昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

長編恋愛小説 ~ふたまわり・第二部~(四十)の五と六

2012-07-08 12:21:19 | 小説
(五)

「いやいや、ご心配をおかけしとりますなあ。
跡取りは、正三です。

官吏を退職した後に、戻ってきます。
それまでは、わしが頑張るちゅうことですわ。

まだわしも、五十と一ですからのう。
そうそう早く隠居とは考えておりません。

まぁ万が一のことがあったら、
正三までの繋ぎとして誰ぞを、と思ってはおりますが。」

「ほうですか、ほうですか。
それならわしらも安心ですわ。」

「正三さまは、お戻りになられるんで?」
「正一坊ちゃまが、ご戦死なさらねば……」

「それは言うちゃならんことぞ。
お国の為に散らされたお命じや。

今は、靖国のみ社にお出でになるんじゃ。」

「そうそう。
お国をお救いくださったんじゃてのう。」

そこへひょっこり、茂作が現れた。

「今夜の寄り合いは、わし抜きかい?
わしに聞かせたくないことでもあるのかい?」

意地悪げに、ギロリと正左ヱ門を睨みつける。

「いや別に、そんなことは。」

「茂作さぁ。あんたは声をかけても、いっつも出て来んからよ。」

「ほおじゃ、ほおじゃ。」

「今夜はどういう風の吹き回しかい?」

「ふん。お邪魔だったかいの? わしは。」




(六)

「茂作、いいかげんにせんか!」
と、竹田の本家の繁蔵が怒鳴りつけた。

普段ならば縮こまる茂作くだが、今は恐いもの知らずだ。

「本家じゃからて、そう怒鳴りなさんな。
わしには聞かせとうない話が、佐伯ご本家からあったんじゃろ?
おおかた、正三お坊ちゃんの嫁取りじゃろうが。」

どこで聞いたのかと、顔色を変える正左ヱ門だ。
ここにいる全てが、今の今まで知らずにいたのだ。

佐伯本家の中でも、使用人は勿論のこと家人すら知らない。
正三の母親のタカと、大婆様の二人だけだ。

「ふん。腑に落ちませんかな?
わしが知っておるのが、不思議ですかな?」

「ま、まさか!タ、タカが?」

「いぃや、いぃや。
タカさまではありませんぞ。

ご本人です、跡取りの正三お坊ちゃんですよ。」
これには皆唖然とした。

“小夜子が言い寄っている。
分もわきまえぬ不埒なおなごじゃ!”
と、悪評紛々だった。

それが、どうも雲行きが怪しい。
誰も口に出さないが、正三が言い寄っているのではと思い始めた。



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