六時だった。
今日では無かったのか? いや、確かに明日と聞いた”
“店の時計が進んでいるのか? からかわれた?…”
ドアが開くたびに、入り口を見やる自分が嫌になってきた。
というより、怖くなってきたと言うべきだろうか。
幾度となく振り向いては、裏切られた。時計を確かめることが、苦痛になっていた。
“諦めて帰ろうか…”
“いや、もう少し待っていようか…”
そんな逡巡を繰り返している自分が、哀れでもあり愛おしくも感じる彼だった。
「明日の夜、『愛』という喫茶店に来て! 時間は、五時五十分。遅れたりしたら、私帰るから」
極めて事務的な、命令調の言葉だった。
「どうして、五時五十分なんですか?」
彼は、おずおずと聞き返した。
「私が六時に着くように行くからよ。十分前に到着してるのが、男性のエチケットだから」
彼は、次の言葉が出なかった。
“どうして六時丁度では…”と、言えなかった。
「じゃ、時間に遅れないように、ね。ヴォーヴォ・ゥワァール!」
柔らかい響きのその声に、彼は瞬時酔いしれ、棒立ちになった。
受話器を下ろすと、耳たぶが熱くなっている自分に気付いた。
後ろの歓声から逃げるように駆けだした彼は、飛び跳ねんばかりだった。
「ウワーオゥ! デートだ、デートだぞ」
「ブラボー!」
盛んな拍手と、怒号にも似た嬌声がいつまでも、彼を追いかけてきた。
長い長い時間だった。何度、壁の時計を見ただろう。
五時三十分に、彼は指定の喫茶店に着いた。
週刊誌を手にしたものの、何も頭に入ってこない。
漫然とただ眺めている、そんな感じだった。
早や時計は、六時半を指している。しかし令嬢は、現れない。
“時間を間違えたのか。いや、確かに六時だった。
今日では無かったのか? いや、確かに明日と聞いた”
“店の時計が進んでいるのか? からかわれた?…”
ドアが開くたびに、入り口を見やる自分が嫌になってきた。
というより、怖くなってきたと言うべきだろうか。
幾度となく振り向いては、裏切られた。時計を確かめることが、苦痛になっていた。
“諦めて帰ろうか…”
“いや、もう少し待っていようか…”
そんな逡巡を繰り返している自分が、哀れでもあり愛おしくも感じる彼だった。
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