永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(987)

2011年08月13日 | Weblog
2011. 8/13      987

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(48)

「かの人の御移り香の、いと深くしみ給へるが、世の常の香の香に入れ、薫きしめたるにも似ず、しるきにほひなるを、その道の人にしおはすれば、あやし、ととがめ出で給ひて、いかなりし事ぞ、とけしきとり給ふに、ことのほかにもて離れぬ事にしあれば、言はむ方なくわりなくて、いと苦しとおぼしたるを」
――薫の御移り香が、中の君の御衣にたいそう深く沁みついていますのが、普通一般の香とは違い、はっきりと薫のものと分かる匂いです。匂宮は香の道に精通していらっしゃる御方だけに、怪しい、とお咎めになって、「いったいこれはどうしたことか」とお訊ねになります。もとより身に覚えのないこともないではない中の君は、言い訳のしようもなくて、困っていらっしゃる――

「さればよ、必ずさる事はありなむ、よもただには思はじと、思ひ渡る事ぞかし、と、御心騒ぎけり。さるは、単衣の御衣なども、脱ぎかへ給ひてけれど、あやしく心よりほかにぞ、身にしみける」
――(匂宮はお心の中で)やはり、そうだったのか。必ずこのようなことがあるだろう、まさか薫が中の君に無関心な筈はないと、前から思っていたことだ、と穏やかならず胸騒ぎがなさるのでした。もっとも(中の君は)単衣の御衣などもすっかりお脱ぎ替えになりましたのに、どうしたものか、あやしくも薫の香りが、心外なことに、身に染みついてしまっていたのでした――

「『かばかりにては、残りありてしもあらじ』と、よろづに聞きにくくのたまひ続くるに、心憂くて、身ぞ置き所なき」
――(匂宮が)「これ程匂いが染みついたからは、すっかり何もかも許してしまったのでしょう」などと、あれこれ聞きにくいまでにお責めになられますので、中の君はどうにも辛くて、身の置きどころもありません――

「『思ひきこゆるさまことなるものを、われこそさきになど、かやうにうちそむく際はことにこそあれ。また御心おき給ふばかりの程やは経ぬる。おもひのほかに憂かりける御心かな』と、すべて、まねぶべくもあらず、いとほしげにきこえ給へど」
――(匂宮は)「あなたを格別に思っていましたのに、どうせ棄てられるのなら、こちらから先になどと、そんな風に夫に背くのは、身分の賤しい者のすることですよ。それにまた、そんなに水臭いお気持を起されるほど長く、あなたをうち棄てておいだでしょうか。随分情ないお心だ」と、おおよそここに記すのも憚られるくらい、傍目にもお気の毒なほどのことをおっしゃいますが…――

◆われこそさきに=古今集「人よりは我こそ先に忘れなめつれなきをしも何か頼まむ」

では8/15に。


源氏物語を読んできて(986)

2011年08月11日 | Weblog
2011. 8/11      986

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(47)

「いとどあはれにうれしく思されて、日頃のおこたりなど、かぎりなくのたまふ。御腹もすこしふくらかになりにたるに、かのはぢ給ふしるしの帯の引き結はれたる程など、いとあはれに、まだかかる人を、近くても見給はざりければ、めづらしくさへ思したり」
――(匂宮は)いよいよ可愛らしく嬉しくお思いになって、この程のご無沙汰などのお詫びをしきりに仰せになります。中の君の御腹もすこしふっくらとして、あの恥ずかしがられる懐妊のしるしの帯が結ばれているご様子なども、たいそう気懸りで、まだこういう身重の方をご覧になったことがありませんので、とてもめずらしくお思いになるのでした――

「うちとけぬところにならひ給ひて、よろづのこと心やすく、なつかしく思さるるままに、おろかならぬ事どもをつきせず契りのたまふを、聞くにつけても、かくのみ言よきわざにやあらむ、と、あながちなりつる人の御けしきも思ひ出でられて、年頃あはれなる心ばへとは思ひわたりつれど」
――(匂宮は)しばらく窮屈な夕霧邸に住み馴れておいでの後とて、こちらは万事が気楽で、なつかしい心地がなさって、並々の愛情などではないことをしきりにおっしゃいます。(中の君は)そのお言葉をお聞きになるにつけても、男というものはどうしてこうもお口が上手なのであろうかと、昨夜のしつこく無礼なお方のことなども思い出されて、全く長い年月、ご親切で思いやりのあるお方とばかり思いつづけていたものを――

 されに、

「かかる方ざまにては、あれをもあるまじき事と思ふにぞ、この御行く先の頼めは、いでや、と思ひながらも、すこし耳とまりける」
――こういう方面(恋)の浅ましい筋のことは、今更とんでもないことと思えばこそ、匂宮の将来への御約束など当てにはならないと思いながらも、すこしは心惹かれるのでした――

 中の君はお心の中で、

「さても、あさましくたゆめたゆめて、入り来りし程よ、昔の人にうとくて過ぎにしことなど語り給ひし心ばへは、げにありがたかりけりと、なほうちとくべく、はたあらざりけりかし、など、いよいよ心づかひせらるるにも」
――それにしても、すっかり人に油断をさせておいて、御簾の中に入って来られた時はなんとまあ。姉君とは結局は清いままに過ぎてしまったことなどをお話になったので、まったく殊勝なお心がけと思っていましたが、やはりそんなことでは、気を許してはいけなかったのだと、ますます用心なさるにつけても――

 匂宮がお出でにならないときは、何か恐ろしいことが起こりそうに思われますので、言葉には出さないまでも、匂宮のお心を惹きつける風に、少し甘えておられるのを、匂宮はますます愛しくお思いになります。
が、しかし、あの薫の移り香が中の君の御衣に染みついていて……

では8/13に。


源氏物語を読んできて(985)

2011年08月09日 | Weblog
2011. 8/9      985

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(46)

 薫には、宇治におられた頃より、今の中の君がずっとご立派で優れて見えたのでした。そしてお心のうちで、

「何かは、この宮離れはて給ひなば、われをたのもし人にし給ふべきにこそはあめれ、さても、あらはれて心安きさまにえあらじを、しのびつつまた思ひます人なき、心のとまりにてこそはあらめ」
――何のことはない。匂宮がすっかり離れてしまわれたなら、中の君は自分を頼る相手になさる筈のことだ。それにしても、天下晴れて夫婦になるというわけにもゆくまいが、人目を忍びながら通う女とてない身では、この方こそ心の安らぐ、ついの泊りにちがいない――
 
 など、

「ただこの事のみ、つとおぼゆるぞ、けしからぬ心なるや。さばかり心深げにさかしがり給へど、男といふものの心憂かりけることよ、なき人の御かなしさは、言ふかひなきことにて、いとかくくるしきまではなかりけり。これは、よろづにぞ思ひめぐらされ給ひける」
――ただただ中の君にお逢いすることばかりが心から離れないのは、なんと怪しからぬ心ですこと。あれほど薫は思慮深そうで賢人ぶっておられるけれど、男というものは何と厭なものだろう。亡き大君への悲しさは、今更言っても仕方がないことで、これ程苦しくははかった。中の君のことでは、ありとあらゆる点に物思いをなさらずにはいられないのだから――

「『今日は宮渡らせ給ひぬ』など人の言ふを聞くにも、後見の心はうせて、胸うちつぶれて、いとうらやましく覚ゆ」
――「今日は、匂宮が二条の中の君のところに渡られました」などと人が言うのを聞くだけで、薫は後見人の立場も忘れ、はたと胸がつぶれ、羨ましく妬ましくばかり思われます――

「宮は、日頃になりにけるは、わが心さへうらめしく思されて、にはかに渡り給へるなりけり」
――匂宮は、中の君への無沙汰が幾日にもなっているのを、やはりご自分でもお気の毒の思われて、思い立ってこちらへお出でになりました――

