2013. 8/5 1281
五十四帖 【夢浮橋(ゆめのうきはし)の巻】 その15
「さすがにうち泣きてひれ臥し給へれば、いと世づかぬ恩ありさまかな、と見わづらひぬ。『いかが聞こえむ』など責められて、『心地のかきみだるやうにしはべる程、ためらひて、いま聞こえむ。昔のこと思ひ出づれど、さらに覚ゆることなく、あやしう、いかなりける夢にか、とのみ、心も得ずなむ。すこししづまりてや、この御文なども、見知らるることもあらむ。今日は、なほ持て参り給ひね。所違へにもあらむに、いとかたはらいたかるべし』とて、ひろげながら、尼君にさしやり給へれば…」
――浮舟は、それでもさすがに涙があふれてきて、そのまま泣き伏してしまわれましたので、何とも世慣れぬご様子だと、尼君は途方にくれています。「ご返事はなんと申し上げましょう」などと、尼君にせきたてられて、浮舟は、「気分がひどく悪いのですが、しばらく休みましてから、お返事いたしましょう。昔のことを思い出そうとしましても、一向に覚えておりません。『浅ましかった当時の夢物語』と仰せられますのも、不思議にどのようなことなのか、まったく思い当たりません。少し落ち着きましたなら、この御文の心などもわけが分かって参りましょうが、今日はやはりお持ち帰り下さいまし。人違いででもあっては、たいそうきまり悪いでしょうから」と、お手紙を広げたままで、尼君の方へ押しやりますと…――
「『いと見苦しき御ことかな。あまりけしからぬは、見たてまつる人も、罪さりどころなかるべし』など言ひ騒ぐも、いとうたて聞きにくく覚ゆれば、顔も引き入れて臥し給へり」
――(尼君が)「まあ、なんとひどいなさり方でしょう。あまり失礼なことをなさいましては、お世話申し上げる私どもの落度になりましょう」などと騒ぎますのも、つらく聞きにくいので、顔を埋めてうち伏していらっしゃる――
では8/7に。次回で五十四帖「夢浮橋」を終わり、「源氏物語を読んできて」の全編を終了します。
五十四帖 【夢浮橋(ゆめのうきはし)の巻】 その15
「さすがにうち泣きてひれ臥し給へれば、いと世づかぬ恩ありさまかな、と見わづらひぬ。『いかが聞こえむ』など責められて、『心地のかきみだるやうにしはべる程、ためらひて、いま聞こえむ。昔のこと思ひ出づれど、さらに覚ゆることなく、あやしう、いかなりける夢にか、とのみ、心も得ずなむ。すこししづまりてや、この御文なども、見知らるることもあらむ。今日は、なほ持て参り給ひね。所違へにもあらむに、いとかたはらいたかるべし』とて、ひろげながら、尼君にさしやり給へれば…」
――浮舟は、それでもさすがに涙があふれてきて、そのまま泣き伏してしまわれましたので、何とも世慣れぬご様子だと、尼君は途方にくれています。「ご返事はなんと申し上げましょう」などと、尼君にせきたてられて、浮舟は、「気分がひどく悪いのですが、しばらく休みましてから、お返事いたしましょう。昔のことを思い出そうとしましても、一向に覚えておりません。『浅ましかった当時の夢物語』と仰せられますのも、不思議にどのようなことなのか、まったく思い当たりません。少し落ち着きましたなら、この御文の心などもわけが分かって参りましょうが、今日はやはりお持ち帰り下さいまし。人違いででもあっては、たいそうきまり悪いでしょうから」と、お手紙を広げたままで、尼君の方へ押しやりますと…――
「『いと見苦しき御ことかな。あまりけしからぬは、見たてまつる人も、罪さりどころなかるべし』など言ひ騒ぐも、いとうたて聞きにくく覚ゆれば、顔も引き入れて臥し給へり」
――(尼君が)「まあ、なんとひどいなさり方でしょう。あまり失礼なことをなさいましては、お世話申し上げる私どもの落度になりましょう」などと騒ぎますのも、つらく聞きにくいので、顔を埋めてうち伏していらっしゃる――
では8/7に。次回で五十四帖「夢浮橋」を終わり、「源氏物語を読んできて」の全編を終了します。