愛猫・西子と飼い主・たっちーの日常

亡き西子とキジロウ、ひとりっ子を満喫していたわおんのもとに登場した白猫ちくわ、その飼い主・たっちーの日常…です。

タビとお婆さん①

2010年08月12日 | ネコの寓話
「声を聞いただけでわかったわよ。久しぶりだねぇ」
お婆さんが体を横たえたまま病床から、右手をそっと伸ばして猫のほうに向けた。
猫はゆっくりとお婆さんの指先まで歩き、ぺろっと一舐めした。それは、まるで長く逢えなかったことを詫びているかのようだった。
「ありがとうよタビ、わざわざ会いに来てくれたんだね」
猫の名前はタビ。真っ白い身体に4本の足下とシッポの先だけが、まるで足袋を履いているようにグレーの毛が生えていることから、そう呼ばれていた。タビは魔法のような不思議な力を持った猫。しかし、そんなタビも、実はこのお婆さんがいなかったらこの世に存在しなかったのかもしれないのだ。
お婆さんの名前は千代。そして、話は今から65年前に遡る…。
玉音放送が流れる3日前。千代の自宅に手紙が届いた。千代の夫が戦死したという通知だった。
1年ほど前。千代は、左手に娘の手を握り、右手に持った日の丸の小旗を振りながら戦地へ夫を送り出した。
「きっと生きて帰ってくる」と言った言葉を信じて待ち続けた千代は、通知をもらってもどこか信じられずにいた。
しかし終戦になっても夫は戻ってこなかった。その代わり、夫の戦友が遺髪を持って千代を訪れる。
「立派な最期でした」
 涙を流しながらそういう戦友に、千代は同じように涙を流しながら言った。
「立派である必要なんかありません。どんなにみじめでも生きて帰ってほしかった」
 千代には幼い娘が残された。落ち込んでいる暇はなかった。
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