「無題」 (八)―③

2012-08-24 04:30:26 | 小説「無題」 (六) ― (十)



         「無題」


          (八)―③


 私は、さっそく仕入れの責任者にデンワした。そのポストは躰を

壊すまで私が任されていた。私に代わって就いた男はバカ息子の息

のかかった若造で、実は、仕入れの経験はあったがこと青果に関し

ては何も知らなかった。

「あっ、竹内さん、おはようございます。どうしました?」

竹内とは私のことである。

「百均市のトマト、まずいかね?」

「あっ!あれね、実は、もう社長まで上がってるんですよ」

「お前が上げたんだろ?」

彼は黙っていた。バカ社長は私がやっている百均市を嫌っていた。

始めのうちは店内の売れ残りや在庫を並べていたので文句は言わな

かったが、そのうち、近隣農家と掛け合って直売させたり(運賃も

人手も要らない)、または規格外やオーガニック野菜を並べ始める

と、と言うのも、毎度同じものばかりだと客も飽きてしまって寄り

付かなくなっていたので、すると、途端にバカ息子の態度が変わっ

た。それでも、私が仕入れを任されている間は何も言わなかったが、

躰を壊して入院すると止めさせるまではしなかったが、さっそく以

前のように売れ残りの処分市に戻させた。そして、再び客は寄り付

かなくなってしまったので、私が再びテコ入れに乗り出したところ

だった。

「竹内さん、社長から何か聞いてます?」

「別に」

「もう止めるんですよ、百均市」

「えっ!何で?」

「わざわざ店先でやらなくても店内でもできるだろって。それに、面倒

な割に儲からないから」

確かに、価格変動の激しい生鮮野菜を何でも百円の値を付けて売る

には、野菜を切り売りするわけにもいかず、赤字覚悟で並べるもの

も少なくなかった。しかし、トータルで見れば決して損はしていな

いはずだった。それに、確かに処分品なら何もわざわざ店先で売ら

なくとも値引きして並べれば済むことだが、そもそも、彼らは百均市

の本来の主旨を理解していなかった。

「儲けにはならないけど客は呼べるやろ?」

「それもここんとこ減ってますしね」

「それはお前らが処分品ばかり出すからじゃないか」

「それが面倒なんですよ、売れるのを探すのが」

「もう、わかった」

実際、私も普段の仕入れの仕事以外に何か目新しいものはないかと、

時には自然農法を実践している生産者を訪ねたりもした。すでに人

気を得てるものはとても百円の単価では出せなかったので、寝て果報

を待つことはできなかった。そんな水溜りにさえも竿を垂らすような徒

労を繰り返して躰を壊してしまったので、彼にもそれ以上強いる気には

ならなかった。


                                      (つづく)