昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第二部~(八十) しばし、言葉を失った

2014-02-25 21:19:39 | 小説
(十)

婦人服売り場に立った勝子。しばし、言葉を失った。
無理もない。白黒と言うモノトーンの世界の住人が、極色彩のカラフルな世界に一瞬にして飛び込んだのだ。

“ふふ、驚いて言葉もないようね。当たり前よね、それは。
あたしだって、初めてここに足を踏み入れた時は、ほんとに胸が押し潰されそうになったもの。
まるで別天地ですものね。分かるわよ、勝子さん”

「あの、あの、小夜子さん。あたし、あたし、どうすればいいの? 
なんだか、熱が出てきたみたい。足元が、なんだかぐらついて。立ってられないわ」

へなへなとその場にへたり込んだ勝子。
しかし、目だけは爛々と輝いている。そこかしこにあるマネキン人形に注がれている。

「いかがなさいました? あら、小夜子奥さま。
気付きませんで、大変失礼致しました。ご連絡いただければ、お迎えにあがりましたのに。
それにしても本日は、お早いですね」

勝子に駆け寄ったはずの森田だが、顔は小夜子に向いている。

「えゝ、ちょっとね。今日は、この方勝子さんをご案内してきたの。
私のね、知り合いなんですけどね。
ふふ‥お姉さんにね、なっていただいたのよ」

「まあ、まあ、左様でございますか。あたくし、森田と申します。
で、大丈夫でございますか? 勝子さま」

様などと称されたことのない勝子、どう応じれば良いのか。唯々戸惑うだけだ。

「え、えぇ。大したことでは。ちょっと目まいがしただけですから」

「左様でございますか。何でしたら、暫くの間、あちらの椅子でお休みください」

「いえ、もう大丈夫です」

小夜子の笑いを噛み殺す表情に気付いた勝子、恨めしげに軽く睨んだ。

「勝子さん、もう大丈夫よね。ありがとう、森田さん。
もういいわ、ひと通り見て回るから。後で、色々とお願いするわ」
と、森田を引き下がらせた。


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