このブログは自分の忘備録でもあり、仕事のイベントなどを書くものでもあるので雑記帳のような
ものでもあるけれど、個人的には遺書という認識でもずっと書いている。
有難いかどうかは分からないけど、読んでいる方はそんなに多くないので(仕事的には多い方がいいのだろうけど)、
結構好き勝手に書いたり、イベント告知に使っている。
そして多分毎年の初めに前年の挑戦したことなどを書いていたのだけれど、忙しさのあまりに
後回しになっていてかけずじまいの2018年。。。
よって、2018年度(+2018年1月から3月)という形で自分の挑戦をまとめてみる。
2018年1月6日・7日 (土日)秩父ウルトラマラニック110Kmサポート
4月28・29日(土日)奥多摩駅から奥秩父行けるところまで。初日に雲取山から三条の湯まで行き、
翌日4時出発で行ける場所まで行こうとするが雨と崩落した道と残雪ですぐに敗退。。。(飛竜山の手前)
完膚なき敗北。
6月3日(日)柴又ウルトラマラソン100Km 以前のウルトラは65Kmでリタイアしているためそのリベンジ。
多くの方々が実際に応援に来てくれて、そのお陰様でゴールド・マンにて10時間28分くらいでゴール。
ウルトラマラソン終了。
6月30日(土)7月1日(日)山開き富士登山サポート。
ネパールのダルマ先生がちょうど6月中旬から来日して色々と交流。
その最後を締めくくるのも含めて20名超で富士山頂へ。
一緒に登った方々がテレビや新聞の取材攻勢される。
みんなの記念になって本当に良かった^^
もちろん全員登頂!
2018年は8月14・15日、9月上旬とプライベート富士登山。
7月12日(木)ダルマ先生から「柔道はやらないのか?」という声をもらい、悩んでいた矢先に
お世話になった高校時代の先輩から「ちょっと興味がある柔道クラブが都内にあるから、見に行って(稽古)してきて」
と連絡。久々に柔道を実施。道着もレンタルさせてもらい白帯で一からスタート。
10月21日(日)タートルマラソンハーフ 3時間台のビリから2位でゴール。4日前にぎっくり腰で動けない状態だったから、
ストックを使い、必死に痛みをこらえて実施。ありえない激痛の中ではやるもんではないことを痛感。
11月17日(土)丹沢縦走トレイルラン 腰の痛みも回復しないうちにできるかできないかということで挑戦。
渋沢駅からそのままランで塔ノ岳、丹沢山、蛭ヶ岳、檜洞丸、裏丹沢からロードで藤野駅へ。計50Km。
たまたまスタートして5分で同じ方面に行く人が見つかり、引っ張ってもらう。限界をとうに超えていたけど引き出してもらう。ついていた。
12月9日(日)さいたま国際マラソン 3時間21分くらい なぜかさいたま国際マラソン付近になると喘息になる。きっとオーバーワークなのだ思う。
スピードは出さずに落として落としてなんとかこのタイム。情けない。
2019年
1月12・13日(土日)秩父ウルトラマラニック110Kmサポート
3月3日(日)東京マラソン2019 3時間13分くらいなんとか仕上げようとするもラスト4日で喘息が出る。サブ3を狙っていただけに本当に悔しい。
ちょうどearthの退去と新earthのオープンのために休みなく動き続けていて、その中で練習もしていた。
身体の悲鳴に気付かずに。情けない。
ということで振り返るとあまり挑戦もしていなく、個人的には不本意な年度でした。
別にこんな挑戦なんてしなくてもいいのだけれど。。。
なぜするのか?といつも自分で問ってみても、「何となく」しか答えは出てこない。
2016年から環境が大きく変化している。
それまでは自分一人だけでいつ死んでもいいやと思って色々と挑戦してきたけど、
それではちょっと申し訳ない環境になったので死なない程度の挑戦にしておこうとなり、
段々とそれが甘くなっているような気がする。
もちろん一人の人間として社会的な責任を果たす必要はあると思うし、
そうするために色々と我慢などする必要もあるのだけど、
わかっちゃいるのでこの数年はハードな挑戦はほとんどしてこなくて、毎日仕事に没頭していた。
これでいいよね。って自分に言い聞かせながら。
