乱鳥の書きなぐり

遅寝短眠、起床遊喰、趣味没頭、興味津々、一進二退、千鳥前進、見聞散歩、読書妄想、美術芝居、満員御礼、感謝合掌、誤字御免、

北京一日目  北京空港から一時間余りタクシーに乗り、とある町にたどり着いた。(9景)

2020-01-28 | 中国 2006~2019(7回)
 北京一日目

 北京空港から一時間余りタクシーに乗り、とある町にたどり着いた。

 そこには有名な北京ダックのチェーン店があり、また、私たちの泊まるホテルにも近づいた位置であった。


 

 
 空港の車窓から見える北京は近代的で、心なしか、以前のイメージの中動く夜も空が青く澄んでいた。
 タクシーや車は新しいものが多く、私たちの通った道は、自転車やバイクが極端に少なかった。
 体を故障された、施しを受けたい方々の姿も一人も見ない。ビニール袋のゴミが飛び交う道路もない。
 これは北京という土地柄のせいか、あるいは、中国の政策によるものかは私にはわからなかったが、ただただ言えることは、空気が美しかった。

 
 某繁華街にたどり着くと、制服私服の警察官の方々が多くいらっしゃった。
 道を尋ねると、大変親切で紳士的であった。
 また、スマホや地図で確かめていると、おしゃれな自転車に乗った中国人大学院生が流暢な日本語で、親切に目的地を教えてくださる。
 大学院生はとても端正な姿顔立ちで、物腰が柔らかく、知性的な型であった。

 

 
 道路上ではとっても可愛いクマさんのぬいぐるみ。
 中国北京のこの辺りに関しては、今の中国は明るく清潔感にあふれていた。

 

 
 街のいたるところに銅像やモニュメントが置かれている。
 道が広いので、ゆったりとした空間であった。

 
 中国の靴屋さんもあれば、レゴショップもあった。
 レゴショップでは、楽しいグッズが多くあり、大人も子供も嬉々とされ、楽しまれていた。
 そして私たち3人も、懐かしく楽しく店内でレゴを見て回った。

 
 街のいたるところに、可愛い工夫がされており、大人の私も心は高鳴る。
 北京は楽しい。


 次回は一日目料理の様子を紹介したいと思います^^
 見てくださいますれば嬉しいです。

 




 梨園劇場 京劇  公演が始まる前の、メークとお着替えの様子 (中国 北京にて) (12景)
 北京空港から一時間余りタクシーに乗り、とある町にたどり着いた。(9景)
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北京動物園 清代頃に造られた池の氷を割りながら少しづつ前に進む二羽の白鳥の声(音)に感動。(10景)

2019-12-15 | 中国 2006~2019(7回)

 中国 北京動物園
 北京動物園内 清代頃に造られた池の氷を割りながら少しづつ前に進む二羽の白鳥の声(音)に感動した。(10景)



 北京動物園は、中華人民共和国の首都・北京にある動物園。
 大熊猫(パンダ)をはじめ、園内には約数百種、数千頭以上のさまざまな動物が飼育されており、中国国内でも最大級の規模を誇っています。

 日本の動物園とは違う飼育法で、猿山一つをあげてもその視線は、真横からも見ることができます。
 ここRなしか北京動物園の動物たちは元気が良く、猿にしても走り回ったり遊具に載って飛び跳ね、ジャンプする姿が、間近で見ることができます。

 ただ、パンダの飼育においては以前に訪れた黄竜近くで見たパンダセンターの方が、その様子を詳しく見ることができました。

 北京動物園といえば、多くの動物や鳥たちを想像しますが、園内には別力金で水族館も見ることができます。
 とても良い水族館ですが、ただ、お値段はお高かったです^^

 動物や水続刊の様子はまた別日をを設けてっと^^

 
 私が今回の北京旅行で一番感動したことを紹介したいと思います。


 北京動物園の中には川や用水路が美しく造られています。

 また、貴族の庭園を改良し、清代には宮廷の園地としても活用されて来たので、広大な園内にはさまざまな樹木が生い茂り、広い池が幾つもあります。

 動物たちの檻は美しい広大な園内に、に点々と設けられている状態です。

 実際に園内を歩き、広さすぎて疲れ、キリンのエリアなどを見ずに断念したくらいです。



 上にも書いた清代頃に造られた多くの広い池は氷を張っていました。

 私たちがこの池にたどり着いたのは午後2時前ですが、氷は一部を除いて厚く張っていました。


 一つ目に池には氷の上に、カラスたちが戯れていました。

 カラスのくちばしで、氷を楽器のように、コツンコツンと叩いて遊んでいるようにさえ感じました。

 

