晴耕雨読、山

菜園・読書・山・写真…雑記

暑さ続くなか、秋野菜づくりへ

2018年08月28日 | 市民農園

ほぼ夏野菜が終わりを迎えた市民農園の畑。シシトウ・ピーマンは息たえだえ。ナスも秋ナスの収穫は難しそう。暑さに強いので残っているが、最後になるかレモンイエローのオクラの花。そしてクウシンサイだけは旺盛に葉を付けている。いよいよ秋野菜づくりへ準備開始。スコップで掘り起こし、苦土石灰をまいてミニ耕運機で耕す。ダイコン十耕と言われるくらいだから、その区画は残り回数を鍬で耕さなければならない。まだ3回、暑い日が早く去ってほしい。先日に第3弾として種をまいたキュウリ、ほぼ毎日の水やりで発芽して不織布を突き上げてきた。枯れぬよう大事に育てたい。そのためには適度なお湿り、空模様を気にする日々が続く。

スコップで    

キュウリ   


あらためて地位協定

2018年08月26日 | 雑記

少し前、日米地位協定の問題点を詳細に説いた本を読んだ。その後、数日前の朝日新聞・社説欄に掲載されていたのは、全国知事会が日米両政府に地位協定の見直しを提言に関する内容。そして、TVの情報番組で東京・横田基地にオスプレイが10月に配備されること。首都圏の上空を飛ぶ危険性と地位協定、日本の主権などについて指摘していた。全国知事会の提言は急逝した沖縄県知事の訴えで設置した研究会がまとめたもの。約2年間かけて米軍基地のあるドイツ・イタリアの調査結果にもとづくということで、諸外国との比較から論じた先の本と結論は同じなのだろう。つまり、それぞれ自国の法律を米軍にも適用させるべく協定の改定など整備を行ない、地域住民の安心・安全に取り組んできたのである。知事会の提言も航空法・環境法令など米軍への適用、事件・事故時における警察・消防の立ち入り、低空飛行訓練の事前の情報提供など当然のことばかり。日本はアメリカに守ってもらっているので現状は仕方ないという意見もある。だが米軍基地は日本を守るためにあるのか。アメリカ自体の国益のために存在しているという指摘が正しいのではないか。首都圏の制空権が握られ、駐留米軍の特権・優遇を認め過ぎと言われる日米地位協定。半分は間違いなく占領時代と言えないか。あらためて日本の主権が問い直されているのである。あまり伝えない新聞・マスコミにはぜひ、駐留米軍を抱えるドイツ・イタリア・英国や準戦時体制の韓国も含め地位協定の比較を詳しく報じてほしいものである。(参考:朝日新聞)

         


過ぎゆく夏の高原の一コマ

2018年08月19日 | 写真&旅

お盆で北志賀へ向かった1日目、志賀高原に寄り道する。何回も訪れている高原入口の一沼、今日は小雨がぱらついて霧が水辺と背後の森に流れる。気温10度台の寒さの中、浮かぶ清楚な白い花はヒツジグサ。雨が本降りになる前にと木戸池へ急いだが、激しい雨になって車窓から眺めUターン。蓮池も同様、高原の池めぐりはまたのお楽しみに。少々飲み過ぎて出発が遅れた翌朝、とりあえずは行ってみようとカヤの平高原へ。着いたのは当然、予定した雨上がりの朝霧と日の出という幻想的シーンには遅い時間。ただ狙っていたらしい先着のカメラマン氏の話では、雨が降っていて残念だったとのこと。安心したような、悪いような気がしつつブナの森の中へ入る。しっとりと濡れた樹々や野草を見ていると朝日が上がってきた。陽を受けて”朝の語らい”をしているようなブナの一群を一枚。さあ、こちらも朝食をとりに戻ろう。

一沼 

ブナの小径 

日本一美しいというブナの森  

花も秋へ 

  

 


