(八)一子相伝
長患いで苦しんだおなかの父親が、とうとう亡くなりました。伏せってから十年の余でした。
毎日のように「すまんのお、すまんのお」と男に手を合わせて、感謝の意を伝えます。
その手をしっかりと握りながら「わたしの方こそ命を助けていただいたのです」と、応えます。
その日は長く降り続いた雨が止み、久しぶりのお日さまが出たといいます。
白装束に身を包んだ男を先頭に山の中腹を目指して、葬列がつづきます。
時折鳴る鈴の音が山々に響き渡ると、すすりなく声が葬列の中から出ます。
気丈にしていたおなかもまた、男に抱きかかえられながら何とか歩いて行きました。
そしてその夜に、男の口から平家再興のための軍資金埋蔵の話が出ました。
「このことは一子相伝とし、たとえ配偶者であっても漏らしてはならぬ」と厳命したのです。
さらには、子に関しても「男であれ女であれ、第一子誕生の後は一切子作りをしてはならぬ。
このことは子々孫々まで伝えよ」とも厳命したのです。
確かにその老婆も第一子であり、老婆の子も孫もまた、一人だったということです。
が、その家族も先般のあの大地震において……。
軍資金の埋蔵場所を記した書き物は一切なく、その軍資金を見た者もいないと言います。
さらに不思議なことは、その軍資金が一度として遣われようとした形跡がないことです。
徳川埋蔵金という噂と同様に、この平家埋蔵金もまた噂として伝わっているーいえ、こちらはこの村だけの、この老婆だけが知る事なのです。
それでも村人は、疑心暗鬼ながらも老婆を世話しています。
(九)聞き耳
元々口数の少なかった老婆ですが、最近はまた、めっきりと口を動かさなくなったのです。
時とすると、ひと言も発しない日もあるようになりました。
しかしいつかは洩らすであろうと、皆が聞き耳を立てています。
「誰ぞ、もう聞き出しておるのでは?」
そんな声が、そこかしこで聞かれるようになりました。しかし確かめる術はありません。
表面的には、互いに笑みを見せ合っている村人たちです。
創られた笑顔を見せ合って、平穏な日々です。がその裏では、恐ろしいほどの憎悪の炎が燃えているのです。
疑心暗鬼の霧が漂っているのです。
妬みや憎悪の心を争いの根源とする土着宗教もいつか影を潜め、人間の業欲の前に如何に脆いものかをまざまざと見せつけました。
「ひょっとして、お宝の話は、お婆の作り話かの?」
「お婆に、良いように踊らされているんじゃ?」
「なにを言うとるんじゃ。お宝なんぞ、関わりないがぞ。可哀相じゃから、世話をしてるんじゃから」
「ほうよ、ほうよ。お婆は、この村みんなのお婆じゃて」
一部の間では、老婆を終身まで世話させる為の奸計ではないかと疑いの声が上がリ始めました。
しかし今日も今日とて、訪れた家で下にも置かぬ歓待を受ける老婆です。
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