愛猫・西子と飼い主・たっちーの日常

亡き西子とキジロウ、ひとりっ子を満喫していたわおんのもとに登場した白猫ちくわ、その飼い主・たっちーの日常…です。

続・思い出をたどる

2011年02月12日 | 西子

西子の体調が悪くなったころから、やたらと忙しくなった。

もしかしたら、僕が寂しがらないようにと、西子が最後に招いたのかもしれない。

そうだとしても、ちょっとやり過ぎ。だいぶ、心身ともに疲れが溜まってきた。

でも、せっかくの休日なので阿佐ヶ谷に行った。積りはしなかったが、前日から東京で雪が降った。西子を保護したのは、大雪の翌日。この日も、雪、雨、みぞれ…が断続的に続いた。

1年ほど前にも、所用で夜に阿佐ヶ谷を訪れたが、日中に行くのは引っ越して以来だ。

現在の自宅から東京メトロ丸の内線を乗り継いで、南阿佐ヶ谷駅で下車。当時の自宅までのルートを辿ってみた。阿佐ヶ谷を離れてから、まだ2年半くらいなので、ほとんど変わっていない。当時、住んでいた部屋にもすでに、誰かが住んでいるようだ。

パールセンター商店街に出た。少し店が入れ替わっている。特に驚いたのは、商店街にあった電気屋さんがドラックストアに変わっていたことだ。わが家のミニコンポを購入した店で、七夕祭りのときは毎年、恐竜や動物のロボットを展示していた店だったので、なくなったのは寂しかった。

阿佐ヶ谷では絶対に行きたい場所があった。『猫の病院』だ。もっとも多く西子の治療に携わってくださったのが、ここの院長だった玉野先生。キジロウの去勢手術の玉野先生にやっていただいた。すでに閉院しているはずだが、どうなっているのか、見ておきたかった。

当時、病院の前にあった猫のオブジェは健在だったが、病院は動物のモチーフにしたペーパークラフトの工房になっていた。ガラス越しにのぞきこんだが、当時の面影はない。でも、せっかく来たのだからと思って中に入った。すると、奥から出てきた女性と目があった。

「あら、久しぶり!」

『猫の病院』で先生のアシスタントをしていた女性だった。先生が還暦になったのをきっかけに、病院を辞めて始めたのがこの工房なのだそうだ。まさか、会えるとは思っていなかったので、すごくびっくりした。

「ちょうど先生は留守にしちゃって。残念、会ったら喜んだでしょうに」

「先日、老猫も亡くなりまして…」

「そう結局、何歳かわからなかったのよね」

「僕が保護してから6年とちょっとで…」

「でも、幸せな猫ちゃんだったわね。今度、案内を出すから奥さんと一緒にいらして」

そう言われて、住所を書いて帰った。でも、きっととっても多くの猫を診てきたであろうに、僕の顔を見た瞬間に西子を思い出すってことは、やっぱりいろんな意味でかなり個性的だったのかもしれない。

もうひとつ、行きたい場所があった。『ペットのコジマ』だ。西子がお気に入りだった腎臓職ヒルズのkdを置いたので、定期的に利用していた。キジロウを保護したばかりのときのケージもここで購入した。Kdがあることを確認したら、何だかパッケージさえも愛おしく感じで、そっと指でなでた。次の瞬間、隣にキジロウを保護した当初によく飲ませていたブドウ糖を発見した。何だか、ちょっぴり不思議が気分だった。

JR阿佐ヶ谷の駅前はマンションが建ったり、少しずつ再開発が進んでいるようだ。これからも少しずつ、変わり続けていくだろう。

せっかくなので、高田にも足を伸ばした。どうしても辿りたい道があった。住んでいたマンションから当時連れて行った病院までの道。夜8時まで診療していたので、仕事を早めに切り上げて、都電で自宅に帰り、西子をキャリーケースに詰めて連れて行った『あしあと病院』だ。

傘をさしながら、坂を上る。病院についた。ついた瞬間に、こみ上げてくるものがあった。ガラス張りなので待合室やカウンターは見えたが、誰もいない。先生にご挨拶をしようかと思ったが、会ったら泣きそうだったので辞めておいた。

そのまま都電に乗ってJR大塚駅に出た。約20年間、利用していた駅だ。退職してからまだ4カ月ほどしか経っていないのに、もう何年も前のような気がする。

そのまま電車を乗り継いで、自宅に帰った。帰る途中、西子を最後に診てくれた病院に寄った。先日、西子が亡くなったことをお知らせしたら、花を届けてくれたので、そのお礼を伝えた。

こうして、西子との思い出をたどる小旅行は終わった。

コメント (3)
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