菜園はゆっくりと秋への歩み

2018年08月18日 | 市民農園

急に朝夕が涼しくなってきた。日中も以前ほどの暑さではなく、出来ればこのまま秋に向かってほしいところだ。猛暑のせいもあり、かなり前から終わりを迎えている市民農園の夏野菜。トマトに続き、それぞれ2回目のズッキーニ、キュウリも。ズッキーニの後に予定している玉ネギは2ヵ月以上も先なので、3回目のキュウリとサニーレタスを育てることにした。2度目の耕しを行なって黒マルチを再利用、種を蒔く。しばらくは水撒きで毎日通うことになる。まだ元気なモロヘイヤ、赤唐辛子、クウシンサイ。オクラも食用とともに来年の種採取としてもう少し育てる。ダイコン、白菜の畑づくりは間もなく、市民農園の菜園は秋にむけてゆっくりと歩みを。

  

モロヘイヤ

 赤唐辛子  

クウシンサイ

来年の種に 


孫連れの安全登山、途中までの棒ノ折山

2018年08月15日 | 

この夏の孫たちの山登り体験は奥武蔵の棒ノ折山。白谷沢コースは行程の前半が夏でも涼しい沢登り、男の子には冒険心もくすぐられるのでは、と選定。早い時間に家2軒を回って孫二人をピックアップ、現地には8時前に到着。やはりこの時期、登山口そばの駐車スペースすでに一杯。少し戻った広めの路肩に停める。準備体操、注意事項を演説して登り始めた杉林の道、緩急繰り返して進むと左手に白谷沢。幾つかの滝を樹林越しに眺め、沢に降り立つと左右から岩壁が迫るゴルジュが続く。前夜の雨のせいか水量が多い。孫たちにはサンダルを用意させたが滑りそうなので運動靴のまま歩かせる。ハイカットの登山靴でも多少水が入ってきて予定外だ。何度か休憩、クサリ場の岩場をよじ登って沢から離れ、ついに暑い陽射しの中を行く。林道に出たところの水場でひと息、急登から斜面を巻いて尾根の岩茸石に着く。ここから山頂までは2度の急登を経て40分程度。だが、孫たちは相当疲れた様子で足元も濡れているので今回はここまでに。携帯ガスの特製ラーメンで元気づけ、休養十分。濡れた石・岩の往路の下山は念のため変更、尾根コースにする。木の根の多い下山路には大人も閉口したが、さらに下り終えてから車を取りに戻る舗装路の暑いこと。日帰り温泉・さわらびの湯で安全登山の疲れを癒した。2018年8月15日(水)/(圏央道・狭山日高ICから40分)白谷沢登山口330m 08:15~(沢道・クサリ場)~10:30岩茸石730m 11:30~(滝ノ平尾根)~13:10さわらびの湯255m

             

杉林

連続の滝

二つ目のゴルジュ  

涼風の道


翁長知事のこころざしを『主権なき平和国家』

2018年08月14日 | 読書

副題に<地位協定の国際比較からみる日本の姿>とあるとおり、在日米軍の事故・事件のたびに問われる日米地位協定が国際的にみた場合どうなのか。そこから独立国家とはとても言えない日本の姿を、そして私たちがとるべき道を教えてくれる良書だ。米軍基地が集中する沖縄で繰り返される米軍関係者による殺人・強盗・強姦などの凶悪犯罪が<平均すると、毎月1件を超えるペースで発生している。(本土復帰から2017年3月末時点の累計578件)>米軍のみならず軍属やコントラクター(米軍と契約の民間従業員)にまで及ぶ特権範囲はドイツ・イタリアなどNATO(北大西洋条約機構)、アフガニスタンなどの地位協定よりも拡大定義されている。刑事免責特権について、具体的な事例で諸外国が取り組んだ協定改定の経緯が説明されるとともに<米軍に世界で最も寛大な日米地位協定>と言い切る。頻発するオスプレイなどの米軍機事故、基地外でも日本においては警察権が及ばない。イギリスでは最初の現場検証はじめ事故調査を米英共同で行っている。このほか、<国外での軍事作戦に駐留米軍基地を使う><米軍基地従業員の人件費まで日本が負担>、<首都圏を含む一都八県の巨大な空域の航空管制が米軍で行われている>など、<「戦時」でも「準戦時」でもない「平時」の協定なのに他の国の地位協定と比べて断トツに日本の主権が不在>と問題指摘が続く。一方、日米安保でアメリカに守ってもらっているのだからやむを得ないという考え方には、アメリカ国防総省の極秘文書や国防長官の発言などを紹介<(米軍基地最大の目的は)アメリカ自身の世界戦略のためで、日本防衛というのはあくまでも副次的なもの><日本を防衛するためではなく、常に出撃できる前方基地として使用できること>。事実、<アジアや中東で行った軍事行動のほとんどで出撃拠点や兵站拠点として使われてきた>とも。そういうことで言えば、膠着状態のロシアとの北方領土交渉も返還された島に米軍基地が置かれる可能性がある限り、素人でも進展は難しいと思わざるを得ない。最後に示す筆者が考えた日米地位協定の改定案は、主権、基地の提供・管理権、刑事裁判権、国外への戦闘作戦行動など、どれをとっても<「半占領国家」から「主権国家」になるため>に当然の内容と思える。沖縄の怒りを体現したと伝えられる翁長知事が亡くなってまだ日が浅い。沖縄だけの問題としてではなく、日本全体の国民的テーマとして考えていきたい。

