源氏物語・若紫の巻より
半紙
中の柱に寄り居て脇息の上に経を置きて、
いと悩ましげに読み居たる尼君、ただ人と見えず。
四十余ばかりにて、いと白うあてに、痩せたれど
つらつきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も
なかなか長きよりもこよなう今めかしきものかなとあはれに見給ふ。
【口語訳】
中の柱に身を寄せてすわり、脇息(きようそく)の上に経巻を置いて、
じつに大儀そうにして読経していたこの尼君は、普通の身分の人とも見えない。
四十すぎぐらいで、ほんとに色が白く気品があり、ほっそりしているけれども、
頬はふくよかで、目もとのあたり、髪の見るからに美しく切りそろえてある端も、
なまじ長いのよりも格別当世風で気がきいているなと、君は感じ入ってごらんになる。
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前回に続く部分。
この尼君の描写がなんとも素晴らしい。
当時の女性の美は、引きずるような長い髪ですけれど、
尼さんなので、髪は肩のあたりで切りそろえてあるわけです。
これを「尼そぎ」といい、全部剃ってしまうのではありません。
今でいえば、ショートカット。
若い源氏は、そういう髪型をあまり目にしたことがないので
それが新鮮に見えるのです。
それが「なかなか長きよりもこよなう今めかしきものかな」
という源氏の感慨に見事に表現されています。