永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(982)

2011年08月03日 | Weblog
2011. 8/3      982

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(43)

 薫のことを見ず知らずの人ならともかく、すこしは気心のしれた仲だけに、中の君はかえって恥ずかしく、腹立たしく、困って泣いていらっしゃるのを、薫は、

「こは何ぞ。あな若々し」
――これはまた何と子供っぽいことを――

 と言いながら、

「言ひ知らずらうたげに、心ぐるしきものから、用意深くはづかしげなるけはひなどの、見し程よりも、こよなくねびまさり給ひけるなどを見るに、心からよそ人にしなして、かく安からずものを思ふこと、と、くやしきにも、またげに音は泣かれけり」
――中の君の何とも言えぬ可憐で痛々しい一方で、思慮深く、こちらが気後れするほど立派な感じなどが、あの夜、宇治でお目にかかった時よりも、ずっと美しくなられたことなどをご覧になるにつけ、自分の心からわざわざ他人にしてしまって、そしてこんなに切ない思いにさいなまれようとはと、今更ながら悔まれて、まったく声を立てて泣きたい程です――

「近くさぶらふ女房二人ばかりあれど、すずろなる男の入り来たるならばこそは、こはいかなることぞ、とも参り寄らめ、うとからず聞こえ交はし給ふ御中らひなめれば、さるやうこそはあらめ、と思ふに、かたはらいたければ、知らず顔にてやをら退きぬるぞ、いとほしきや」
――近くに控えている女房も二人ほどいましたが、いい加減な男が入り込んだのならば、何事ですかと言ってお側に駆けよりもしましょうが、いつも親しく話合っていらっしゃる御間柄のこととて、何か訳がおありであろうとお察しして、お側には居づらいので、素知らぬふりをしてお部屋を出ていってしまったのは、中の君にとってはお気の毒なことでした――

「男君は、いにしへを悔ゆる心のしのび難さなども、いどしづめ難からぬべかめれど、昔だにあり難かりし御心の用意なれば、なほいと思ひのままにももてなしきこえ給はざりけり。かやうの筋は、こまかにもえなむまねびつづけざりける。かひなきものから、人目のあいなきを思へば、よろづに思ひ返して出で給ひぬ」
――男君(薫)は、昔を後悔する思いに堪えかねて、まことに忍び難いところではありますが、あの宇治の一夜の添い臥しの折でさえ、世にも稀なる慎み深いお方でありましたから、やはりこの度も、思いのままにお振舞いになることもなかったのでした。こういう事はあまり細かに書き記すことはできませんね。薫としては甲斐のない成り行きながら、いつまでも居ては人目も憚られますので、あれこれと思い直してお帰りになったのでした――

では8/5に。