今日のことあれこれと・・・

記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

母親大会記念日

2007-06-07 | 記念日
今日(6月7日)は、「母親大会記念日」
1954(昭和29)年3月1日のビキニ環礁での水爆実験実施をうけ、日本婦人団体連合会(会長平塚らいてう)は国際民主婦人連盟に原水爆禁止を提案し、1955(昭和30)年7月世界母親大会がスイスで開かれることになった。これに先立ち第1回日本母親大会が1955(昭和30)年、6月7日~9日 、東京・豊島公会堂で開催された。
母親運動50年の年表を見ると、”第1回東京での日本母親大会には、2,000名参加。涙と訴えの大会といわれ、日本の母親のあらたな歴史をひらく。代表派遣に草の根の母親(あたりまえの母親)を選ぶ”・・とあった。
母親運動50年の年表→http://hahaoyataikai.jp/04_ayumi/index.html
「生命を生みだす母親は、生命を育て、生命を守ることをのぞみます」のスローガンの下に、毎年、生命と暮らし、子供と教育、平和、女性の地位向上等に関する分科会や講演会等が開催されているようだ。
日本婦人団体連合会を設立した平塚らいてう(結婚後の本名は、奥村 明=おくむら はる)は、戦前戦後を通じて、日本における女性解放運動・婦人運動を指導してきた思想家・評論家・作家・フェミニストだ。1911(明治44)年、生田長江のすすめで女性だけの文芸雑誌『青鞜』(せいとう)を創刊する。同誌第1巻第1号にらいてうが書いた「元始女性は太陽であつた-青鞜発刊に際して」は、女性解放の宣言として注目された。(以下参考に記載の「元始女性は太陽であつた」参照)
同誌は、文芸運動にとどまらず、このとき以降の女性解放運動に大きな影響を与えた。
以前に女性雑誌の日でも書いたが、平塚らいちょうは『青鞜』の創刊にあたって与謝野晶子に原稿を依頼したが、「女は男にはかないません」と言われ、ショックを受けたという。しかし、一番最初に原稿を送って来たのはその与謝野晶子であり、平塚を感激させたという。次は『青鞜』創刊にあたって晶子がよせた詩である。
山の動く日きたる、かく云へど、人これを信ぜじ。
山はしばらく眠りしのみ、その昔、彼等みな火に燃えて動きしを。
されど、そは信ぜずともよし、人よ、ああ、唯だこれを信ぜよ、
すべて眠りし女、今ぞ目覚めて動くなる。
与謝野晶子は情熱的な女性であるが、平塚らいちょうも負けてはいない。
1914(大正3)年から5歳下の画学生奥村博史と同棲。今日、相手の女性より年下の恋人を「つばめ」と呼ぶのは、雷鳥と奥村の恋愛関係が発覚して青踏社内が大騒ぎになった際、奥村がらいてうと別れることを決意した際に「静かな水鳥たちが仲良く遊んでいるところへ一羽のツバメが飛んできて平和を乱してしまった。若いツバメは池の平和のために飛び去っていく」という手紙を残して身をひいたときのこの手紙の1節に由来している。しかし、らいてうは奥村と別れることなく、未婚の母として2人の子を育てた。(らいてうが奥村家の籍に入ったのは1941=昭和16年のことである)。
『青鞜』の運動を通じ与謝野晶子との間で1918(大正7)年から1919(大正9)年にかけて、働く女性と子育てについて繰り広げられた母性保護論争は有名である。女性の社会的、経済的地位の向上の方法論をめぐる与謝野晶子と平塚らいてうの議論から始まり、のちに山川菊栄山田わかが合流して繰り広げられた。平塚らいてうは、国家は母性を保護し、妊娠・出産・育児期の女性は国家によって保護されるべきと「母性中心主義」を唱える。それに対し、与謝野晶子は国家による母性保護を否定。妊娠・出産を国庫に補助させようとする平塚らいてうの唱える母性中心主義を、形を変えた新たな良妻賢母にすぎないと論評し、国家による母性保護を「奴隷道徳」「依頼主義」と難じた。「婦人は男子にも国家にも寄りかかるべきではない」と主張した。この論争には島中雄三、山田嘉吉(山田わかの夫)ら男性も加わり、新聞にも賛否様々の投書が送られたという。
その後、女性の集会及び結社の自由を奪っていた治安警察法第5条の撤廃をはかり、市川房枝奥むめおらの協力で日本初の女性運動団体「新婦人協会」を結成。らいてう自身は途中で協会運営から退くものの、奥むめおと青鞜の同人でもあった坂本真琴らを中心に運動は継続、ついに治安警察法第5条の一部改正に成功する(治安警察法第五条改正運動)。その他、高群逸枝らの雑誌『婦人戦線』へ参加、消費組合運動等にも尽力。第二次世界大戦後は、婦人運動と共に反戦・平和運動を推進した。
おふくろさんよ おふくろさん
空を見上げりゃ 空にある
雨の降る日は 傘になり
お前もいつかは 世の中の
傘になれよと 教えてくれた
あなたの あなたの真実
忘れはしない
川内康範作詞・猪俣公章作曲「おふくろさん」
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/00_songs.html
本当に心に響くいい歌だ。しかし、この名曲、森進一が歌う際に川内康範の作詞を一部変えて歌ったことから川内氏を怒らせ、森には歌わせないと言うことになってしまった。このような争いごとは、本人同士でないとわからない面が多いだろうが、マスコミなどの報道を聞いている限り、森のしたことに問題があるように思う。
母親とは、1親等の親族で、子から見て女性のことをいう。親しみを込めて「おかあさん」時には、前の歌のように「おふくろさん」などとも呼ぶ。それに対して、父親とは、同じく1親等の親族で、子から見て男性の親のことをいう。父親の場合、親しみをこめて「おとうさん」、「親父」(おやじ)などと呼ばれる場合もある。これだけなら、母親と父親は、「女性」か男性かの性別の違いだけである。しかし、法律上においては、母親が産んだ子供は間違いなく母親の子供であるが、父親が生ませた子供は父親の子供とは限らない。その面において、女親は男親に対してアドバンテージ(Advantage=有利な立場)があるといえる。
それに、歌や詩などにも「お母さん」はよく登場するが「おとうさん」は余り登場しない。死を目前にした最後の瞬間には「おかあさん・・・」と言うらしいが、・・・余り「おとうさん」と言ったという話を聞いたことはない。それだけ、子供にとって、母親は自分に近い特別な存在であり、逆に「父親」は遠い存在なのであろう。そりゃ~、ただの種馬と違って、腹を痛めて生んでくれた親だから、当然のことだろうと理解している。私自身もそう思う。
日本母親大会について、私は男だし大会などに参加しているわけでもないので何を具体的にしているかはよく判らないが、HPのあゆみなどの最近の大会のテーマーなど見ていると、非常に大きなことをテーマーに掲げて活動しているようだが、それはそれで、結構なことだと思う。
しかし、昨今の現実の世の中を見ていると、昔では考えられなかったような親殺しの犯罪や、弱い者を相手の狂暴な犯罪、陰湿ないじめ問題が多発しているほか、性の乱れや非行化は、想像を絶する状況にある。そこには、戦後70年の間の自由だとか平等など憲法に対する考え方の混乱や学校や家庭での教育上の問題、女性の社会進出に伴う社会や家庭のあり方、男性と女性の役割関係などが色々とひずみが現れてきているのだろう。その中でも、どのようにして子供を生み育てるか・・・という、人間と言うよりも動物としての基本の問題が今、最も深刻化しており、少子化の問題もその延長線上にあるように私は感じている。
スローガンは「生命を生みだす母親は 生命を育て 生命を守ることをのぞみます」をもとに活動しているというが、「・・・をのぞみます」と言うのは、生ぬるいと考える。先にも言ったように、子供にとって「母親は」特別な存在だと思う。「断固、生命を育て 生命を守ります」・・と言ってほしい。
女性運動が始まった頃は、女性の参政権や社会進出問題など女性の権利が保障されていなかった。その後の運動により、現代においては、一部の遅れた企業などに不平等が見られるかもしれないが、法的にも社会的にも解決できる問題はほぼ、解決されてきていると思っている。未解決の問題は、判っていても経済上の問題などからなかなすぐには解決できない問題が多いだろう。
後は、先にも書いたように、昔と違って、女性が家庭から社会へ進出するようになり、しかも、戦後の家制度の崩壊、核家族化などもあり、結果、家庭の問題(団欒などは死語)や、生まれた子供をどのように育てるかの問題が一番大きくなっている。
いつだったか、厚生省により少子化・子育て対策の一環として作成されたポスターに「育児をしない男を父とは呼ばない」の標語を掲げたものがあった。安室奈美恵の元ダンナSAMが赤ちゃんを抱いているポスターである。確かに、夫婦共稼ぎの多くなった現代社会において、仕事を持った女性が、子育てをする大変さはよく理解できる。しかし、厚生省が「育児をしない男を父とは呼ばない」などというポスターを作り新聞一面広告を出すことはあるまい。前にも述べたように、女性が家庭を守り、男性が社会へ出て一家の家計を支えるといった役割がはっきりとしている時代でも外で働いている父親の存在は薄かった。少子化の理由の中でも大きな理由と思われる結婚しない人が増えたのは、本当に「家庭や子育てに夢を持てない社会だから」だろうか。また、「家庭や子育てに夢を持てない」のは、「男性が育児をしないから」なのか。育児の負担が重いから結婚をためらう人がいるのだろうか。育児負担が重いというのであれば、専業主婦と言う選択肢もあるだろう。それでは、生活が出来ないというのだろうか。戦後70経過して、それほど、日本の社会は昔と比べて貧しい社会になったのだろうか。
私的なことだが、私の家は結婚当初は家人も仕事をしていた。結婚して子供が出来て会社を辞めた。何も辞めさせられたわけではない。本人の希望で辞めたのである。私も家人も子供が欲しかった。家人は自分が腹を痛めて生んだ子供を育てることに生きがいを感じていた。子供を本当に愛していた。精一杯の愛情をそそいで、育てることに最大の悦びを感じていた。しかし、生活は苦しかった。私が結構付き合いが良いものなので、夜遅く帰ることも多いし、それなりに小遣いも使った。楽ではない。昔は今の人より、所得も少ない。若い私の稼ぎなど知れている。それに、私の親も小姑までいた。そのため、給料前に集金に来たときなど、居留守を使うことが何度もあったと後に、家人からよく聞かされた。それでも、何の愚痴も言わずに一生懸命やってくれた。今でも、その時の情況を、生活は苦しかったが、一番楽しい時期であったといっている。私達の年代の人と話をしていると殆ど皆同じ様なことを言っている。若いときの子育ての苦しかったことを懐かしそうに話してもそれを愚痴るような人は殆どみない。
私の家人にしても他の女性にしても、それぞれにしたい夢ははいくらでもあっただろう。しかし、それ以上に、目の廻るような忙しさと貧乏の中で、女性にしか出来ない自分の腹を痛めて生んだ子を育てることに幸せと生きがいを感じていたのである。だからと言って、男が何もしていなかったという訳ではない。男も、出来ることを出来るだけ別な方法で、フォローして行かなかければならないだろう。昔は、仕事一途で多少家の中のことは見ていなかった。これからは、もう少し、家の中のことにも目を向けてゆくべきであろう。
子供をどのように育てるか?。男が働き女が家の中を切り盛りする。男女どちらもが働きどちらもが家のことを平等にする。そのようなことは、結婚する時に話し合いで決めておけば良いことである。どちらが正しいなどと言うものではない。世の中は殆どの世界は分業で成り立っているのである。厚生省がとやかくと言う問題ではないと思う。
育児の為に休暇を採りやすい環境づくりやそのための会社を規制する最低限の法律を決めるのも良いだろう。しかし、いまや、グローバル化した中で、余りにも企業に負担となる法律を作っても守れない企業、そのために倒産する企業が出てくるだろう。
私の目から見れば、今の世の中、随分と贅沢に慣れすぎているのである。また、欲望が強すぎるのである。そのような贅沢や欲望を満たすために、最も大切な、子供を生んで育てるということがないがしろにされているのではないか。昔は、子は宝物と言っていたのである。最近は出来ちゃった婚などと言うものが、マスコミでもまるで流行のように採りあげられる。子供は出来たから育てるものではない。どうしても欲しい子供を育てるために生むのであり、そのために夫婦の営みがあり、そのために結婚式という儀式があった。性的な欲望を満たすためにある儀式ではない。自分達の性的欲望を満たした結果出来てしまった子供なんて・・・どれだけ不幸なことか。人間以外の生物の世界では、子孫を残すために親は命を懸けて子供を作り育てているのである。子育ての問題は、単に学校を出て読書きが多少人よりすぐれている程度の人間が、理想論で語るものではないと思う。私の周りには、今でも、生活の苦しい中、2人3人の子供を育てている人がいる。しかし、そのような人から、子育ての愚痴を聞いたことがない。愚痴を言っている人は、子供が好きでない人である。好きであれば、すべてを投げだしてでも子供の為に出来るものだ。私の父親も私が子供の時に死んだ。戦後のまだ苦しい時代に、私以下3人の子供を母親は何一つ愚痴も言わず精一杯の愛情をそそいで育ててくれた。そんな母親の姿を見て育った。昔は、戦争で父親を亡くした母子家庭などがいくらでもあった。そのような家庭から今の時代のようなおかしな子供は育っていない。私は古雑誌を見るのが好きで、昔の古い写真を見ると、食べるものもない貧乏の中で、つぎはぎだらけの服を着ていても、子供たちはの表情は明るい。
