トロント鉄道博物館の続きです。
前回記事でも紹介したトロント・ハミルトン&バッファロー鉄道のカブース70号です。デッキに登ってみてくださいと言わんばかりの足場があるので、すすっとデッキへ。
車内には入れなかったですが、窓から車内を覗くことはできました。カブースに詳しいわけじゃないですが、原型度が高いような気がします。
ご覧のように、ベッド、机と椅子、ストーブ、簡易調理台、あとは便所もあります。日本の車掌車と比べても居住性が高いのが分かります。特にベッドがあるのはいいですね~。職場にベッドがあるのは誘惑に耐えるのが大変そうだ。
トロント鉄道博物館は、車両だけでなく地上設備も多く移築保存されているのが特徴です。
この掘っ立て小屋は、踏切小屋 (Watchman's shanty) です。有人で遮断機を制御する踏切(日本で言うところの第2種踏切)で列車や歩行者の往来を監視するために建てられた監視小屋なのです。特に列車の往来を監視するには、地面から線路を見ていては遮断器を下げるのが遅くなってしまうので、現役時は高さ5mの鉄塔の上に建てられていたのです。
キャビンDという建物。DということはAからCまであって、さらにEまで存在したそうな。
トロント市内の複雑化した線路、駅、車両基地の連動装置のあった建物です。連動装置 (Interlocking) というのは、駅、信号場、操車場などにおいて分岐器や信号機に連鎖関係を持たせて、ヒューマンエラーを防止する装置のことです。まだコンピューターによる集中制御装置がこの世に出てくるより前の話です。
これがキャビンDの本体。ご丁寧に名前を書いてくれています。この建物の形と言い、つまりは信号所の小屋というわけですよ。線路を監視しやすいように事務所は2階にあるのです。
ところで、鉄道の管制制御は現代ではだいぶ自動化・集中化されましたが、民間航空においてはまだ航空管制官に頼る部分が多いですよね。鉄道よりも複雑で高度化されているんでしょうかね。民間航空もいずれは自動化される時代が来るのかも。
キャビンDの1階に入ることができました。
めかめかしいものが据え付けられていました。これが連動装置の制御機の中身といったところでしょうか。
古い設備が残っている駅を訪ねると、分岐器を制御するレバーがたくさん生えている物を見たことがあるかも知れませんが、その下へ伸びているのがこれなのです。
連動装置、横文字だとインターロックとも呼ばれる機構です。正直素人にはわからないですし、移築保存にあたって部品も抜かれてたりかけていたりするかも知れないです。
これはややアナログ操作的な集中制御盤でしょうかの。
2階に上がって、連動装置の操作レバーを見つけました。
1976年3月のユニオン駅の配線図です。右上にあるのがユニオン駅で、これは現在と同じ位置に存在します。
駅の下側に2箇所の車両基地があるのが分かります。左側がCN、右側がCPの車両基地でして、なので2箇所も必要なのです。そして、CN車両基地にある転車台と扇形車庫こそが、今いるトロント鉄道博物館なのです。
現在は転車台と扇形車庫だけしか残っていませんが、そこの周りには2社分の広大な車両基地の敷地がかつて存在したのです。その敷地は全て再開発に回されたのです。トロントの一等地にある土地を車両基地に使っておくのはもったいないというものでしょう。都心の車両基地を郊外へ移転して跡地を再開発するというのは、日本でも何度も見られた流れです。
1954年のトロント近郊の路線図です。ユニオン駅を中心に概ね放射状に線路が伸びています。というか、ユニオン駅は巨大駅でありながら頭端式ではなくてスルー式のプラットホームを採用しているのが珍しいような気がしました。
ドン駅(後述)のホーム線路に置かれている客車、カナディアンパシフィック (CP) のJ形寝台車の1台、ジャックマン号 (Jackman) です。
1931年、カナディアン・カー&ファウンドリー社で製造され、CPの自社アンガス工場で艤装した全鋼製寝台車です。寝台は14区画定員28名あります。J形は4台製造され、ジャックマン、ジェフレー、ジェリコー、ジョリエット (Jackman, Jaffray, Jellicoe and Joliette) と、全て頭文字Jの名前が与えられていました。いずれも地名や地形が由来です。
ジャックマンは1960年に旅客運用から退いた後、保線用車両に転用されました。おそらく職員の過ごす事業用客車として使われたのではないでしょうか。転用時にジャックマンの名前は抹消されて、411281号という無味乾燥な番号に変わりました。
元来は上級寝台車ということで、3軸ボギー台車を履いています。いわゆる重鋼製客車の造りをしていて、これは最大30トンのコンクリートの死重を追加しています。客車の自重と合わせると約90トンの重量となります。日本の鉄道からするととんでもない重量です。この重さによって、走行中でも台車と線路が確実に接するようになり安定感が増すとされています。
その後登場するステンレス客車などでは死重を積まなくなったそうな。
ジャックマン時代はつやつやのマルーン車体でしたが、今は保線用車らしい風貌です。内装も原型から大きく変わってしまっているようですが、いずれはジャックマンへ復元する構想があるのです。
どこの馬の骨とも知れない操重車と控車。操重車としては小さめで、救援用じゃなくて保線用なのかなと思います。
ホームにおいてある台車。乗客の手荷物などを駅舎から列車へ運ぶときに使います。バンクーバーの駅で見たような記憶です。
CPのドン駅駅舎 (Don station) です。トロント市郊外にある駅で、1896年開業、1967年閉業です。
モントリオール方面からトロント・ユニオン駅へ向かう場合、昔はスイッチバックする必要があり不便でした。CP1892年にこれを解消させるための短絡支線のドン線を完成させて、その路線上にドン駅は建てられました。
一時期はドン線を通過する全列車が停車する駅でしたが、1933年にCPとCNの乗り入れ協定が始まるとドン線を走るCPの列車はCN線を経由するようになって、地位が低下していき1967年廃止になりました。
ピストンエンジンの展示。なんでしょうね、これ。
給水塔です。6万ガロン(22万リットル)の容量の水槽があり、水は井戸水のようです。もちろん蒸気機関車の走行に欠かせない水を補給するための設備ですが、写真によれば客車の洗車にもここの水が使われていたようです。
トロント鉄道博物館はこれで撤退します。
扇形車庫を中心に据えた鉄道車両と建築物の展示は見に行く価値があります。また、市街地中心部にある立地の良さも魅力的です。観光客でも気軽に立ち寄ることのできる鉄道博物館でしょう。
ここの訪問後に収蔵車両を増やしていて、VIA鉄道のLRC機関車とGOトレインの旧型制御客車を新たに収蔵しています。どちらも興味深い車両なので、また見に行かないといけないです。
というところで今日はここまで。
その37へ→
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます