永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(71)

2018年07月24日 | 枕草子を読んできて
五八  殿上の名対面こそ  (71)  2018.7.24

 殿上の名対面こそなほをかしけれ。御前に人候ふをりは、やがて問ふもをかし。足音どもしてくづれ出づるを、うへの御局の東面に耳をとなへて聞くに、知る人の名告りには、ふと胸つぶるらむかし。また、ありとも聞かぬ人をも、このをりに聞きつけたらむはいかがおぼゆらむ。名告りよしあし、聞きにくく定むるるもをかし。
◆◆殿上の名対面こそは、やはりおもしろいものだ。主上の御前に人が(点呼の番の蔵人)伺候しているときに、殿上の間に立ち戻らず御前に侍するままで点呼をとるのもおもしろい。殿上人たちの足音がして、どやどやと出て来るのを、弘徽殿の上の御局の東面のところで、耳をすまして私たち女房が聞いているのに、その中のだれか自分が知っている人の名告りには、さだめしはっと胸がつぶれていることであろう。また、それっきりで生きているとも聞いていない人の名告りをも、この折に聞きつけたような時にはどんな感じがするだろう。名告りようの良い悪いを聞き苦しく批評しているのもおもしろい。◆◆

■殿上の名対面(てんじょうのなだいめん)=清涼殿殿上の間で行われる宿直人の点呼。毎夜亥二刻(午後9時半ごろ)に行われるという。
■となへて聞く=そろえて聞く。整えるの意。



 果てぬなりと聞くほどに、滝口の弓鳴らし、沓の音そそめき出づるに、蔵人のいと高く踏みこほめかして、丑寅の隅の高欄に高膝つきとかやいふゐずまひに、御前の方に向かひて、うしろざまに「たれたれか侍る」と問ふほどこそをかしけれ。
◆◆(名対面が)終わってしまったと聞いているうちに、次の滝口の武士が弓を鳴らし、沓の音がざわざわして出て来ると、蔵人がたいへん足音高く板橋を踏み鳴らして、東北の隅の高欄の所に、高膝つきとかいう座り方で、主上の御前の方に顔を向けて、滝口の侍には後ろ向きに、「だれだれは、控えているか」とたずねる様子こそはおもしろい。◆◆

■滝口(たきぐち)の弓鳴らし=滝口の武士の名対面。弓弦を手で鳴らし妖気を払う。
■こほめかして=ごとごと音を立てる意。わざわざ音を立てるのが故実らしい。
■丑寅(うしとら)=清涼殿の東北。



 ほそう高う名告り、また、人々候はねばにや、名対面つかまつらぬよし奏するを、「いかに」と問へば、さはる事ども申すに、さ聞きて帰るを、方弘は、聞かずとて、君達の教へければ、いみじう腹立ちしかりて、かんがへて、滝口にさへ笑はる。
 御厨子所のおもだなといふ物に、沓置きて、はらへののしるを、いとほしがりて、「誰が沓にかあらむ。え知らず」と、主殿司、人々言ひけるを、「やや、方弘がきたなき物ぞや」。とりにきても、いとさわがし。
◆◆細くまたは高く滝口は名告り、また、何人かが伺候していないからなのか、今夜は名対面を申し上げない旨を奏上するのに、、蔵人が「どうしてか」と事情を尋ねるので、滝口が差し障りの理由などを申し上げるとき、それを聞いて帰るのが例なのであるが、ある時、蔵人の方弘(まさひろ)は、事情を聞かずに帰ったといって、君達がそのことを注意したところ、方弘はひどく腹を立てて、滝口を叱って、とがめて、滝口の武士たちにさへ笑われた。
 また、後涼殿の御厨子所の「おも棚」というところに、方弘は沓を置いて、それを人々がけがれを祓って大騒ぎをしているのを、気の毒がって、「だれの沓でしょうか。知りようのありません」と、主殿司の女官や、他の人々が庇って言ったのを、「やあやあ、それは方弘の汚いものですよ」という。沓を取りに来ても、大笑いをしてたいへん騒がしいことだ。◆◆

■方弘(まさひろ)=源方弘。文章生出身の蔵人。六位蔵人在任は、長徳2年(996)正月から同5年正月まで。のち阿波守にいたる。粗忽者だった。
■御厨子所(みずしどころ)=後涼殿の西廂にあり、主上の食事を調理する所。
■おもだな=おものだな(御膳棚)か。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。