 少し歩くと、また違った池に合流していました。

 そこでは、中国人のカメラマンたちが多くいらっしゃいました。

 

 この池には、白鳥やカラス等が多くいました。

 

 目をこらすと、氷が薄くなった部分や熱い部分がありました。

 

 氷に熱い部分を懸命に前に進もうとする二羽の白鳥がいました。

 白鳥たちは、苦しい声の良にニコ声もする、氷の羽に当たる音が冷たい空気の中に鳴り響きました。
      ギィイィ、、イィイ、、、
      ギィィ、、、ギギギイィ、

 
 氷を割りながら、二羽で少しづつ、前に進んでおりました。
      ギィイィ、、イィイ、、、
      ギィィ、、、ギギギイィ、
      ィギィ、、、ギィイィ、、
 
 
 

 

 

 

 二羽の白鳥は、魔法をかけられたおとぎ話のように感じ、私はその場を呆然と立つすくんでしまいました。

 美しい池でした。

 美しい白鳥でした。

 
 


 みなさま、最後までお付き合いくださいましてありがとうございます。

 感謝申し上げます。
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蔵謎大劇院 【ヤン・リーピン出演】雲南省 麗江で『シャングリラ』、再び四川省で『蔵謎』を観た。(10景)

2014-09-02 | 中国 2006~2019(7回)


    

 

 
 蔵謎大劇院

    

 

 四川 九寨溝のふもとに位置する蔵謎大劇院に行きました。
 かねてから観たいと思っておりましたヤン・リーピンの『蔵謎』(クラゾナ)を見る事ができ、とても有意義な時間を過ごす事ができました。

 ヤン・リーピンはチベット族(少数民族)の舞踊家です。
 以前雲南省に行きましたおり、食事を終えてから後に、夫と二人で単独行動。タクシーに乗り、劇場へ直行。『シャングリラ』を見ました。
『シャングリラ』は中央、前から7番席で、欧州や米国からの旅行者に囲まれておりました。
『蔵謎』は中央席、前方5番、中国人に紛れての日本人数名余の観劇でした。

 『シャングリラ』
  ブログ記録では、【雲南映像『孔雀舞』 大型原生恋歌舞集】

 随分前からみたかった 成都にて「川劇」も楽しむ事ができ、多少舞台の好きなわたくしにとっては、今回の中国の旅も感慨深い者が有りました。
「川劇」は最前列の為か、撮影禁止とあいなってしまいました。ですが、『蔵謎』は写真を少しばかり撮ってまいりました。
 舞台の写真は次回予定しております。
 今回は 四川 九寨溝の蔵謎大劇院の様子を記録させて頂きます。

 
 蔵謎大劇院と近くの山

 
 蔵謎大劇院入り口

 
 蔵謎大劇院入り口の天井

 
 蔵謎大劇院の外に置かれた瓦

 
 蔵謎大劇院の外に置かれた瓦

 
 蔵謎大劇院の外に、キュートな窓

 
 蔵謎大劇院入り口 
 中国語は知りませんが、漢字の雰囲気で察知しています…か?(笑)
 
 蔵謎大劇院入り口 柱


    
    
   


     2014年8月初旬  中国
     



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氷菓&水菓「海南鮮椰」を楽しんだ日本の浅草のような錦里 (5景)  中国(成都)

2014-08-20 | 中国 2006~2019(7回)



  氷菓(氷点心)


 中国(成都の錦里)で氷菓を頂く。

 氷菓とは果汁や糖密などに香料を加え、凍らせて作った菓子のこと。
 
 写真の氷菓は
    ところてんの柔らかいものに黒蜜
    角氷がいくつか入って、キンキンに冷えている。
    のどごし優しく、口当たり良く、つるんと口の中を滑る。
    黒蜜と氷は至って旨し。

 中国の教えによれば冷たいものより温かなものが体に良いとのこと。
 なので、中国人を相手とするレストランや食堂では、ビールが冷えてない事も多い。
 だが、錦里の老舗の氷菓屋さんでは、このキンキンに冷やした菓子が売れるわ売れるわ。
 …で、店の方もめまぐるしく動かれていた。

