昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空・第一部~ (十一) 来ちゃった、、、

2015-04-16 09:01:51 | 小説
アパートに立ち戻った彼は、どっと疲れを感じた。
緊張の糸が切れ、虚脱感に襲われていた。

「コン、コン」
突然、ドアをノックする音が聞こえた。思わず時計を見ると、十時近かった。
〝誰だ、今頃〟
訝しく思いつつも、「ハイ、どなたですか?」と、その場から声を上げた。
「ワタシです、真理子です」
消え入るような声が返ってきた。
彼は、耳を疑った。慌ててドアを開けると、確かに真理子が立っていた。
「来ちゃった、、、」

「来ちゃった。ごめんね、こんな時間に」
エナメル質のスポーツバッグを手にして、真理子が立っていた。
「驚いたよ、突然で。連絡をくれたら、迎えに行ったのに。とに角、入って」
「ごめんね、突然で。ビックリさせようと思って。夕方に来たんだけど、留守だったから」

少し涙声の真理子だった。
彼に背中を押されながら部屋に上がり込んだ真理子は、ヘタヘタと上がり口に座り込んだ。
「ごめん、ごめん。家庭教師のバイトだったんだよ。
ついさっき、帰ったんだ。さあさあ、ここじゃだめだよ」
スポーツバッグを手に取り、真理子を手招きした。
しかし疲れ切っているのか、真理子はその場から立ち上がろうとはしなかった。

スポーツバッグを部屋の隅に置くと、すぐに真理子の元に戻った。
「大丈夫かい? 顔色が少し悪いなあ。立てない位、疲れてるの?」
「逢いたかった。すっごく、逢いたかった」
真理子は座ったまま、彼の手にしがみついてきた。
その余りの力に、彼はバランスを崩し、危うく倒れそうになった。
片手を床に着き、何とか堪えた。

「ごめんね、ごめんね。迷惑だとは思ったんだけど、どうしても逢いたくて」
堰を切ったように、真理子は泣き出した。
突然のことに、彼は言葉が出なかった。
真理子の脇に手を通して、何とか真理子を立ち上がらせた。


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