         

 


暑さと涼しさを熊谷で

2018年08月06日 | 写真&旅

暑い熊谷で視覚的に涼しさを、8年目となる「涼しさ体感階段アート」。それが実施されている熊谷駅に行ってみた。「涼」「水」「青」をテーマとして駅正面口には作品名「挑戦の時」。これは熊谷が来年秋に開かれるラグビーワールドカップ2019の開催都市のひとつであることを想い出させてくれる。夏空に向かって狙いをすます、暑さをも切る一瞬の静寂。そして反対側の駅南口の作品名「西瓜と夏休みと。」は、小川に流れる西瓜を追いかけているような夏休みの一コマ。思わず足を止め、見上げる視線に涼風が運ばれてくる。この日も暑かったが出向いただけの価値があった。清涼感あふれる両作品に拍手をおくりたい。

  


気持ちいい涼しさの朝ウォーク

2018年08月04日 | ひな人形と花のまち

40度近い暑さが続いている。<命に危険が及ぶ恐れがあります、外出や外でのスポーツを控えて下さい>とTVから流れる異常な夏。確かに、あの気温41.1度の国内最高記録の日はいつもと違っていた。歩いていて胸苦しさを感じる初めての経験だった。それ以来、野菜畑もウォーキングも朝・夕に切り替えた。今朝はさらに早く起きて、日の出を見ながら歩く。このさきたま緑道には遊歩道沿いに約50の彫刻が置かれ、目も楽しませてくれる。その最初は国道17号線にかかる歩道橋上にある『風のと(音)』(作者:斎藤馨氏)。さきたま古墳公園に続く小径だからだろうか、作者は<古代から現代に流れる「風」をテーマに>とのこと。涼しさのなかにちょっぴり歴史をも受け止めながら気持ちよく歩を進めた。

  

 


宙の果てまでも『銀河鉄道の父』

2018年08月03日 | 読書

何やら不思議なタイトルだが「銀河鉄道」から連想したとおり、宮沢賢治とその父との物語である。出生から三十代後半で死ぬまでの賢治の生き様がほぼ忠実に描かれている。ただ伝記ものと決定的に異なるのは家族愛、特に父親の息子・賢治に対する素直な愛情。賢治から父への思い。それらが、えも言われぬ味わいで面々と綴られているのだ。だから賢治7歳のころ赤痢になるが、<看護婦ごときにまかせられぬ>と隔離病舎に泊まり込んで看病して自らが病気になる。そうした<父親でありすぎる>ことのエピソードが賢治の進学、家業を継がずに家出上京や農学校教員、売れない詩集・童話を書いているとき、度重なる病の床など、それぞれの場面展開に登場。言葉や心情として語られ、背景に描かれるのは岩手・花巻の自然や方言の土の匂い。最後まで引き込まれるように読み進んだ。賢治の死後、訪ねてきた孫たちに「雨ニモマケズ」の全文を朗読し、その意味を解釈する最後のところ。<(道徳的な意味ではなく)鉛筆を持って、ことばで遊んでただけ>と。作者の術にはまったのかもしれない。遺作のメモとも言われる一文、かって文学的評価をめぐって「雨ニモマケズ」論争があったとか。何度も読み返しては考え込んでいる。