 この氷菓、1皿5元也
    18(YEN)×5(元)=90(YEN)

 桂林や賀州の辺りでは朝の麺や煮卵2個が2元(当時12YEN×2=24YEN 現在物価が上がってなければ、36円)だったので、錦里の氷菓の90円はそんなにもお安い値段ではないかも知れない。
 だが、先ほども書いたように、美味かった。
 また、信用のおけそうな店だったので、氷(水)も不安無く頂く事ができた。

 左は氷菓
 ところが水菓と書くと果物の事
    氷菓 氷菓とは果汁や糖密などに香料を加え、凍らせて作った菓子のこと。
    水菓 果物

 私たちはスイカジュースではなく、水菓(ジュース)も頂いた。
 
 海南鮮椰
 
 海南鮮椰
 椰子の実が短い鉛筆状に削られ、あらかじめ用意されたトンカチとアイスピックで穴をあけ、ストローをさして下さる。
 中国人のお気に入りの飲み物らしく、ここも客足が絶えない。
 穴をあけず袋に入れて持って変える客。
 カップルで日本のストローをさしてもらい袋に入れてもらう客。
 客の所望も様々だが、わたくしたちも例に漏れず、日本のストローをさして頂いた。
 ただ、若い客と違う所は、日本のストローを一気に使う事は無く、二人は順番に海南鮮椰のほのかな甘みを楽しんでいたという事か…(笑)
 齢を重ねた夫婦がにほんのストローでデレツク様はいかにも暑苦しいので、これで良かったと胸を撫でおろす。
  
 
 錦里は日本でいえば、浅草のようなところと中国人ガイドがおっしゃっていた。
 なるほど
 歌あり食あり願いありと、にぎやかで楽しい所であった。
 
 

 


 しばらく錦里の記録は続きます。








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成都の夜の町には、いたるところに龍の姿が見られるように感じる☆(中国 8景)

2014-08-19 | 中国 2006~2019(7回)




  成都の夜の町には、いたるところに龍の姿が見られるように感じる☆(中国 8景)




 
 中国の成都空港で荷物を受け取り、出口に向かう。
 途中、看板あり。
 壁面にうつる朱と黄のネオンの映り込みが。龍のうろこを思わせる。
 流石!
 黄龍にほどなく近いともいえる成都だなと、ほくそ笑む。

 
 成都空港を出てバスの待つ駐車場へ。
 写真は外から見た成都空港の一部。
 黄のネオンがくねる。
 やはり、龍のイメージで造られたものかと、一人 にやける。

 
 空を見上げると、三日月が出ていた。
 中国人ガイドがおっしゃるには、成都でこの季節に月を見る事ができるのは珍しいとの事。
 何でも湿度と何やら?の関係らしいと説明されていた。
 だが、龍好きのわたくしは黄のネオンに染まるモニュメントに気をとられ、忘れてしまった。
 情けない、申し訳ない。

 

 
 成都は思いのほか都会で、日本でいう銀座らしき町並みも見る事ができた。
 街全体は、黄が目立つ。
 何気に黄龍の存在は、大きいらしい。

 
 oh!
 この都会な町並みに、黄の龍が意識されている。
 黄の龍は、夜空に登る。
 龍のうろこは、天まで届くようだ。

 

 
 黄を基調とした成都の夜の町並みが心地よい。
 黄龍を誇りに思う他のような町づくりが心地よい。
 
 多くの劇場が夜の町をにぎわす。
 かねてからわたくしが観たいと所望し憧れていた「川劇」が毎晩演じられる。

 伝統を重んじ、自然を守りながらも新しきを取り入れる姿勢が垣間みられる成都という町に、私はどこか懐かしさを感じていた。

      
     











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中国 成都空港の旅行案内の看板「内蒙古」。ラクダがやんちゃしている。(1景)

2014-08-19 | 中国 2006~2019(7回)





 中国 成都空港の旅行案内の看板
 看板は「内蒙古」
 ラクダがやんちゃしている写真がいくつか壁に はられていた。

 看板の左は、お手洗い。
 中国人男性が映り込んでしまった。
 ごめんなさいましぃ~☆で、ございまする。

 

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シルバーホワイトからチタンホワイト。アカアカな、アオアオな空を閉じ込める。(3景 北京から成都)

2014-08-19 | 中国 2006~2019(7回)




   シルバーホワイトからチタンホワイト。アカアカな、アオアオな空を閉じ込める。(3景 夏 北京から成都)





 
 飛行機で北京から成都へ向かう途中に、碧々とした空を見た。
 
 シルバーホワイトな空はチタンホワイトな予告を経て、ミルキーチタンホワイトの姿を変える。
 スイカエキスを打ち水したような夕焼けは瞬く間に西側から襲ってくる。

     アカアカな顔をしたお前は誰だ?

