昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

原木 春の日のデート 後編

2024-04-18 08:00:06 | 物語り

「ワン、ワン!」
勢いよくスピッツが飛び出してきた。
私が可愛がっていたルルだった。
父の葬式の時にはこのルルが私の心の支えになってくれた。
私が後悔の念に苛まれている時、私の靴にじゃれつき靴紐をほどいてしまった。
なおもその紐を噛み切ろうとするに至って、私はルルに対し手を振り上げて叩く仕種をした。
ルルは異様な空気に気が付いたとみえ、私を下から見上げ得意満面の顔をした。

私は苦笑しつつ振り上げた手の処置に困った。
しっぽを千切れんばかりに振るルルの頭を撫でてやらざるを得なくなり、私のポッカリと空いた穴がふさがれたのを感じた。
あの、いろりの時の私が今のルルだった。
そして今の私が、家族だったのだ。
父は精一杯の愛情を私に向けてくれていたのに、私はそれを…。

「ワン、ワン!」
私は、反射的に手を差し出していた。
が、ルルは私ではなく隣の中年の女を迎えに来ていた。
私は、『シェー!』とでもやりたい心境になった。
横目で憎らしく隣の中年女を盗み見した。
その女は、私のことなど眼中になくルルを抱え上げて頬ずりしていた。
私は、ルルに少なからず嫉妬心を覚えた。
都会での生活は、決して甘いものではない。
一歩外に出れば、それこそ七人の敵が待っている。
この、むきだしの愛情表現を間近に見て、羨ましく感じた。
そんなことを考えている内に、玄関に着いた。

一年前とは打って変わり、思いっきりモダンな門扉があった。
田舎にはそぐわないものだ。
どうせ、叔父さんにでも頼まれたのだろう。
と、忌々しくその扉を押した。ビクともしない。
益々不快感を覚え、力任せに押した。それでも開かない。
「それは引くんですよ」
…、まったく不愉快だ。
“どうして引くんだ。普通は、押すものだろうが”
ブツブツこぼしながら玄関のガラス戸を開けた。

「ただいま!」
何の返答もない。
相変わらず不用心なことだと舌打ちしながら、家中に響くような足音を立てて仏間に向かった。
南向きの窓からの柔らかい陽射しが、部屋を明るくしていた。
昔ながらの豪壮な仏前にぬかずくと、両膝をそろえ目を閉じた。
父の死に顔を思い出しながら手を合わせながら、「南無妙法蓮華経」と唱えた。
神仏を信じているわけではないが、自然に口からこぼれていた。

「さあ、お茶でもどう」
懐かしい声がする。忘れていたおふくろの声だ。
ああ、帰ってきたんだ、と再確認した。
正座したまま体を回し、母の入れてくれた苦いお茶を口にした。

「あッ」
そこには、先ほどから疎ましく感じていた中年女がいた。
私は、唖然としたまま口を開けていた。
「どうしたんだい、狐につままれたような顔をして。
お母さんを見忘れたわけでもなかろうに。ほほほ‥‥」
私は何も言うことが出来ず、ただ、口をパクパクと動かすだけだった。
庭で、ルルが「ワン、ワン」と、いつものように吠えた。 

 

* 実はですねえ、これってシリーズ物でして。
春夏秋冬の4作品にしていたはずなんですよ。
ところが、どこをどう探しても見つかりません。
薄ーいペラペラの、油紙みたいな原稿用紙に万年筆で書いていた記憶があるんですが。

そうそう、万年筆ですよ。
いっぱしの文豪気取りで、太字のセーラー万年筆で買ったんですよ。
しかも、ネーム入りです。
ペンネームで、囲 新一なんて。
半年間ぐらいだったっけ? 新聞配達をして貯めたお金の中から、ムリしちゃいました。



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