昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第三部~ (四百十八)

2024-04-09 08:00:04 | 物語り

 夕闇のせまるなか、雑多な商店がが建ちならんでいる通りを歩きながら、たばこ屋はないかとあたりをうかがった。
と、目の前にあった。どうしても遠方に視線がむいてしまい、意外に見落としてしまう。
店頭に赤電話のあることを確認した武蔵は、「おばちゃん、ラッキー・ストライクはあるかな?」と声をかけた。
老婆というにはまだ若い五十代半ばぐらいの女性が
「はいはい、ございますよ。奥にあるので、ちょっとお待ちください」と、えびす顔を見せた。

 50本入りで1円90銭の高級輸入品で、国産の廉価品であるゴールデンバットの5倍ほどする代物だ。
めったに買い求める客もいないだろうから置いていないかと危惧していたが、案外に多くの商店が建ちならんでいることと、蒲田駅に近いことなどから、愛煙家がいるのかもしれないと思い直した。
「円タクを呼びたいんだが、電話番号はわかるかな」と、赤電話の受話器をとりあげると、
「旦那さん、蒲田駅がすこし先にありますが」と、答える。
「いや、汽車はちょっと。円タクにするよ」と、さらに言うと
「それじゃあたしが……。いえいえ、お代はタバコだけで結構でございますから」と、武蔵から受話器を受けとった。

 いまはすべて出払っていて、30分ほどのちにならうかがえますが、と返事がきた。
「やっぱり汽車の方がよろしいんじゃないですいか?」と勧めるが、「いやいい。待つことにする」とこたえた。
この時間だと大勢の帰宅時間にかさなり、汽車内はこんざつするだろう。
どうせならすこしあたりを見て回るかと、もしも円タクが先に来たら待たせておいてくれと言いのこし、散策をすることにした。
多摩川の土手にあがりぐるりと見渡す。

大きな工場が点在しており、あそこが石川島播磨重工業(現IHI)で、あれが三菱重工か。
北進電機製作所に中央工業と。まわりには無数の下請け・孫請けがひろがるぞ。
こりゃあ一大商圏じゃないか。沢田商店は伸びるぞ、良い場所に店をかまえたもんだ。
「運が良かったですよ」なんて言ってたが、どうしてどうして先見の明ってところじゃないか、と沢田という男に興味を覚えた。

“まったくなにやってんだ、五平は。取引の多寡や年月であいてを差別するとは、あいつらしくもない。
こんなことが他所に広まってみろ。新規開拓ができなくなるぞ。
それだけじゃない。取引先をえらぶのか、ってことになっちまう。
まあな、実態はそうだとしても、ぜったいに表に出しちゃいけねえことだってことぐらい……。
しかし来て良かった。この沢田商店の先が楽しみだ。
もっとも周囲の発展次第ということか”



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