 
 私は
 アカアカな本性は白々しい空と、
 どこまでも蒼蒼な青青な、
 アオアオな空を丸の中に閉じ込めた。












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黄龍 そのダイナミックな自然もさることながら、何ヶ所も設置された酸素吸入室に中国の大きさを感じた。

2014-08-18 | 中国 2006~2019(7回)



   黄龍ではそのダイナミックな自然もさることながら、何ヶ所も設置された酸素吸入室に、中国の大きさを感じた。






 高山病(altitude sickness)

 Wikipediaによると、高山病とは、低酸素状態に置かれたときに発生する症候群。
 最近では、(熱射病や日射病という病名がより病態を表現した熱中症と呼称変更されたように)「高度障害」と呼ぶ場合も多い。

 高山では空気が地上と比べて薄いためにおこる。

 2400m以上の高山に登り酸欠状態に陥った場合に、さまざまな症状が現れる場合があるとの事。

 症状としては、
   頭痛、吐気、眠気(めまい)、手足のむくみ、睡眠障害、運動失調、低圧と消化器官の機能低下からくる放屁など。

 低酸素状態において数時間で発症し、一般には1日後 - 数日後には自然消失する。
 重症の場合は高地脳浮腫(High-Altitude Cerebral Edema; HACE)や高地肺水腫(High-Altitude Pulmonary Edema; HAPE)を起こし、死に至ることもあるとのこと。




 わたくしの考える、高山病の予防
  1) 高山病に詳しい病院に行き、処方して頂く。
  2) 登山店で、高山病予防のアメを購入。
    ただし成分に[珊瑚の粉末]が入っている場合がある。
    ヨーロッパの水道水(硬質の水)を飲むのと同じ効果が生じ、人によっては下痢を招く。
  3) 前日当日、飲酒を控える。
  4) 前日風呂は控え、シャワー程度にとどめる。
  5) 当日、はしゃがない(笑)
    走り回ったり、大声を出さない。
  6) 大きく行きをはくと、自然に酸素(空気)が体内に入る。
  7) アメやチョコなどを、少し頂く。
    糖分で気を紛らす。
  8) だんだんと高度を上げ、体を慣らす。
  9) 水を少しずつ、こまめに飲む。


 

 私はこの夏中国の黄龍(黄竜 成都の北約400kmの四川省羌族自治州)を訪れた。
 黄龍は3500メートルをゆうに超えるため、各自に一本、あらかじめ酸素が手渡された。
 わたくしたち夫婦はその酸素ボンベを使用する事無く、無事に下山できた。
 
 黄龍を歩く途中、いくつかの酸素吸入室を見た。
 中に入ると、苦しそうな方々が、酸素マスクを口・鼻にあてておられた。
 わたくしは見てはいけないという後ろめたさで、即座に酸素吸入室を出た。
 酸素吸入手数陵(?)は、一元(日本YENで、18円位)
 酸素吸入室には、係の方がついておられる。

 

 中国の玉龍雪山を訪れた時には、ロープウェイを乗る前の売店で酸素ボンベが売られていた。
 だが、頂上では酸素吸入室らしきものは無かった。
 玉龍雪山(雲南省麗江市玉龍納西族自治県)の場合は歩く距離も極小で、高山病にかかってもロープウェイですぐに下山できるためと考えている。

 

 いずれにせよ、黄龍ではそのダイナミックな自然もさることながら、何ヶ所も設置された酸素吸入室に、中国の大きさを感じた。


 

 Wikipedia ▼
 高山病のかかりやすい人
 危険因子として、呼吸器系・心血管系の既往症を持つ者は勿論だが、他に「過去に高山病の症状を呈したことがある者」や「偏頭痛の既往を持つ者」が指摘される。
 また、海面近くの標高から2500mの高地へ1日の内に移動すると発症しやすい。人によっては2000m前後の標高でも発症することがある。
 血液中の酸素飽和度は、小型のパルスオキシメーターを使って比較的簡単に測定できる。これを使えば、酸素欠乏症に移行する前に予防策が立てられる、と期待されてい

