「無題」 (九)―②

2012-08-15 22:57:47 | 小説「無題」 (六) ― (十)


                 「無題」


                  (九)―②


 己然(きさ)、何でこんな名前を付けたんだろう、が間もなく夏休

みに入るので家族で旅行をしようと言った。己然は、もう幼い時

のように「何で?」とは言わないで、「お姉ちゃんも?」と訊いた。

私は「もちろん」と答えた。ただ、失業の身なので先のことを考え

るとそんなに贅沢はできなかった。妻は、

「また、伊豆?」

と、言った。

「うん、海があって馴染みのところとなるとそうなるかな」

「じゃ、早いうちに予約しとかなきゃ」

「待てよ。美咲にも言ってやらないと」

「でも、その前に何日が空いているのか確かめとかないと」

そんな遣り取りがあって、結局、馴染みのペンションが空いている

日は美咲が受けてる編入試験のための夏期講習があって行けないと

言ってきた。妻は、

「あの子、端から一緒に行くつもりなんてないのよ」

と、あきらめた。結局、親子三人で予約することになった。私は、

己然にそのことを伝えた。すると、彼女は、

「何で?」

と、訊いた。

                                (つづく)



「無題」 (九)―③

2012-08-15 03:55:48 | 小説「無題」 (六) ― (十)


               「無題」


                (九)―③


 ほぼ社内での仕事の残務は片付いていたが、これまで世話になっ

たテナントのオーナーや付き合いのあった仕入れ業者に会社を辞め

たことを、足を運べるところはそうして、それ以外はデンワで知ら

せた。どうしてと聞かれる度に病気を理由にするとそれ以上は尋ね

られず「お大事に」と言ってくれた。最後になってしまったが、仕

入れの話がまとまった途端に百均市が終わってしまって迷惑をかけ

た例のチョイ悪親父風の木下さんに、気が進まなかったがデンワし

た。私は、家族旅行のついでに彼のところへ伺って頭を下げるつも

りでいたがそれまで待ってられなかった。彼は、

「ああ、何かそうらしいですね」

と、何事もなかったように聞いてくれた。私は、いっそう自責を感

じて何度も謝った。すると、

「そんなに謝らなくてもいいですよ、別に損はしてませんから」

「ありがとうございます」

「もし、こっちへ来るようなことがあれば何時でも気にせずに寄っ

てください」

そこで私は、

「実は、今度娘の夏休みに旅行でそちらの近くに参りますので、そ

の時お伺いして改めてちゃんと謝らせて頂きます」

「何もわざわざそんなことしなくてもいいですよ。でも、こっちに

来るんですか?」

「ええ」

「え、いつ?」

私が、ペンションの名前と予約した日にちを言うと、

「何だ、もっと早く言ってくれたらうちで用意できたのに」

「えっ?」

「あっ、うちペンションもやってるんですよ」

「へえ、そうなんですか」

「それに、こう言っちゃあ何ですが、お盆を越えたら海に入らない

方がいいですよ」

「まあそう思ったんですが、なかなか空いてなかったもんで」

「もしよかったらお盆前に何とかしてあげましょうか?」

「ええっ!ほんとですか?」

「えっと、何人ですか?」

「小学四年の女の子と妻一人の三人です」

「わかりました。うちのペンションじゃないかもしれませんが、当

たってみましょう」

「たすかります」

「それで、いつがいいですか?」

「ちょっと待ってください」

私は、キッチンに居る妻を呼んで、美咲は何日だったら一緒に行け

るのか確かめるように言った。ところが、美咲はその気がないのか

はっきりしないので、私は、その妻の携帯デンワをとって、

「美咲、お父さんだけど、一緒に行かないか?お前が来ないと家族

旅行にならないんだ。己然もお前と一緒に行くことを楽しみにして

るんだから」

美咲は、しばらくしてから、

「はい、行きます」

と答えた。私は待たせていた木下さんに、

「すみません、もう一人増えてもいいですか?」

と言うと、彼は、

「まさか、奥さんが二人じゃないですよね」

と言ったので、二人で笑った。


                                 (つづく)