愛猫・西子と飼い主・たっちーの日常

亡き西子とキジロウ、ひとりっ子を満喫していたわおんのもとに登場した白猫ちくわ、その飼い主・たっちーの日常…です。

タビとお婆さん③

2010年08月14日 | ネコの寓話
タビは、千代の命が残り少ないことを知っていた。
千代も、そのことに気づいていた。
「私ね、死ぬことなんてちっとも怖くないのよ。でも、ちょっぴり心配事があるの。すっかりお婆さんになったでしょう。あの人に会ったら『お前はどこの人だ』なんて言われるんじゃないかしらって。タビは子猫のころから締め切っているはずの家の中に現れたり、不思議なところのある猫だったけど、できるならあの人に上手に伝えてくれないかい?」
 千代はタビが子猫だったときようにふとんに引き入れ、やさしく抱きしめながら語りかけた。
「会ったら娘夫婦のこと、孫のこと、戦後の大変だったときのこと…いろいろ話したいの。そして、思いっきり甘えてみたい」
 タビは千代の話を聞き終えると、千代に身を寄せながら布団の中で深く静かに呪文のように「あおーん」と一鳴きした。
 その夜、千代は夢を見た。夢の中での千代は終戦直後の若い姿で、布団の上に座っていた。
 目の前にすっと手が差し伸べられた。顔を上げると、昔のままの姿の夫がやさしいまなざしを向けていた。
「よくがんばったね」
 夫はそういうと、やさしく包み込むように千代を抱きしめた。
 千代の瞳から、涙がとめどなく流れた。
 あれも話そう、これも話したい…そう思っていたが、言葉にならなかった。
 夫はすべてを知っているようだった。
 千代はそのまま起きることなく、息を引き取った。
 その顔はまるで眠っているかのようだった。
 タビは、翌朝には消えるように姿を消していた。

今回のお話は、第1回の「きみまち全国恋文コンテスト」で大賞を受賞した柳原タケさんという方の「天国のあなたへ」という作品をもとに作りました。
世界中の愛する人たちが、戦争によって引き裂かれることのないような社会の実現を望みます。
コメント (2)
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