 高所順化
 逆説的ではあるが2400m以上の高地に移動した日は、すぐには休憩せず30分~1時間ほど歩きまわることで人体の高所順化を促すことができると経験的に知られている。

 治療
 低地への移動
 パルスオキシメーターで酸素不足が確認されたら、根本的な治療は低地に移動することである。
 重症の場合は、直ちに集中的治療が必要である。
 他に上記のリスク因子を持つ者への対処として、危険因子を持つ者や軽症(下山を要さない程度)の者は1日当たりの登高を500m以下にする。
 他に高地での激しい運動を回避するなどが挙げられる。
 負傷や症状の進行により移動が困難な場合はガモウバッグと呼ばれる可搬式の加圧カプセルに入りカプセル内の気圧を上げることで疑似的に標高を下げる方法もあるが、症状が軽微な場合は高度馴化をいたずらに遅らせるため使用は推奨されない。

 薬物的治療としては、酸素投与によって登山を続行できる可能性があるのは肺水腫の兆候が無い者だけである。
 徴候があれば下山か救助要請しか無い。
 最も命を脅かすのは肺水腫による呼吸不全である。
 アセタゾラミド(ダイアモックス®)の服用[4]は利尿作用によって肺水腫を軽減すると考えられている。
 また、(高地性でなく一般的な肺水腫の治療を応用し)ニフェジピンやプレドニゾロンの投与もありうるがエビデンスはない。
 脳浮腫による頭痛に対しては非ステロイド性抗炎症薬が有効とされるが、この薬剤の禁忌(喘息などのアレルギー、胃潰瘍、小児)には注意が必要である。
  また、直接の治療ではないが、高山病の症状のひとつである脱水症状からくる血栓を防ぐために低容量のアセチルサリチル酸(アスピリン®)を予防的に服用することもある。



 








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北京空港 2 池のある詩風モニュメントで唐李白の「静夜思」【舉頭望明月 低頭思故郷】を書く。(10景)

2014-08-17 | 中国 2006~2019(7回)



  北京空港 2 池のある詩風モニュメントで唐李白の「静夜思」【舉頭望明月 低頭思故郷】を書く。(10景)





 
 帰路、成都から関西空港
 途中北京空港経由
 乗り継ぎの待ち時間が長い。

 
 私たち二人は北京空港に造られた寺風或は詩風(唐李白の「静夜思」)のモニュメントのベンチで話し込む。
 久々のEvianが美味い。

 Evian 500ml
 18(円)×15(元)=270(円)
 中国は輸入品は空港に限らず、結構お高い。
 
 
 詩風(唐李白の「静夜思」)モニュメントのベンチで座っていると、ミストが心地よい。
 成都では42度を超える日があったので、帰りのミストでいやされ、半時間あまりも座り込む。
 各自手に持ったEvianは半分以上が空になっていた。

 

 この小半時間の間、御世話様な事に私服の警官(或は監視員)が、隣のベンチで座っておられた。
 面倒くさそう名彼は、「早く行って下さい」などと礼儀知らずな事はいわず、ただひたすら座っておられた。
 途中、ひとりの警察官が歩いてこられ、にこやかに彼に何やら話しておられた。
 私は中国語には暗いが、察するところ、次のような会話が成り立つのではないだろうか…。

「ごくろうさんだね。」
「先輩、ほんま、ねんどくさいですわ。」
「ま、そんな風にいわずに、仕事を全うしたまえ。」


 ご年配の警察官は私たちにもにこやかで、
『私たちは疑ってないのですが、仕事ですので、ごめんねごめんね~』
みたいなフレンドリーな笑顔で、丁寧に挨拶して立ち去られた。
 私の知る中国人の方々は、基本的に紳士的で親切な方が多い。
 今回の旅行でも、中国人の方々には親切にして頂いた事を喜んでいる。

 ベンチを後にし、モニュメントの中心部で遊ぶ。

 
 三つにくねった橋
 そこをわたると、そこそこ重厚そうに造られた体裁の良い机といす。
 下に置かれたリュックはおそらく日本人女性のもの(わたくしのものではありません)
 
