昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛の横顔 ~地獄変~ (八)諍い

2024-04-10 08:00:05 | 物語り

娘が十六のときでございました。
酒の酔いも手伝って、妻に手をあげてしまいました。
些細なことからの口喧嘩の末のことでございました。
生まれてこの方、そのような経験のない妻にとっては、さぞかしショックだったことでございましたでしょう。
まなこをカッと見開いて、口をパクパクさせ……クク、まるでおかに上がった魚でございました。

思わず、ふきだしてしまいました。
と、怒ることおこること。
怒髪天を突く、の勢いでございました。
わたくし、“この俺をコケにして! あの男の娘なんだろうが!”と、心の内で叫んでおりました。
えっ、「どうして実の娘ではないと分かったのか?」ですと。
お話ししていませんでしたか、失礼いたしました。
親の口から申すのもなんでございますが、じつに頭の良い子でして、つねに学年上位の成績でございました。

器量も、わたくしに似ず評判の娘でございます。
お分かりでしょうか? わたくしとは似ても似つかぬ娘なのでございます。
まあたしかに、妻に似てはおります。
大きな目と鼻筋がとおった鼻、そしてぷっくりとしたすこし肉厚の唇。
顔の輪郭は、そうでございますなあ、面長の部類にはいりますでしょうな。

うーん、お分かりいただけませんか?
困りましたなあ、どうご説明すればいいか……。
映画スターで言えばですなあ……うん! そうそう、松坂慶子お嬢さんに似ておりますですよ。
「夜の診察室」なんぞは、初々しい色気がありましたなあ。
ハハハ、羨ましいですかな?
ただ、おたなのおとなりに住んでおられた大木さまのお話では、あの同棲相手の男の面影があるとのこと。


そう考えれば、まったく納得のいくことでございましょう。
まるで不釣り合いなわたくしのような者に嫁ぐなどということが。
娘のおらぬ所で、そのことをなじりましたのが、このお話の、ある意味では発端でございます。
もちろん、妻は否定いたします。
しかし、否定されればされるほど疑念の心は確信に変わっていったのでございます。
そして嫁ぐことを決意した理由が、「恩返しのつもりだった」と聞かされたおりには、”やはり”という気持ちで一杯でした。

そうでございましょう? 恩返しなどとお為ごかしなことを、いけしゃあしゃあと言うのでございますから。
ご奉公中のわたくしめに対する態度を思いますれば、とてものことに信じられぬことばでごさいます。
あれほどに背におぶってあやし申し上げたわたくしに対して、「お前の背は臭かったわ!」などと、女学校のご級友の前での罵詈雑言。
聞かれたご級友の、かばい立てがなかったら……。
そしてまた、何ゆえに手までお上げになられるのか。
しかもお手ではなく、さも汚らわしいものに触れでもされるように、箒を持ち出してのこと。
忘れてはいませんぞ。



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