昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

えそらごと (五)

2018-06-19 08:00:39 | 小説


 先日のこと「配達の折に注文の一つも貰って来い」と言われた。
(ジョーダンじゃない! その分の給料はもらってないぞ)と心内で毒付きながらも「はあ…」と生返事を返してしまった。
(情けない)と己を責めるが、先々月に買ったコンポーネントステレオの月賦支払いがあり、今は辞められない。
今朝の勢いは、すぐに溶けてしまうアイスキャンディーのようなものだ。

 いつもならば「ごくろうさま!」と返ってくるはずが、今日に限って何もない。
鎌首をもたげて覗き込んだ。
一望できる仕切りのない作業場には、誰も居ない。
誰かしらが必ず居るのだが、どうしたことか今日は無人だった。

部屋はだだっ広い空間で、壁には諸々の治具が掛けられている。
ステンレス製の定規が長短あわせて五種類があり、ハサミも大きな裁ち鋏から小鋏まで七種類がある。
製図用の横幅のある平机には三種類のアイロンが置いてあり、使い道の分からぬ小物治具が何種類かある。

そして階段を上がりきった角に、彼の天敵であるパターンやらハトロン紙が置いてある。
それらを車に積み込む折に、無造作に放り込んだところを主任に見咎められた。
破れやすい紙類の扱いについては、特に扱いを注意するようにと、常々言われていた。
それを怠ったと叱られたのだ。


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