(吉岡一門 四)
冷笑を浮かべて本堂横を指さした。
月明かりだけが届くだけの薄暗さだった。
およそ五間ほどの巾で、奥行きは十間か十二間か。太い幹まわりの木が三間ほどの間隔にならんでいる。
この場所ならば、ムサシの言うがごとくに多人数の乱入はできない。
体の冷えが気になりはじめた清十郎は「体を温めてください」という梶田の進言をしりぞけた己の未熟を思いしらされた。
ムサシの遅参もまた、体の冷えを誘わんがためのことかと、後悔の念にとらわれた。
田舎武芸者と小馬鹿にした己のごうまんさが恥じいられた。
亡父三代目当主である吉岡直賢の今際のことばが思い出された。
「臆病であれ!」
その意味を、いま知った清十郎だった。
感慨にひたる清十郎に対して、ムサシが「参る!」と怒声をあげて、長さ三尺はあろうかという丸太を飛び降りざまに振りおろした。
あわてて木刀で受けた清十郎だが、その衝撃に手首をいためてしまった。
なんとか正眼に構えをしたものの、すでに戦意をうしなった。
清十郎の目におびえの色を見たムサシだったが、右の肩に一撃をくわえて脱兎のごとくに走り去った。
約定どおりの闘い――相手にわずかでも一撃を加えられればそれで勝ちとする――を守ったムサシだった。
こたびの戦いは、金品が目的ではない。
吉岡清十郎という、京一の兵法者を倒した男という名前を欲しただけのことだ。
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