時計が11時をつげると、男は麗子と共にあかるい外に出た。
きのう日の雨がまるで嘘のようにカラリと晴れわたっていた。
道路の所どころにある水たまりが、かろうじてきのうのはげしい雨のことを思い出させる。
麗子は男の腕に自分のうでをからませて、もう離さないとでも言いたげだった。
気恥ずかしさを感じはしたが、男は幸せだった。
〝しかしどうしてだろう、なにがあったのだろう、麗子に。
あれほど一線を越えることに躊躇していた麗子が……〟と、すこし不思議ではあった。
じつのところ、麗子のこころのなかに打算が働いたのである。
人事課の同僚からの情報で、男の評価が高くなったと聞かされた。
現在男が手がけている戦略的商品の有望性がたかく、結果しだいではすぐの昇進もありうるかもよと聞かされたのである。
そして、そのことで社内の女性社員のあいだで花丸がついたとも聞かされた。
「気をつけなさいよ、みんな狙っているわよ」とも、耳打ちされた。
その人事課の同僚だけには男との交際の事実をつげていた。
昨夜にこの同僚を呼び出しての愚痴話から、とんでもない情報を得たのだ。
しかしもう、けさの麗子にはどうでもいいことのように感じられていた。
きのうまでとおなじ街並みなのに、いまの麗子にはすべてが新しく感じられる。
はるか彼方の山々の緑が、さらに緑々しく映り、家なみが整然と感じられた。
通りの向こう側の冷たくそそり立つビル群でさえ、活きいきと感じられる。
繁雑な人通りも、さほどに苦にならない。
いつもならソクサクと通り過ぎる商店街のウィンドウを、1軒ずつ足を止めてはのぞ
き込む。
最新モードで着飾るマネキンにため息をついては、それを着ている己を思い浮かべる。
薄いピンクのブラウスに、真っ白いミニスカートが映えている。
1967年10月18日午後5時に飛行機のタラップに立った、妖精のようなTwiggyにおのれを重ねた。
身長165cm、体重41kgの、超痩身。
ミニスカートから飛び出した足は、あまりに細すぎて折れてしまうのではと思わせられた。
それにたいして、身長161cm、49kgの麗子。
ややふっくらとした体型では、Twiggyのファッションは……と考えてしまう。
「Twiggyって知ってる?
彼女なら似合うわよね、この服。でもあたしにはちょっと…。
どう思う?」
「似合うさ」。
そんなことばを期待する麗子にたいして、「そうだな」と、男は素っ気ない。
おとといまでの男ならば、
「似合うさ、麗子なら。だけどイヤだな、ほかの男たちがほっとかなくなる」と、言ってくれたはずだ。
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