「何かは、心へだてたるさまにも見えたてまつらじ、山里にと思ひ立つにも、たのもし人に思ふ人も、うとましき心添ひ給へりけり、と見給ふに、世の中いとところせく思ひなられて、なほいと憂き身なりけり、と、ただ消えせぬ程は、あるに任せて、おいらかならむ、と思ひ果てて、いとらうたげに、うつくしきさまにもてなし居給へれば」
――(中の君は)決して匂宮の情(つれ)なさに対して隔てをおいているような態度は見せまい。宇治に帰ろうと思い立ってはみたものの、頼りと思う薫も、厭な気持を抱いていらっしゃったのだと分かってからは、いよいよ身の置きどころのない心地がして、やはり自分は不幸な生まれつきなのだ。でもこの世に命のある限りは、宿命のままに穏やかにしていようとお心に決めて、まことに愛らしく素直なご様子に振る舞っていらっしゃる――

では8/11に。

源氏物語を読んできて(833)

2011年08月07日 | Weblog
2011. 8/7      984

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(45)

 早朝のまだ薄暗いころに、薫から中の君に御文が届けられました。いつものように表面は気真面目な立て文の形で、
(歌)「いたづらにわけつるみちの露しげみむかしおぼゆる秋の空かな」
――何の甲斐もなく踏み分けた道の露ばかり多く、いたずらに昔過ごした秋の一夜が思い出されます。(折角お側にゆきながら、邪魔が多くてその甲斐がなく……の意)

続けて、

「御けしきの心憂さは、ことわり知らぬつらさのみなむ。きこえさせむ方なく」
――あなたのご態度の冷淡さには、ただもう訳がわかちません。何と申し上げてよいか――
 と、ありました。
中の君は、お返事を差し上げないのも、女房たちが怪しむであろうと、それがたいへん気懸りですので、

「承りぬ。いとなやましくて、え聞こえさせず」
――お文は拝見しました。たいそう気分がすぐれませんので、失礼させていただきます――
 とだけ書かれたのでした。薫はそのお返事をご覧になって、

「あまり言少ななるかな、とさうざうしくて、をかしかりつる御けはひのみ恋しく思ひ出でらる」
――何と短いお返事ではないか、と、物足りなくて、あのあでやかだった中の君のご様子ばかりが恋しく思い出されるのでした――

「すこし世の中をも知り給へるけにや、さばかりあさましくわりなしとは思ひ給へりつるものから、ひたぶるにいぶせくなどはあらで、いとらうらうじくはづかしげなるけしきも添ひて、さすがになつかしく言ひこしらへなどして、出だし給へる程の心ばへなどを思ひ出づるも、ねたく悲しく、さまざまに心にかかりて、わびしく覚ゆ」
――(中の君は)少しは男女間のこともお分かりになったせいか、あれほど薫の行動を呆れてひどいとはお思いになっていたものの、一途に疎ましい素振りもお見せにならず、たいそう落ち着いてやさしく言葉をつくろいなどして、自分を帰されたご様子などを思い出すにつけても、忌々しくも悲しくて、あれこれと忘れることができず、苦しくてならない――

では8/9に。


源氏物語を読んできて(983)

2011年08月05日 | Weblog
2011. 8/5      983

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(44)

「まだ宵と思ひつれど、暁近うなりにけるを、見とがむる人もやあらむ、と、わづらはしきも、女の御為のいとほしきぞかし」
――まだ宵の口と思っていましたが、いつの間にか暁ちかくになっていましたので、人に見咎められはすまいかと厄介な気がしますのも、中の君にご迷惑がかかってはとのお心遣い、なんともおいたわしい――

「なやましげに聞きわたる御心地はことわりなりけり、いとはづかしと思したりつる腰のしるしに、多くは心ぐるしく覚えてやみぬるかな、例のをこがましやの心や、と思へど」
――中の君が苦しそうにしておられると前から聞いていましたが、なるほど無理もないことであった。たいそう恥ずかしそうにしていらっしゃった御懐妊のしるしの帯を見て、自分ではすっかりお気の毒になって遠慮してしまったことよ。いつもの優柔不断な心癖よとは思うものの――

