そこかしこから拍手がわく。苦笑いを見せつつ、着物のすそをはしょった。
「お兄さん、きっぷがいいじゃないか。男だねえ!」。
小料理屋の二階から声がかかった。
とたんに次郎吉が不機嫌になり、「まっぴらごめんでえい!」と駆けだした。
真っ直ぐ進むと先ほどの子どもが盗みを働いた八百屋がある。
次郎吉は、いかにもその八百屋の前を通りたくないと言いたげに、わざわざつばを吐き捨てて左へ折れた。
どことて行く宛のない気の向くままの散歩、一見そう見えるように肩をいからせている。
が、次郎吉の心の中では、先ほどの子どもの事を見ていた者には考えもつかぬ、恐ろしい計画が練られていた。
この通りをもう少し歩くと町屋から外れ、大名屋敷の連なる一帯に出る。
実は、そこが次郎吉の目的の場所だったのである。
子どもの一件は、次郎吉にとって天の配剤とでも言うべきものであった。
いぶしがられることなく、土屋相模守の屋敷前に来られたのだ。
次郎吉の計画は、土屋相模守の土蔵破りであった。
すでに、見取り図はある。昨年、建具職の手伝いとして出向いた折りに、屋敷の腰元といい仲になった。
その腰元の手引きの元、苦もなく侵入する手筈を整えた。
計画は、ほぼ完全だ。
屋敷内の長局奥向きには、腰元たちだけがいる。
この長局の部屋には、屋敷に居中する家来といえど、むやみに踏み入ることは許されなかった。
その都度、了解を求めなければならない。
否、奥向きよりのお声がかりがなければ、誰も寄りつかない。
したがって、警備の方も手薄だった。
次郎吉の散策の目的は、逃亡用の道順を探すためであった。
盗みの難しさは、その侵入時ではなく退避時だというのが、次郎吉の持論というべきものであった。
身一つであれば、屋根伝いに逃げることも簡単ではあるが、時として金子箱ごと持ち出す場合もある。
一度、屋根伝いの逃亡の折りに、足を滑らせ金子箱内の金子を落としたことがある。
それ以来、道順を探すのが重要な仕事の一つになったのである。
そう! 次郎吉の意思に反して、金子を落としてしまった。
そしてそれが、〔義賊・ねずみ小僧 〕の誕生だった。
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