昨日今日は2年前の息子の栄進の家族祝賀の記念日、8年前から4年前に及ぶ嫁の栄進の記念日でもあり、お誕生日でもある。両名共にこの月は、大学及び病院での嬉しい昇進の記念の日でもある。片や娘は、京都である病院の副院長をずっと続けており院長を断り続けている始末だと言う。東京では梅雨が未だ明けておらず、昨日以来曇り続きで、そして今朝からは梅雨空での雨降る日となって仕舞った。やっと昨日になって、あるTV局が八木沢ダム他の東京都の水瓶の状況の報告があった。僅か5%程度しか水位の上昇は見られず、近々20%の取水制限が加えられそうである。残念だが中々にダム湖の周辺には雨が降らないらしい。来週一杯この梅雨空が続き,梅雨晴れになるのはこの月末らしい。家内の病後の回復状況は可成り進んでは来ているが、食欲も出て来て体重も増加しており、元気さは出て来ているものの足部のむくみがあと一息と言うところである。メイは缶詰とササミで十分満足していて、おやつに鹿肉の粉末やWソフトなど与えている。雨の一日なので、ゆっくりと過ごそうかと思う。
昨日一昨日と真夏日が続いた。寝具などの土用干しには格好の日和であった。今日からは曇り空が続き関東の梅雨晴れは未だであるようである。今朝は早めに起きてお中元の礼状や暑中見舞いの返事などを纏め、登学の準備をしていた時、一時間間違えて身支度を整えて仕舞った事に気付いたのである。それ故に、やおら準備をゆっくりして出掛けることとした次第である。昨日より気温にして5〜6℃下がっている様で過ごし易い。土用は一年に春夏秋冬の4回あるのだが、その初めの日を土用入りと言う。普通一般には夏の土用だけを言う。確かにその方が一般的で誰にでも分かり易い。夏日が続いたこの2日前から、蝉の鳴き声が聞こえて来た。暑さが一邊に昇華したようで、ジージー蝉とカナカナ蝉の2種であった。道理で暑い訳だと自然に感得し、季節感を直に感じた次第であった。
本当の夏、これこそが夏の醍醐味である。朝から太陽の光が家々の屋根を輝かし、夏風が涼しく窓辺を掠める。本当に清々しく爽やかである。青空にぽっかりと浮き雲が漂っている。大勢は好っきりした青空そのもであるから、空を眺めると気分も爽快である。こんな素晴らしい夏の朝は最近では珍しいことである。昨日から引き続きの快晴の夏日である。メイは早朝から私のササミ料理の手拵えを綺麗に食べ、その後何と20数回の廊下と居間の全力往復疾走を遣って退けた。偉いものである。今ぐったりとして居間の絨毯に寝そべっている。可愛いものである。昨日洗濯物を全て乾燥出来て今日の分はゼロである。これから家内と近くのスーパーへ出掛けてお買い物を楽しんで来ようかと思っている。室内は28℃に保たれていて涼しく快適である。
昨日は庭の植木の剪定を行った。山桃の若葉に虫が卵を植え付けて葉が縮れて内側へ捲れてその中になんと卵が産みつけてあるではないか。小さな木乍ら全部それらを剪定してゴミ箱へ棄てた。柿の実も10数個生っていてこの秋の熟成が楽しみである。早朝に洗濯物を屋上に干して来たが、暑くて汗をかいた次第である。海の日で本来なれば日本列島の何処の海岸でも海水浴で賑わっていることであろう。今日は海の日だが、天候は今一のようである。さて、友人それもまな弟子であるからであろうが、今回もお中元を贈って来た。前回鄭重に遠慮して理解を頂いた筈なのにと思っていたが、折角であり、これからお礼状を書こうと思う。他に、自分史の送呈をして来た著者もあり礼状を認めようかと思う。夏の昼下がり憩いつつペンを走らせようと思う。