与謝野晶子は平塚らいてう等が主張する国家による母性保護を否定していた。私は、全てではないが、どちらかと言うと、与謝野晶子の方の考え方を支持するが、俗に言う日本の「ウーマンリブ運動」は平塚らいちょう等が主導してやってきた。前に「ウーマンリブの日」にも書いたが、アメリカにおけるウーマンリブ運動の指導者ベティー・フリーダンは運動の進行とともに自分の指導してきた若い指導者達が、次第に変な方向へと進み始め、妻として母としての女性の役割を軽視ないし否定するフェミニズムへいったことから、伝統的家族を支持する保守的立場に転向したと見られるようになった。これは、日本でも同じ情況のように思われる。与謝野晶子にしても平塚らいてうにしても忙しい仕事をしながらしっかりと子育はしている。子育てを放棄はしていない。人として子を産み育てることが大切なのか、それとも、自分のしたいことを優先し、子を産み育てることを棄権するのか、それは、今の女性の子供に対する愛情の問題だろうと私は考えている。それが証拠に好きな男のためには何もかも捨ててしまう人がいくらでもいるではないか。
そのような女性を社会や男性がどれだけフォローしていくかと言う問題はまた、別に考えていくべきものであって、こちらを、先にあるものではないと考えている。
第1回東京での日本母親大会で、”代表派遣に草の根の母親(あたりまえの母親)を選ぶ”とあったが、その時の”あたりまえ”の母親とは一体どんな人たちを言っているのだろうか?。また、現代の”あたりまえの母親”とはどんな考えを持ったどのような行動をしている人を言うのだろうか?・・・馬鹿な私には、よくわからない。
(画像は、厚生省のポスター「育児をしない男を父とは呼ばない」)
ブログの字数制限から、参考にしたHPなどは以下にあります。クリックでこの下に表示される。
母親大会記念日」参考

母親大会記念日-参考

2007-06-07 | 記念日
参考:
平塚らいてう - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%A1%9A%E3%82%89%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%86
日本母親大会:母親大会って?
http://hahaoyataikai.jp/02_taikai/taikai_1/taikai_1.html
ウーマンリブの日
http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/7b168e45ad132f4348602bb6cb74ef08
日本婦人団体連合会
http://www16.ocn.ne.jp/~fudanren/
法政大学大原社会問題研究所『日本労働年鑑』
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/index.html
母親 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%8D%E8%A6%AA
代理母出産 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%A3%E7%90%86%E6%AF%8D%E5%87%BA%E7%94%A3
女性雑誌の日
http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/8c5f9b989c883fd4d141c14bfdcad3e3
白櫻忌,晶子忌
http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/4640636a8e15f9ff1736f74843dccf5b
厚生労働省
http://www1.mhlw.go.jp/topics/profile_1/koyou.html
元始女性は太陽であつた(日本ペンクラブ:電子文藝館)
http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/guest/publication/hiratsukaraiteu.html
世田谷文学館 コレクションによる企画展「画家と作家の暮らし―さまざまな愛のかたち」
http://www.setabun.or.jp/collection_love.htm
安室奈美恵 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%AE%A4%E5%A5%88%E7%BE%8E%E6%81%B5
新聞の宅配を考えるホームページ>社会 >「育児をしない男を、父とは呼ばない」
http://www.kcn.ne.jp/~ca001/I5.htm