 三つにくねった橋を渡らなくても、二組の机といす。 
 二組の机の上には、筆が二本ずつ、合計四本用意されている。
 
 色紙大の紙が置かれ、李白の詩や文字を書いて楽しむ事ができる。

 
 李白「静夜思」

      靜夜思     唐 李白

     床前明月光
     疑是地上霜
     舉頭望明月
     低頭思故郷


 左には

 
 喜

 
 寿

 
 福


「舉頭望明月 低頭思故郷」「喜」「寿」「福」をそれぞれ一枚ずつ書いてみる。
 中国人が集まってきた。
 ありゃりゃ
 わたくしとて小学生の頃に数年間、T・雲流氏(日本人)に書道を習っていたというのに…
 上手くかけず、失笑を買う。

 めげずに私が
「ナイスでしょう!」
と誇らしげに問うてみたら、中国人の皆さんは
「あぁ!ナイス。ナイス。」
と、多少のあきれ顔ではあったがにこやかに「ナイス。」連呼して下さった。
 筆を持たない夫は、横で赤面していた。

 旦那様、ごめんねごめんねぇ~

    


 










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北京空港 1 天井を見上げると潔く大胆な直線と曲線。全体を見ると、エッシャーの絵のように上下逆さか 4景

2014-08-17 | 中国 2006~2019(7回)




 
 北京空港で乗り継いで、 成都に向かいます。
 天井を見上げると、潔く大胆な直線と曲線。
 大変美しい空港でした。

 
 北京空港で影絵のような二人を見ました。
 少しやわやかな線描写から抜け出したようなお二人でした。

 
 あら!不思議☆
 
 北京空港の全体を見ると…
 エッシャーの絵のように、上下逆さかに感じます。

 日本から成都
 途中の北京での乗り継ぎは正直疲れました。
 ですが、北京空港のデザインの斬新さに楽しい時間を過ごす事ができました。

 




       2014年夏
       北京空港にて



















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もう一度、雲南省に行きたい。

2013-02-22 | 中国 2006~2019(7回)



 パソコンで保存していた雲南省の写真を間違って全て消してしまったことは、以前にも書いた。

 雲南省・麗江古城内はことのほか面白かった。

 この辺りでせめて一週間くらいはのんびりと過ごし、お昼は写真のお兄さんの店で木彫に熱中したいと思っていたが、時悪し。夢くだける。

 彼は麗江古城にある多くの木彫り職人の中でも、良い腕を持っていた…。

 向いには気の良い明るい娘さんがいらっしゃった。彼とは仲が良かったが、今はどうなされているのだろう…。

 夜には夫と酒場に繰り出し、まるで学園祭のような華やかさのある歌垣風掛け合いを楽しみながら、時の流れを味わってみたかった。

 中国に行きたい。だが、現在各旅行社のパンフレットから中国は消え去っていることを考えると、個人旅行等夢のまた夢かと感じ、寂しさを覚える…。




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叫化鶏(乞食鶏・富貴鶏) 中国・杭州

2008-04-12 | 中国 2006~2019(7回)

 

(写真上が乞食鶏。ナイフとフォークで蓮の葉を開き、料理を散り分けてくれる。左上のぼやけた部分は、ナイフとフォークを 手早く動かす様子。)

 

   叫化鶏(乞食鶏・富貴鶏)

 

 杭州で乞食鶏を食べた。

 この乞食鶏は富貴鶏ともいう。

 いわれは次のようなものだ。

 

 西湖のほとりで、2人の貧乏な男が出会う。

 盗んだ鶏を持った男と、くすねた米を持った男。

 二人は盗んだ食材で何か料理しようと考えたが、当然だが、道具を持ってない。

 鶏の腹に米を入れ、西湖咲く蓮の葉で鶏を包む。

 湖畔の泥にうずめた上で、焚き火をすること半日。

 途中、鶏泥棒を探すため来た役人は、二人を泥棒とは気づかない。

 役人は去り、泥の中から鶏を掘り出すと、かちかちの粘土の焼き物。

 二人はそれを石で割り、蓮の葉をとり、鳥を取りだした。

 料理の芳香葉あたり一面に広がり、役人が駆けつけ、料理を横取りした。

 あまりのうまさに役人は王(宮廷)に調理法を伝授。

 喜んだ王は役人には昇級、二人には莫大な金品を与え、大金持ちになったそうな。

 後に評判となったこの料理は、元のくすねて作られた意味から叫化鶏(こじき鶏の意味)と呼ぶ。

 又、盗人が大金持ちになったという意味合いから、富貴鶏ともいわれるそうだ。

 

