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ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

サルトル作「墓場なき死者」

2021-03-10 11:29:10 | 芝居
2月8日下北沢・駅前劇場にて、サルトル作「墓場なき死者」を見た(演出:稲葉賀恵、オフィスコットーネプロデュース)。

1944年7月、ドイツ軍占領下のフランス。連合軍のノルマンディー上陸後、ドイツの敗北が色濃くなる中、レジスタンスの村が襲撃される。
フランスの自由を勝ち取るため戦うレジスタンスの兵士たちは、村民とともにドイツ軍に虐殺される。
わずかに残った5人の兵士は、ドイツに協力しているペタン政権派の民兵により監禁され、隊長の行方を吐くようにと拷問を受ける。
拷問する側も拷問される側も同じフランス人。5人は隊長の所在を明かすかどうかで諍いを起こす。
極限状態の中、果たして彼らは自尊心=プライドをかけて何を選択するのだろうか・・・(チラシより)。

舞台はレジスタンスの兵士たちが監禁されている上階の小部屋と、ペタン政権派の民兵たちがいる階下の部屋に交互に変わる。
場面が上階の部屋になるたびに、民兵の一人が現れ、壁に人名を書いてゆく。
次第に分かってくることは、それが次に死ぬ者の名前だということ。
彼らは一人ずつ呼び出されて階下に連れて行かれる。残された者たちは、どんな拷問が待っているのかと恐怖におののく。
時々下から仲間の叫び声が聞こえる。次は自分だろうかということで皆の心はいっぱいだ。
だがその時点では、彼らは告白しようにも何も知らないのだった。
5人のうち娘リュシー(土井ケイト)と少年フランソワは姉弟。リュシーは恋人ジャン(山本亨)が味方を引き連れて助けに来てくれると期待していたが、
そのジャンも捕らえられて来る。ただ、彼は兵士でなくただの村人だと思われていた・・・。

当時の歴史について無知だったと知らされた。フランスは連合軍と共にナチスドイツと戦って負けたが、その後ヴィシー政府という傀儡政権ができたということ
までは知っていた。だがヴィシー政権側の普通のフランス人民兵が、同じフランス人であるレジスタンスの人々を虐殺したり拷問にかけたりしたなどということは
全く知らなかった。そこのところがなかなか理解し難い。
ドイツは敵だったが、それよりも、ナチスドイツが敵視するユダヤ人への憎悪の方が大きかったということか。
反ユダヤという点で、ちょっと前まで敵だったドイツは同志となり、味方となったのだろう。
民兵たちの話を聞いていると、社会的格差、階級という要素も大きいことが分かる。
彼らは貧しくてあまり教育を受けていない。それに対してレジスタンスの人々は富裕層なのか教養がある。
教養のある連中への憎しみを、民兵たちは拷問によって吐き出しているかのようだ。

こういうことは、現代でも米国などで顕著だ。
米国は今や、大陸の東西両側と内陸部とで、まったく別の国のようだ。
オバマ元大統領は知的で難しい言葉を使っていたが、トランプ前大統領は語彙が非常に少なくて小学生のような英語しかしゃべれない。
彼の熱狂的な支持者たちはそれが嬉しい。自分たちの仲間だと感じるからだ。
難しい言葉をしゃべるいわゆるエスタブリッシュメントからは自分たちが疎外されているように感じるらしい。
今や両者の歩み寄る未来はあまり想像できず、むしろいつ戦争が起きても不思議ではないとさえ思われる。

本作品は重苦しくて陰惨だが、芝居としては実に巧み。
リュシーをめぐる男たちの思い。
少年フランソワがつい漏らしてしまったひと言を聞いて、仲間たちの顔色が変わる。
そこからはまさにやりきれない悲劇ではあるが、芝居としての迫力と求心力がすごい。
階下の民兵たちのいる部屋の壁にはペタン元帥の写真。
「この仕事を愛しているんだ!」と高らかに言う民兵の青年。
だが、何しろ1944年7月のことだ。
部屋のラジオは刻々と戦況を伝え、彼らもこの戦争がドイツ側の負けに終わりそうだと感じている。
だからどちらの側も追い詰められている。

サルトルの劇作品は「キーン」「汚れた手」「アルトナの幽閉者」など見てきたが、どれも非常に面白い。
また一つ、素晴らしい戯曲を知ることができた。
コメント
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