(九)
「茂作、そうなのか?
そんな話が持ち上がっていたのか?
それで、正三との話を御破算にしたのか?
なんで言うてくれんのじゃ、そんな大事なことを。
お前ひとりで、どうするつもりじゃった!」
思いもかけぬ話に、繁蔵が茂作を問い詰めた。
「別に本家の世話になるつもりはなかったですけ。」
冷たく言い放つ茂作に、次の言葉が出ない繁蔵だ。
「ところが、その話が頓挫してしまいまして。」
「はあはあ、そうでしょうとも。
そんな夢物語りみたいなこと、あるわけがないでしょう。」
得心したように頷く助役、不機嫌な色を隠さない繁蔵、そして俯いたままの茂作。
ひとり武蔵だけが、嬉々として見える。
「頓挫といっても、ある意味不可抗力なんです。
いや別の角度からすると、遅すぎたとも言えますな。
小夜子が早くそのロシア娘の元に行っていれば、この不幸は防げたかもしれません。
その思いが小夜子を暫くの間、苦しめました。
そりゃもう、見ていて可哀相でした。
ひどい落ち込みようで、自殺するのじゃないかと心配になったほどです。」
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