[2007年9月28日]
京都から、『奈良・斑鳩1Dayチケット』というのを買って奈良に出かける。はたから見ると京都も“古都”らしいが、京都から奈良に行くと”都会”から「いにしえの都」にやって来たという実感がわく。奈良はやっぱり、ずっと古都である。
10:30に家をでて「北大路」発の地下鉄でそのまま奈良に向かう。運が良かったら直行の奈良行き急行に乗れるのだが、途中「竹田」で急行に乗り換える。
11時半すぎに近鉄奈良駅に着く。確か2,3年前にもこの切符を利用して奈良に来たが、その時は斑鳩の「法隆寺」や「法起寺」、「矢田寺」にいったので今回は違う場所を考えるが、駅に着く直前までどこにするか決めていなかった。
「薬師寺」や「唐招提寺」は数回委行っているし、加茂の里の寺も何度も行っている。今まで行っていない所にしようと、「白毫寺」に行くことにする。
ウィーク・デイとういうこともあって「白毫寺」は人も少なくこじんまりして、静かなところだった。
高円山の中腹にあり、上がってくるときは炎天下で真夏のように暑かったのだが境内に入りベンチに腰を下ろすと木々を縫って吹いてくる風が涼しく気持ちよい。
西方に奈良の都を見下ろしながら、おにぎりをとお茶の昼飯を取る。右手にはかすかに興福寺の五重塔が見える。
境内の建物は本堂と小さな御影堂、それと宝蔵の3つだけ。宝蔵の中にはこの寺のそれこそ宝が安置されているのだが、その中で「地蔵菩薩」がひときわきれいだった。
いつか国立博物館で対面したときの「室生寺」の十一面観音の美しさには、思わず見とれてしまったが、その時の興奮を少し思い出した。
「仏像は美術品ではなく信仰の対象だから云々・・」と書いてあったが、信仰心のないボクには、やはり美術品-美しさを感じ感動を得る物-と捉えてしまう。それも信仰の一種だといわれれば、それもそうかもしれない。
その後、近くの「新薬師寺」と「奈良写真美術館」を周り、ふたたびバスに乗り「東大寺大仏殿」と「二月堂」にも立ち寄った。
「大仏殿」は何度見てもでかい。でも趣は「二月堂」の方がある。
【二月堂からの夕日】
なにか、ほっとした気持ちで京都に戻ってくる。
京都から、『奈良・斑鳩1Dayチケット』というのを買って奈良に出かける。はたから見ると京都も“古都”らしいが、京都から奈良に行くと”都会”から「いにしえの都」にやって来たという実感がわく。奈良はやっぱり、ずっと古都である。
10:30に家をでて「北大路」発の地下鉄でそのまま奈良に向かう。運が良かったら直行の奈良行き急行に乗れるのだが、途中「竹田」で急行に乗り換える。
11時半すぎに近鉄奈良駅に着く。確か2,3年前にもこの切符を利用して奈良に来たが、その時は斑鳩の「法隆寺」や「法起寺」、「矢田寺」にいったので今回は違う場所を考えるが、駅に着く直前までどこにするか決めていなかった。
「薬師寺」や「唐招提寺」は数回委行っているし、加茂の里の寺も何度も行っている。今まで行っていない所にしようと、「白毫寺」に行くことにする。
ウィーク・デイとういうこともあって「白毫寺」は人も少なくこじんまりして、静かなところだった。
高円山の中腹にあり、上がってくるときは炎天下で真夏のように暑かったのだが境内に入りベンチに腰を下ろすと木々を縫って吹いてくる風が涼しく気持ちよい。
西方に奈良の都を見下ろしながら、おにぎりをとお茶の昼飯を取る。右手にはかすかに興福寺の五重塔が見える。
境内の建物は本堂と小さな御影堂、それと宝蔵の3つだけ。宝蔵の中にはこの寺のそれこそ宝が安置されているのだが、その中で「地蔵菩薩」がひときわきれいだった。
いつか国立博物館で対面したときの「室生寺」の十一面観音の美しさには、思わず見とれてしまったが、その時の興奮を少し思い出した。
「仏像は美術品ではなく信仰の対象だから云々・・」と書いてあったが、信仰心のないボクには、やはり美術品-美しさを感じ感動を得る物-と捉えてしまう。それも信仰の一種だといわれれば、それもそうかもしれない。
その後、近くの「新薬師寺」と「奈良写真美術館」を周り、ふたたびバスに乗り「東大寺大仏殿」と「二月堂」にも立ち寄った。
「大仏殿」は何度見てもでかい。でも趣は「二月堂」の方がある。
【二月堂からの夕日】
なにか、ほっとした気持ちで京都に戻ってくる。
人里離れた静かな佇まいのお寺は、萩が有名ですね。今頃はきれいに咲き揃っていることでしょう。
女子大に通っていた友人と、他愛もない話をしながら、萩の枝で作られた筆をお土産に買い求めました。
矢田寺はあじさい、長谷寺は牡丹、室生寺はしゃくなげ・・・・花の季節は人も多いので、ゆっくりお寺をまわるにはシーズン以外の平日がかえって最適かもしれませんね。
あれから2度結婚した彼女は今も高校教師として活躍しています。私は若い頃の夢は何一つ叶わなかったけれど、どうにかお母さんにだけにはなって、年頃のわが子の姿にあの頃の自分を重ねてみたりしています。
お寺の住職さんもウツ病になる時代です。
ゆっくり旅に出て、自分を見つめなおすのもいいことですね。人はそうやって人生を超えていくのでしょうか。次の掲載、楽しみにしています。
最近はお寺の警戒が厳しく(それだけ心ないイタズラや盗難が多くなったということか)、仏像のそばまで近づけなくなったところが多いが、白毫寺や新薬師寺あたりはまだ開けっぴろげで良かったです。
また、コメントお待ちしています。