 と、つくづくお心のうちで、

「なさけなからむことは、なほいと本意なかるべし、また、たちまちのわが心の乱れに任せて、あながちなる心をつかひて後、心やすくしもはあらざらむものから、わりなく忍びありかむ程も、心づくしに、女の方々おぼしみだらむことよ」
――情熱のおもむくままに乱れた心で無体な振る舞いに及んでは、今後とも気安くお逢いすることも叶うまい。さりとて、無暗に忍び歩きをしたりするのも気苦労が多くて、女君(中の君も)もさぞかし何かと気遣われることであろう――

 などと、分別はなさるものの、この瞬間も切なさがこみ上げてきて、これからも到底逢わずにはいられないであろうと思われるのは、なかなか困ったお心ではあります。

 さらに薫の思いは、

「昔よりはすこし細やぎて、あてにらうたげなりつるけはひなどは、立ち離れたりとも覚えず、身に添ひたる心地して、さらに他事も覚えずなりにたり」
――(中の君は)昔にくらべていくらかほっそりとして、上品に愛らしくいらっしゃったご様子が、離れて居るようでなはなく、まるで目の前におられて、自分の身に寄り添っていらっしゃる心地がして、その他の事は何一つ考えられない程になってしまったのでした――

「宇治にいと渡らまほしげに思いためるを、さもや渡しきこえてまし、など思へど、まさに宮はゆるし給ひてむや、さりとて、忍びてはたいと便なからむ、いかさまにしてかは、人目見ぐるしからで、思ふ心のゆくべき、と、心もあくがれてながめ臥し給へり」
――中の君があれほど宇治に行きたいと思っていらっしゃるなら、望み通りお連れしてしまおう、などと思うものの、まさか匂宮がお許しになることがあろうか、そうかといって内緒では大変具合悪い事になろう、どのようにしたならば体裁悪くなく、思い通りにできるだろうか、と、魂も抜けてぼんやりと寝ころんでおいでになるのでした――

◆腰のしるし=妊娠中の腹帯

◆をこがましやの心や=なんと馬鹿げた心よ

◆忍びてはたいと便なからむ=忍びて・はた・いと・便なからむ=内緒では、また、ひどく不都合であろう

では8/7に。

源氏物語を読んできて(982)

2011年08月03日 | Weblog
2011. 8/3      982

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(43)

 薫のことを見ず知らずの人ならともかく、すこしは気心のしれた仲だけに、中の君はかえって恥ずかしく、腹立たしく、困って泣いていらっしゃるのを、薫は、

「こは何ぞ。あな若々し」
――これはまた何と子供っぽいことを――

 と言いながら、

「言ひ知らずらうたげに、心ぐるしきものから、用意深くはづかしげなるけはひなどの、見し程よりも、こよなくねびまさり給ひけるなどを見るに、心からよそ人にしなして、かく安からずものを思ふこと、と、くやしきにも、またげに音は泣かれけり」
――中の君の何とも言えぬ可憐で痛々しい一方で、思慮深く、こちらが気後れするほど立派な感じなどが、あの夜、宇治でお目にかかった時よりも、ずっと美しくなられたことなどをご覧になるにつけ、自分の心からわざわざ他人にしてしまって、そしてこんなに切ない思いにさいなまれようとはと、今更ながら悔まれて、まったく声を立てて泣きたい程です――

「近くさぶらふ女房二人ばかりあれど、すずろなる男の入り来たるならばこそは、こはいかなることぞ、とも参り寄らめ、うとからず聞こえ交はし給ふ御中らひなめれば、さるやうこそはあらめ、と思ふに、かたはらいたければ、知らず顔にてやをら退きぬるぞ、いとほしきや」
――近くに控えている女房も二人ほどいましたが、いい加減な男が入り込んだのならば、何事ですかと言ってお側に駆けよりもしましょうが、いつも親しく話合っていらっしゃる御間柄のこととて、何か訳がおありであろうとお察しして、お側には居づらいので、素知らぬふりをしてお部屋を出ていってしまったのは、中の君にとってはお気の毒なことでした――

