「無題」 (八)―④

2012-08-23 02:21:31 | 小説「無題」 (六) ― (十)



               「無題」


                (八)―④


 私は自分の仕事そっちのけで早速社長にデンワした。

「おはようございます、社長。竹内です」

「あっ、竹内さん。おはようございます。躰の具合どうですか?」

「ええ、お蔭で随分良くなりました。ところで、社長、百均市やめ

るんですか?」

「あっ、その件。竹内さんにはまだ言ってなかったのかな、実は、

この前の店長会議で決まったんですよ。もうすぐ回覧板が回ると思

いますけど」

回覧板とは社内報である。

「何で止めるんですか?」

「んー、ほら、いましんどいでしょ。それで、事業仕分けで見直すこと

になったんですよ」

しんどくなった最大の原因はお前がイカサマを命じて信用を失った

からじゃないかと心の中で叫んでいたが、まさか声にするわけには

いかなかった。

「竹内さん、デンワ入ったんで切りますよ」

いまや小売業界は日ごとに干上がっていく池の中で、生きもの同士

がぶつかり合って泳ぐこともまゝならず、遂には、横にしていた体

を縦にして水面から頭をもたげて辛うじて息を継いでいた。最早い

かなる試みも時機を逸し小手先の安売りで凌いでいたが、一つ沈み

二つ沈みすると待ち構えていた大手がそれを飲み込んだ。提案され

る企画も大手の後を追う新鮮味のない二番煎じで、ジリ貧の業績を

上昇させる予感さえ抱かせなかったし、たとえ斬新な企画が提案さ

れても身に滲み着いた全体主義から排他され、プレゼンの段階で身

内の敵に足を引っ張られて潰された。何よりも、淀んでいく池の中

ではどう足掻いたとしても、ぬるま湯の釜に浸かったカエルのよう

にすでに抜け出す術もなく、ただ運命に身を任せるしかなかった。

やがて、何時しか職場には閉塞感から抜けられない諦めから自分を

守るために排他的な無関心が支配した。水面に口を突き出して天を

見上げながら救いを求めたが、天は無慈悲にも釜の下の焚き木に

火を点けた。流れを変えると公約して期待していた民主党はあろうこ

とか消費税の増税法案を成立させた。我が国は、既得権益に巣食う

アンシャン・レジームを淘汰できずに失われた時代の「継続」を選択し

たのだ。

                                    (つづく)