(七)
「も、茂作さん。
その件については、あとでゆっくりと…」
顔色を変えて、正左ヱ門が茂作に頼み込む。
「いんや。今夜この場ではっきりさせる。
小夜子は正三の嫁にはやらん。
理由は、今は言わん。
ま、皆のど肝を抜くことだけは間違いない。」
茂作のこの言葉が、先ずはど肝を抜いた。
「正三坊ちゃんを袖にするとは、もさくは気でも狂うたか?」
「やっぱぁ、誰ぞの妾になったちゅうのはほんとか?」
「うむ。そうとしか考えられんぞ。」
「茂作、お前、気が狂うたか!
佐伯さまに、なんちゅう言い草じや。
謝れ、早う謝れ。わしも一緒にお許しを願うけん。」
兄の繁蔵が慌てて茂作を叱り付けるが、茂作は胸を張っての威張り顔だ。
「いや、茂作さん。竹田のご本家さん。
それは、結構なお申し出です。
当方から話を持ち掛けた覚えはありませんが、了解致しました。」
居住まいを正した正左ヱ門が、キッと茂作を睨みつけた。
茂作の頭の中には、キラキラと輝く小夜子が居る。
“ふん!正三ごときに小夜子は勿体ないわ。”
佐伯の本家に平身低頭の繁蔵を見下す茂作。
その姿に誰もが呆れつつも、心底では感心した。
意気揚揚と引き上げる茂作。
その脳裏には、アナスターシアと姉妹になった小夜子が居た。
そしてその二人にかしずかれる己を、思い描いていた。
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