連休と言うと決まって月曜日が入ってくる。学校では月曜日に講義を持つ先生が、何時も大変困っている。代替日が都合着かないので、遂つい土曜日か放課後に自分の時間を生み出さざるをえないようである。政治家は連休に成りさえすれば国民は皆喜ぶと思って仕舞い勝ちなのである。そんな単純な理由で月曜日が連休の次の日に決められて仕舞っているようである。少数意見は何時も葬り去られて仕舞う運命なのかなと、思って仕舞う。今年は異常気象で晴雨の見極めが定まらず、この夏を健康第一に目論んでその保持に努力している国民に執っては、何とも予定が組めない夏に成りそうである。曇り空乍ら一応洗濯物を屋上に干して来ようかと思う。序でに風呂桶を良く磨いたりして今夜の入浴の準備をしようかと思う。
文字通り今月も略中間に差し掛かった。あと2週間でこの7月も終えて、愈々盂蘭盆も終えて明日は盆送り火で勤め人は薮入りである。今日の土曜日はまた息子の自製のごま汁を相伴させて貰った。夏の冷や汁として味も良く栄養が豊富で、中々に夏の昼間の昼食にはもってこいのものである。我が家では昭和初期時代から夏場の栄養昼食として良く一家で食べたものである。その気風を受け継いで家内が時折作って夏の昼飯を飾ってくれていた。それを受け継いで、今度は息子が料理人を代わって時折担当するものである。栄養豊富なごま汁だけに味も良く、うどんは秋田の稲庭うどんや、神戸や奈良の細うどんなど、様々だ!夏の健康維持に最適な食事であることは確かなのである。
異常気象が永続して本のちょっぴりしか霽れ上がって来ない。こんな悪天候はご免である。昨夜はちょっぴり東京の水瓶にも雨が降ったかに見えたが、気象庁もテレビも新聞も何も報じていないのが現状である。45%しか八木沢ダムは水が底をついているかに、あれ程騒ぎ立て報道もしていたが、その後の報道は一切無く、さっぱりしたものである。報道の永続性が成っていない有様で、本当に情けない気持ちである。都民が最も知りたい情報が途切れてしまっている。これなどは何処の何方が怠慢なのか、もうちょっとしっかりして欲しい!と言うのが、私ばかりの意見ではあるまいと思われる。
月日の経つのは早い。明日は盂蘭盆で明後日は盆の送り火である。薮入りでもある。田舎では一月遅れの八月に此れ等の行事をする所も多い。実際に故郷の行事を顧みる時、矢張り季節柄8月の方が実感が湧き易い。そう言えば一昨日のデパートの前のお花屋さんでは、蓮の葉や花、それに枝柄などお盆の用具が一杯売り出されていた。でも都会の人々は余りそれらに関心を示さなかったようである。余りに世界情勢が変化を示すなどしている所為かも知れない。今日はゆっくりと身の回りの整理に力を尽くそう。今日は家内が退院してから100日目であり、すっかり傷も軽快したので、初めて風呂に入った健康回復の日であった。
昨日で日本のラヂオ放送が開局91年目となった。吾が年齢に一年早く大正14年西暦では1925年に誕生したことである。町のラジオ屋さんで、学校の会議で、家庭の居間でと言う様に徐々に発展して、町民の耳目を奪った。町並みにラジオがある家は殆ど数軒しかなかった。今でこそ会議や集会でマイクを使う様になったわけで、当時から戦時中まではラジオ、は珍しい貴重な存在であった。電気が夜間しか送電されず昼間ラジオを聞こうとすれば、特別に昼間用の配電を料金を支払って特約せねばならず、特殊の接待用にしか使えなかった時代である。夏の扇風機用か、冬場の大勢の宿泊客の為にしかラジオは使えなかった。今昔の感に堪えない。今年の夏は異常気象でこれから傘を持参しての登学である。
参議院選挙や後2日で公布される東京都知事選挙など、あれこれなんと多忙な月初めであった。が、後今月一杯で結末が付けられよう。月日は進んで来週初めには夏の土用が訪れようと言う季節である。不安定な天気で、依然として降って欲しい東京都の水瓶には、さっぱり雨が降らない。それこそが異常気象なのである。家内の病状も昨日の外来診察後の説示と投薬で今朝からは少しく改善が見れれた模様である。ゆっくりと確実に快報に向かいつつあるので、ホットしている。今日も薄曇りで午後から夜間に掛けて雨になるとの予報である。明日はどうも雨らしい。水瓶に雨を!が都民の願いなのだが、どうもそうは簡単に問屋が卸さない様だ!