ただね、やっぱり人には我慢の限界もあるみたいで笑
ものでもあるけれど、個人的には遺書という認識でもずっと書いている。
有難いかどうかは分からないけど、読んでいる方はそんなに多くないので(仕事的には多い方がいいのだろうけど)、
結構好き勝手に書いたり、イベント告知に使っている。
そして多分毎年の初めに前年の挑戦したことなどを書いていたのだけれど、忙しさのあまりに
後回しになっていてかけずじまいの2018年。。。
よって、2018年度(+2018年1月から3月)という形で自分の挑戦をまとめてみる。
2018年1月6日・7日 (土日)秩父ウルトラマラニック110Kmサポート
4月28・29日(土日)奥多摩駅から奥秩父行けるところまで。初日に雲取山から三条の湯まで行き、
翌日4時出発で行ける場所まで行こうとするが雨と崩落した道と残雪ですぐに敗退。。。(飛竜山の手前)
完膚なき敗北。
6月3日(日)柴又ウルトラマラソン100Km 以前のウルトラは65Kmでリタイアしているためそのリベンジ。
多くの方々が実際に応援に来てくれて、そのお陰様でゴールド・マンにて10時間28分くらいでゴール。
ウルトラマラソン終了。
6月30日(土)7月1日(日)山開き富士登山サポート。
ネパールのダルマ先生がちょうど6月中旬から来日して色々と交流。
その最後を締めくくるのも含めて20名超で富士山頂へ。
一緒に登った方々がテレビや新聞の取材攻勢される。
みんなの記念になって本当に良かった^^
もちろん全員登頂!
2018年は8月14・15日、9月上旬とプライベート富士登山。
7月12日(木)ダルマ先生から「柔道はやらないのか?」という声をもらい、悩んでいた矢先に
お世話になった高校時代の先輩から「ちょっと興味がある柔道クラブが都内にあるから、見に行って(稽古)してきて」
と連絡。久々に柔道を実施。道着もレンタルさせてもらい白帯で一からスタート。
10月21日(日)タートルマラソンハーフ 3時間台のビリから2位でゴール。4日前にぎっくり腰で動けない状態だったから、
ストックを使い、必死に痛みをこらえて実施。ありえない激痛の中ではやるもんではないことを痛感。
11月17日(土)丹沢縦走トレイルラン 腰の痛みも回復しないうちにできるかできないかということで挑戦。
渋沢駅からそのままランで塔ノ岳、丹沢山、蛭ヶ岳、檜洞丸、裏丹沢からロードで藤野駅へ。計50Km。
たまたまスタートして5分で同じ方面に行く人が見つかり、引っ張ってもらう。限界をとうに超えていたけど引き出してもらう。ついていた。
12月9日(日)さいたま国際マラソン 3時間21分くらい なぜかさいたま国際マラソン付近になると喘息になる。きっとオーバーワークなのだ思う。
スピードは出さずに落として落としてなんとかこのタイム。情けない。
2019年
1月12・13日(土日)秩父ウルトラマラニック110Kmサポート
3月3日(日)東京マラソン2019 3時間13分くらいなんとか仕上げようとするもラスト4日で喘息が出る。サブ3を狙っていただけに本当に悔しい。
ちょうどearthの退去と新earthのオープンのために休みなく動き続けていて、その中で練習もしていた。
身体の悲鳴に気付かずに。情けない。
ということで振り返るとあまり挑戦もしていなく、個人的には不本意な年度でした。
別にこんな挑戦なんてしなくてもいいのだけれど。。。
なぜするのか?といつも自分で問ってみても、「何となく」しか答えは出てこない。
2016年から環境が大きく変化している。
それまでは自分一人だけでいつ死んでもいいやと思って色々と挑戦してきたけど、
それではちょっと申し訳ない環境になったので死なない程度の挑戦にしておこうとなり、
段々とそれが甘くなっているような気がする。
もちろん一人の人間として社会的な責任を果たす必要はあると思うし、
そうするために色々と我慢などする必要もあるのだけど、
わかっちゃいるのでこの数年はハードな挑戦はほとんどしてこなくて、毎日仕事に没頭していた。
これでいいよね。って自分に言い聞かせながら。
ただね、やっぱり人には我慢の限界もあるみたいで笑