昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

青春群像 ご め ん ね…… えそらごと(十六)

2024-03-03 08:00:52 | 物語り

 昨夜のことだ。
ひと月以上も前に別れを切り出された相手から「やり直そうよ」と、貴子に電話が入った。
なによ今さらと答えつつも、未練の気持ちがある貴子に異はない。
「あの娘は連れてくるなよな」と詰問調に言われると、心内ではそうよねと納得しているのに「わたしの妹なのよ」と反発してしまう。
キスもできないじゃないかと反駁されると、黙らざるを得なかった。
激しい口論の末に、悲しみとも怒りともつかぬ思いが貴子の中に充満した。
その思いが彼に向けられたものなのか己に向けられたものか、それすら分からぬままの朝を迎えた貴子だった。

 とにかく少し考えてみるからと電話を切ったものの、真理子をひとりにするわけにはいかないと考えてしまう。
前の職場で受けた傷がまだ癒えていないのだ。
二十代後半ばかりの女性社員の中にただひとり、十五歳の地方出身者の、初々しさいっぱいの少女が入った。
男どもにちやほやされていい気なものよねと、妬みの対象になってしまった。
小さなミスを針小棒大にあげつらわれてトイレに駆け込む真理子だったが、甘えるんじゃないわよとしつこく追いかける女子社員すらいた。

うつ状態寸前まで追い込まれた真理子が助けを求めたのが定時制高校の女性担任であり、いまは貴子となった。
そんな真理子をこのまま突き放すわけにはいかない。
といって貴子の私生活すべてを犠牲にすることはできない。
そして思いついたのが、真理子に男友だちを作ることだった。

 内気で奥手だとはわかっているが、仕事中にときおり見せる笑顔は、本来の真理子は明るい子なのだと感じさせるものだった。
いまはやはり、前の職場でのいじめから抜け出せていないと感じずにはいられなかった。
なんとしても環境を整えてやらねばと、強く思う貴子だった。

 会社への出勤は貴子の車に同乗してのことであり、異性と出会うことはない。
助手席にチョコンと座り、さながらお人形さんのようにただじっと前を向いている。
借りてきた猫状態ならば、持ち主の手許にかえれば甘え出すこともあるだろうと思う。
いまの真理子がそうなのかどうなのか、貴子には判断できない。

 高校の担任に学校での真理子を確認すると「以前にくられば、格段に元気になりました。
男子との会話は、昔からありませんね。
女子にしても、特定の生徒だけですね」との答えが返ってきて、同級生の線も消えた。
なにかきっかけがあれば、と思案するがどうにも思いつかない。

(彼だって、侠気をだすさ……)



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