 何ともはや、楽しいはなしではないか・・・。

 悔しくも私たちの食べた乞食鶏の腹の中には詰め物は無かった。

 土の部分は省かれており、唯一、蓮の葉に巻かれていたのが救いというもの。

 これが無ければ、単なるクリスマスのチキンを小さくしたものになるかも・・・。

 家で焼くときは詰め物をする分、愛嬌があるとも言える。

 

 蓮の葉で巻いた鳥は、葉の水分効果で、しっとりと焼き上がっていた。

 葉を巻きことによって、香りが広がるのかと思っていたが、話のようにはうまくはいかない。

 この料理、たぶん圧力釜で蒸し焼記されたようであるが、水分蒸発のおりに、においは飛ばされていた。

 たぶん土で巻いて半日蒸し焼きといったことになると、陶器常になった囲いがあるために香りを逃さなかったと言うことが考えられる。

 今この方法で料理を再現するには、一体どれくらいの費用がかかるかと思うと、心はやはり富貴鶏ではなく、乞食鶏なのかも知れない。

   

 

 写真上は、龍門古鎮の民家で作っておられた、ヨモギ入りまんじゅうと餃子。

 ヨモギはここでは多くの民家で料理されていた。

 おばあさんが、食べていくように勧めて下さったが、悪いので辞退した。

 今になって、後悔している。

 ヨモギを石臼でつく家庭にも出会ったので、つかせてもらう。

 これが結構な力仕事。

 もちろんこのようにはしゃいでいたのは、私一人。

 大人になりきれない、乱鳥。

 気持ちだけは、まだ学生気分。

   

 

 上は上海のピリ辛魚料理。

 広州や賀州に比べて甘いのが特徴。

 味の奥行きは、私は広州や賀州。山だが、雲南省の海鮮料理店の方が好きだったかも知れない。

 ただし今回の旅行は いつもと勝手が違い個人で夕食後に食事に繰り出す機会がなかったため、美味い料理にありつけなかったことも一因かも知れない。

 

 杭州・上海あたりと広州の料理の決定的な違いは他にもある。

 写真のように 杭州・上海あたりの料理は手が加えられている。

 魚に飾り包丁が入り、まるでパイナップルのようだ。

 野菜の煮込みや炒め物もちがう。

 杭州・上海あたりの野菜は4,5センチにそろえられて切られているが、広州や賀州では茎の長さのまま出てくる。

 今の時期、菜の花の茎も美味いが、私個人の好みとしては、長いままが美味い。

 

 スープの味は杭州・上海あたりや山西省あたりは ウエイパー+α で簡単に味付けられたものが多い。

 それが雲南省になると、やたら薄く、味が無い。肉と魚肉ソーセージが同じ椀に入っており、ある意味 とても楽しい。

 広州や賀州あたりのスープは、陳皮や肉の骨や油、香辛料などで複雑な味付けが多く、至って美味い。ただしパツァイなども加え、結構な香りである。やはり、食は広州にあり!なのかも知れない。

 

 しかし四川省や北京なども料理がうまいと聞く。

 まだ行かぬ地の料理は比較しようがないのが残念。

 

   

 

 杭州や上海ではちまきが有名らしい。

 また、上海では豚や鳥、レンコンに肉の詰め物をした甘辛煮込みが有名らしかったが、機会を逃した。

 かなり甘い料理らしく、ここでは糖尿病を患った人も多いと、ガイドの説明。

 

   

 

 ちまきの横ではよもぎ餅も売られている。

 中にあんの入ったよもぎ餅・・・。

 写真には無いが、上海ではよもぎ餅に似た、茶の餅があった。

 私は間違ってこの茶の餅を購入。

 帰宅後広口食べたが、さすがの私も、苦さと油の多さに閉口。

 滅多に食べられないものの私としては、不覚の事態。

 

   

 

 写真は杭州で食べたファーストフード風の餃子三種。

 皮は厚く、中身は複雑な材料で美味い。

 ビールをいくらか頼み、小腹をふくらませた。

 

 今回の料理は、美味いものに当たらなかった。

 成り行きで、二人で食事の時間を持ちがたかったためだ。

 団体に出された料理は、各地ごとに紹興料理などといった名が付けられていたが、おおむね毎日安価な材料で数だけは多く、これといっては変化にかける。

 調理場やメニューなどを見に行ったが、好きな料理を頼む分には、きっと美味い料理にありつけたことに違い無い。

 こどもが杭州あたりを旅したとき、たいそう美味い食事を楽しめたと聞いていた。ただし一人旅だったので、数は少なめに頼んだとのこと。

 よって 杭州・上海では美味い料理にありつけると思いこんでいただけに、今も口惜しく残念でならない。

 記録するに値しない料理内容で、お恥ずかしい限りです。

 