「男君は、いにしへを悔ゆる心のしのび難さなども、いどしづめ難からぬべかめれど、昔だにあり難かりし御心の用意なれば、なほいと思ひのままにももてなしきこえ給はざりけり。かやうの筋は、こまかにもえなむまねびつづけざりける。かひなきものから、人目のあいなきを思へば、よろづに思ひ返して出で給ひぬ」
――男君(薫)は、昔を後悔する思いに堪えかねて、まことに忍び難いところではありますが、あの宇治の一夜の添い臥しの折でさえ、世にも稀なる慎み深いお方でありましたから、やはりこの度も、思いのままにお振舞いになることもなかったのでした。こういう事はあまり細かに書き記すことはできませんね。薫としては甲斐のない成り行きながら、いつまでも居ては人目も憚られますので、あれこれと思い直してお帰りになったのでした――

では8/5に。


源氏物語を読んできて(981)

2011年08月01日 | Weblog
2011. 8/1      981

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(42)

「女、さりや、あな心憂、と思ふに、何事かは言はれむ、物も言はで、いとと引き入り給へは、それに附きていと馴れ顔に、半らは内に入りて添ひ臥し給へり」
――中の君は、やはりそういうおつもりだったのか、何て厭な、とお思いになりますが、あまりにも情けなく何の言葉が出ましょう、物もおっしゃらず奥へお入りになりますと、それにつれて、薫は馴れ馴れしげに半身は内に入って、女君の傍に添い臥してしまわれました――

 薫が、

「あらずや。忍びてはよかるべく思すこともありけるがうれしきは、ひがみみか、ときこえさせむとぞ。うとうとしく思すべきにもあらぬを、心憂の御けしきや」
――そういうおつもりではなかったのでしょうか。人目を忍んでならばよいように仰せられましたので、嬉しゅうございましたが、それとも聞き違いだったのかどうかをお伺いしたくて、入って参ったのです。わたしを他人行儀によそよそしくお扱いになれる筈もございませんでしょう。随分なお仕打ちですね――

 とお恨みになりますが、中の君はお返事をなさる気にもなれず、あまりのことに疎ましくなってこられるのを、やっとこらえて、

「思ひの外なりける御心の程かな。人の思ふらむ事よ。あさまし」
――思いもよらぬお心でいらっしゃいますね。女房たちが何と思いますやら。困ったことを――

 とたしなめて、泣きそうにしていらっしゃる。薫はそれはたしかに尤もだとは思いもし、お気の毒とも思いながらも、

「これはとがあるばかりのことかは。かばかりの対面は、いにしへをも思し出でよかし。過ぎにし人の御ゆるしもありしものを、いとこよなく思しけるこそ、なかなかうたてあれ。すきずきしくめざましき心はあらじ、と、心やすくおぼせ」
――これほどのことで、何をお咎めになるのです。これくらいの対面ならば、あの昔の宇治の一夜を思い出してください。亡き御方(大君)のお許しもありましたのに。あなたが私と逢う事をとんでもないことに思っておられたとは、かえって恨めしゅうございます。私は色めかしく不埒な振る舞いなど決してしませんので、ご安心ください――

 と、くどくどとおっしゃる。

「いとのどやかはもてなし給へれど、月頃くやしと思ひわたる心のうちの、苦しきまでなりゆくさまを、つくづくと言ひつづけ給ひて、ゆるすべきけしきにもあらぬに、せむかたなく、いみじとも世の常なり」
――(薫は)強いて落ち着いた態度を崩さずにはいらっしゃるけれども、この幾月も、この中の君を他人のものにしてしまった悔しい胸の思いの、今はもう我慢できない気持ちのいきさつを、途切れることなく言い続けられ、いっこうにお袖を放す気配もないので、中の君はどうしようもない困ったことだと思われても、このような成り行きは男女の当たり前の表現でしかありませんよ――

では8/3に。