永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んで来て  (31)

2018年02月10日 | 枕草子を読んできて
二十   清涼殿の丑寅の隅の  その1 (31)  2018.2.10

 清涼殿の丑寅の隅の、北のへだてなる御障子には、荒海のかた、生きたるものどものおそろしげなる、手長足長をぞかかれたる。うへの御局の戸押しあけたれば、常に目に見ゆるを、にくみなどして笑ふほどに、高欄のもとに、青きかめの大きなるすゑて、桜の、いみじくおもしろきが五尺ばかりなるを、いとおほくさしたれば、高欄のもとまでこぼれ咲きたるに、昼つかた、大納言殿、桜の直衣にすこしなよらかなるに、濃き紫の指貫、白き御衣ども。うへに濃き綾の、いとあざやかなるを出でして、まゐりたまへり。
◆◆清涼殿の東北の隅の、北の隔てである御障子には、荒海の絵や、生きている物たちの恐ろしい様子をしているもの、すなわち手長足長が描かれている。弘徽殿の上の御局の戸を押しあけてあるので、それがいつも目に入るのを、いやがったりして笑っている間に、高欄の所に、青磁の瓶の大きいのを据えて、とても晴れやかにうつくしい枝の五尺くらいのを、とてもたくさん挿してあるので、高欄のあたりまで咲きこぼれている折から、昼ごろ、大納言殿(中宮定子の兄伊周。当時二十一歳)が、桜の直衣の少ししなやかになっているのに、濃い紫の指貫をはき、幾枚かの白い御下着を着て、上には濃い紅の綾織物の、とても鮮やかなのを出だし衣にして、参内していらっしゃる。◆◆



うへのこなたにおはしませば、戸口の前なるほそき板敷にゐたまひて、物など奏したまふ。御簾の内には、女房桜の唐衣どもくつろかにぬぎ垂れつつ、藤、山吹など、いろいろにこのもしくて、あまた小半蔀の御簾より押し出でたるほど、昼の御座の方に、おものまゐる足音高し。けはひなど、「おしおし」と言ふ」声聞ゆ。うらうらとのどかなる日のけしき、いとをかしきに、果ての御盤持たる蔵人まゐりて、おもの奏すれば、中戸よりわたらせたまふ。
◆◆上(一条天皇、当時十五歳)が、こちらにおいであそばしますので、上の御局の戸口の前にある細い板敷にお座りになって、お話など申し上げなさる。上の御局のの御簾の内には、女房たちが、桜の唐衣を一同ゆったりとすべらして着て、藤襲(ふじかさね)や、山吹襲など、さまざまな色合いも感じよくて、たくさん小半蔀の御簾から袖口を押し出しているころ、昼の御座では、主上の御膳をお運び申し上げる蔵人たちの足音が高い。その気配など、「おしおし」という声が聞こえる。うらうらとのどかな春の日の様子が、とてもおもしろい折から、最後の御高坏盤を運んでいる蔵人がこちらに参上して、お食事の用意の整ったことを奏上するので、中の戸から主上は昼の御座にお出ましあそばされる。◆◆


 御供に大納言まゐらせたまひて、ありつる花のもとにかはりゐたまへり。宮の御前の御几帳押しやりて、長押のもとに出でさせたまへるなど、ただ何事ともなく、よろづにめでたきを、候ふ人も、思ふことなき心地するに、「月日もかはりゆけども久に経るみむろの山の」と、「宮高く」といふ事をゆるやかにうちよみ出だしてゐたまへる、いとをかしとおぼゆる。げにぞ千年もあらまほしげなる御ありさまなるや。
◆◆主上のお供に大納言殿が参上あそばされて、さきほどの桜の花のもとに、今までとは座を変えて座っていらっしゃる。中宮様(このとき十八歳)が御前の御几帳を押しやって、下長押のもとにお出ましあそばされていらっしゃるご様子など、ただもう何がどうということもなく、万事につけてすばらしいのを、伺候する人もおもうことのない満ち足りた心地がするのに、大納言殿が、「月日もかはりゆけども久に経るみむろの山の」と、「宮が高くそびえるように、中宮様がすえながく、お栄えあそばすように」ということを、ゆったりと口に出して誦んじながら座っていらっしゃるのが、とても素晴らしいとかんじられる。なるほど本当に千年もこのままであってほしいようにお見上げする中宮様のご様子であるよ。◆◆

■丑寅(うしとら)=東北

■高欄=建物の外回りをめぐる欄干

■小半蔀(こはじとみ)=小型の半蔀。半蔀は下半を格子または板にし、上半を蔀として外側に上げるように作った戸。

■昼の御座(ひるのおまし)=清涼殿の母屋にある天皇の昼間の御座所。

■「おしおし」=「ををしし」の表記で、しかも「をーしー」と読むべきかともいう。