 

 

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晋祠  中国・山西省・太原

2008-03-20 | 中国 2006~2019(7回)

 


 


   


 


   


 


   


 


   


 


   


 


   


 


 中国の山西省 太原にある晋祠(しんし)で、仁王を見た。


 三枚目は仁王の腹部分。


 腹部分の横顔は凛々しいが、真正面から見ると可愛らしい。


 


 腹部分の下写真は、晋祠の建築物。


 晋祠は周の武王の二男呉叔虞を祀っているとのこと。


 写真はその母を祀る聖母殿。


 柱部分には 宋代に造られた木彫りの八匹の龍がうごめく。


『呉叔虞の母は見得を切ったような仁王と龍に見守られて、安堵していることだろう・・・。』


と思いつつ 嫉妬を覚えた。


 


 たんじゅ~~ん!


 


 


 


 

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平遥古城 (中国・山西省)

2008-03-17 | 中国 2006~2019(7回)

 

 

   

 

 

   

 

 

   

 

 

   

 

 

    

 

 

 平遥古城(へいようこじょう)の歴史は2700年前まで遡る。

 現在の平遥古城は14世紀(中国の明清時代)の建築様式と風貌をそのまま残す。

 古城内町は石炭やランプなども使われ、情緒あり。

 ロバでひいた荷車には石炭が詰まれ、各店や民家を回って売り歩く姿を見た。

 のどかだ・・・。

 

 古城の形は巨大な亀だと、ガイドブックにある。

   南の城門は亀の頭

   門外両側にある井戸は亀の目

   北の城門は亀の尻尾

   古城の東西二つの城は亀の足

だとのこと。

 

 ここ平遥古城は中国人観光客も多い。

 古城内に住んでいる方も、観光の方も 皆 喜々とした表情で、私の心を和ませた。

 

 

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万里の長城  北京~山西省 (車窓から)

2008-03-15 | 中国 2006~2019(7回)

 

 北京に着いた二月下旬は、気温18度だった。

 寒いとふんで、コートを着ていた私たちは暑さに萎えた。

 

 北京から山西省に向かう途中、左は日本人、右が韓国人用のマンションの群れがクッキリと住み分けされている風で、印象深い。

 ガイドによると、意図的だという。

 

 北京から山西省・大同へ行く道、バスの窓から万里の長城がくっきりと見えた。

 やたら長く、宇宙から認められる道が納得できる。

 息子が、一人でぶらりと中国を訪れた際、万里の長城もよかったといっていたことを思い出す。

 但し、私、バスの中より眺めるばかりなり・・・一人旅の好きな息子には、いつも頭が上がらない・・・。

 

   

  

 

 万里の長城は 北京側は新しく作り直されたそうだが、山西省側は当時のまま残っている部分があると、ガイドの説明。

 

 古代中国では、外敵や異民族の侵入から国を防御するために万里の長城を作ったと、ガイドブックに説明がある。

 約3,000kmもある万里の長城、個々に作られたが、秦の始皇帝によって、統一整備してつなげられた。

 泥縄で調べた知識だが、わかったようなつもりになるから不思議だ。

 

   

 

 

 山西省では少数民族の衣装を着た人を見る機会には、あまり恵まれなかった。

 それでも二、三回は内蒙古自治区の人たち特有の衣装の方たちを見かけた。

 万里の長城を隔てて内蒙古自治区があることを考え、以前見た映画『MUSA』

http://blog.goo.ne.jp/usuaomidori/e/5afc87451d01629c1d10c5236d9d14c5

を思い浮かべて、物思いにふけっていた。

 バスの旅もなかなかいいものである。

 

 万里の長城は驚くばかりの長さだった。

 世界遺産に別れを告げた夕刻、山西省は肌寒い。

 日も暮れたころは寒く、一旦脱いだセーターや上着を再び着た。

 それでもとのがたは寒いらしく、ガイドに、暖房を入れるように願い出ておられた。

 この日、万里の長城の長さと温度差によって、中国は広いと再度感じた次第である。

 

 

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