源氏物語・若紫の巻より
半紙
「何ごとぞや。童べと腹だちたまへるか。」とて
尼君の見上げたるに、すこしおぼえたるところあれば、
子なめりと見たまふ。
「雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠のうちに籠めたりつるものを。」とて
いと口惜しと思へり。
【口語訳】
「いったいどうしたの? お友達と喧嘩でもなさったの?」といって
尼君が見上げた顔にすこし似ているところがあるので
(源氏は)これはこの尼君の子どもなのであろうと思って(女の子を)ご覧になる。
「雀の子を、犬ちゃんが逃がしちゃったの。籠の中にちゃんと入れておいたのに。」といって
ひどく悔しそうにしている。
●
けだるそうにうつむいてお経を見ていた尼君が、
女の子をふと見上げたその顔と女の子がどこか似ている。
それに気づいて、源氏は、ははん、この子は尼君の子どもなんだなと思うのです。
実は孫だったわけですけど。
その後の、女の子のセリフがカワイイ。
「犬君」っていうのは、別の女の子のあだ名で、犬じゃありません。
いたずら者の「犬ちゃん」が、わざと(たぶん)せっかく捕まえた雀の子を
逃がしてしまったらしい。
それをべそをかきながらおばあちゃんに(といっても40代ですが)訴えているわけです。
これが、1000年も前の作品とは到底信じられない。
今、ここに、いそうな子どもです。
紫式部は子どもを描くのがうまいということですが
うますぎです。
いつも脱帽してしまいます。