超一流に なれなかった清原和博

 京セラドームで行われたバファローズの本拠地最終戦が清原和博の
引退試合となった。
 4番DHで出場した清原は3打席目に1アウト1塁から右中間を破るタイ
ムリー2ベースを放ち現役最後の打点を挙げる。
 結局4打数1安打で現役最後の試合を終え、最後の打席は杉内から
6球目の高めの球を空振り三振だった。

 試合終了後に行われた長渕剛が‘とんぼ’を歌い、場内も大合唱する
など感動的なセレモニーだったようだ。
‘23年間 本当にお疲れ様でした’と言ってやりたい思うのだが・・・・

 正直言って‘超一流になれなかった一流選手’

といった感じだ。

 ライオンズ時代にチームを日本一に導く事6度、短期決戦での勝負強さ
などは超一流だ。
 しかし残念ながら新人王以外のタイトルをとってないのだ。
 清原にとって不運だったのは監督がチームバッティングを強要する森
祇晶だったという事。
‘右打者は右方向に打ってアウトになれ’という教えだったが、秋山幸二や
オレステス・デストラーデらは それでも引っ張り専門だったのに対し右
方向にHRを打てる清原は それに従う。
 そこで参考にしたのが落合博満の打撃。
 これを消化不良のままマネしたので年々おかしな方向になっていき、
93年にデストラーデが94年に秋山がライオンズを去ってからはマークも
厳しくなる。

 96年オフに落合が自著で‘清原はジャイアンツに来てオレの下でバッティ
ングをやり直すべき’と記していたし長嶋茂雄も‘清原を復活させるには
松井秀喜と競うべき’という持論を展開。
 FAでジャイアンツに入団しのだが、球団幹部の無理解で落合が退団して
しまう。

 これが清原にとって2度目の不運だった。

 巷では‘タイガースに入っていたら・・・’などと言う声もあったが、タイガー
スだったらライオンズ時代と代わらぬ4番ファーストだからジャイアンツ入
りの方が現実的だった。

 ただしセ・リーグはパと違って得意球ではなく苦手な所を徹底的に攻め
られるのでジャイアンツ入りしてから今ひとつの成績。
 特に99年ぐらいからは、もともと下半身に爆弾を抱えていたのに右足の
靭帯損傷で出場機会を減らしてしまう。
 結局00年以降は01年と03年に出場試合が100試合を越えただけ。

 ケガに泣かされた印象が強い。
「無事これ名馬」という言葉があるように長嶋茂雄や王貞治、イチローなど
超一流の選手は殆どケガをしないのだが、清原はケガが(特に下半身)
多過ぎた。 

 考えてみると清原が入団した頃は金村義明ではないが‘試合が終わった
ら焼肉を腹いっぱい食べて朝まで飲んで・・・・’というのが通用した時代
だった。
 しかし現在は‘そういう生活は体を壊すもと’という感覚である。
 ストイックに自己管理をする時代に食べたい物を腹いっぱい食べ、酒を
たらふく飲むという選手は通用しにくくなっている。

 そういう意味では清原は、昭和の野球を体現していた最後の
スーパースターだったと思う。  

コメント ( 5 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
去り行く個性派 (禿鷹)
2008-10-02 01:32:04
記録よりも記憶に残る選手でしたね。
これだけインパクトの強い野手は今後現れるでしょうか? 日ハムの中田に期待が寄せられていましたが、どうも入った球団が悪かったのか?パッとしませんね。
 
 
 
正直言って (Shingo-Ringo)
2008-10-02 11:18:14
正直に言って、何の感慨もありません。

なんで、あんなに人気があるのかが分かりません。

やっとやめたか・・・と言う印象です。

記録は半永久的に残りますが、人々の記憶は時間とともに忘却のかなたに去ってしまうもの、と言う感想です。
 
 
 
書き込み御礼&レス (こーじ)
2008-10-02 23:56:06
>禿鷹様
 ただ中田翔の場合は2軍でじっくりと育てるようで、
これが本来の姿でしょう。
 清原の場合は基礎体力をつけさせる前に早めに1軍
デビューさせた感が強いですね。
 もう少しじっくり鍛えていれば、晩年の醜態は避けられたと思いますよ。

>Shingo-Ringo様
 三浦カズの代表落選当時と同じリアクションですね。
‘いいかげん辞めた方が’と言っていた連中が‘まだ
やれた’的な事を書いているのが信じられないです。
 
 
 
 
ある意味 (こうちゃん)
2008-10-06 01:47:14
清原は指導者にも、環境にも恵まれなかった名選手だったでしょう。森マサアキみたいな自分の考え方をありとあらゆる選手・コーチに押し付ける古狸では、名馬も駄馬に早変わりするだけ。
後、彼のポテンシャルを発揮する環境に恵まれなかったのも選手生命を縮めてしまったかも知れません。記録やタイトルには恵まれなかったけど、名選手には変わりはない。言うのは勝手だか、やっと辞めたのかは些か酷いのでは…。人はそれぞれ引き際は解ってる筈。中には解らない大バカは居ますが、ナベツネみたいな奴…。私はご苦労様、それだけは心から言いたいですね。
 
 
 
ただし彼の場合は (こーじ)
2008-10-06 23:21:55
>こうちゃん様
 彼は桑田と違ってMLBには全く興味がなかったようです。
 MLBの自己を管理する理論を理解していれば、晩年の格闘家体型から来る下半身の故障続きは避けられたのでは?と思います。
 秋山や伊東のようにアメリカの1Aあたりで修行に出してもらえていたら少しは違ったかもしれませんけどね。
 
 
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