桔梗おぢのブラブラJournal

突然やる気を起こしたり、なくしたり。桔梗の花をこよなく愛する「おぢ」の見たまま、聞いたまま、感じたままの徒然草です。

最後のブログを書いたけれど……

2010年06月12日 17時37分03秒 | つぶやき

 最後になるかもしれない、とブログに書いたあと、切々たる思いがこみ上げてきました。書いて遺しておきたいことがいっぱいある、という思いにとらわれたのです。
 ただ、体調が思わしくないこと、ほぼ万策が尽きていることには変わりがありません。

 夜中、非常に気持ちが悪くて目が覚め、戻しに起きようと思うのですが、嘔吐するのを我慢しているより、立ち上がるほうが辛い、というときがあります。枕許に洗面器を用意しておけばよかったと後悔しながら、仰向けになったまま、手を口に当て、思わず流す涙に泣き濡れて必死に堪えています。

 時間は午前二時過ぎ。
 夕食を取ったのは六時間ぐらい前です。知らず知らず変なものを食べたのが原因だとしたら、時間が経過し過ぎています。
 医師から指摘を受けている病のほかに、何か得体の知れない病が発生したのではないか、と思う。むしろ食中りであったほうが安心です。

 そのうち、気持ちの悪さは少しずつ去り(私には数分と思えても、時計を見ると一時間近く戦うのですが)、いつしか眠りに落ちています。
 朝、妙な夢を見ていると思うと、目覚めを迎えていて、夜中の出来事は幻ではなかったのか、と思います。しかし、口腔に残っている胃酸の苦々しさに気づいて、あれは確かに現実であった、と思い返すのです。
 眠ったのに疲れていて、起き上がるのが少し辛いけれども、起き上がれない体調ではない。

 散策に出ようか、という気になる日もあります。
 食欲は乏しいとはいっても、何も食べるものがなければ、買い物に行かなければなりません。しかし、昨日は普通に歩けたから今日も普通だろう、という保証はないのです。
 机に向かって坐っていると、とくに変わったことはなく、それじゃあと服を着替え、玄関まで廊下を歩いている(そんなに長い廊下があるのではありませんが)うちもなんでもない。ところが、外に出て歩き始めた途端、さして暑くもないのに頭がボーッとして脚がギクシャクしてくる。

 かと思うと、後頭部から両耳の上にかけて偏頭痛のような、シクシクとする痛みがあって、とてもではない! という日があります。
 私の抱えている病には偏頭痛のようなものを伴うこともある、と聞かされているので、取り乱したりはしませんが、非常に不快です。

 こんな状態では、日を決めて東京まで通院するのは不可能なように思え、そういうことに備えて多めにもらってある薬は継続して服んでいますが、どうも効いていないのではあーりませんか、と疑う毎日です。
 以前からの胃潰瘍関係、鉄分とヘモグロビン増量の薬に加え、リンパの流れを正常に保つ薬など種類と量が異様に増えて、一か月分などというと手提げの紙袋がいっぱいになります。
 規則正しく食事を摂らぬ、というより摂る気にならぬというのも要因かもしれませんが、毎日薬を多量に服用しても、一向に改善される気配がない。
 それで意を決して、最後になるかもしれぬ、とブログを書いたのでした。

 枕許に置いていたノートパソコンが完全に壊れてしまったので、ふらつく身体をなだめすかしながら、デスクトップパソコンを枕許に移動させました。
 これで、起きるのが辛い日でも、しばらくブログをつづけることができる。そう思い直して移動に踏み切ったのです。

 前のように気易く出歩くことはできないので、おのずと心象風景ばかりのブログに変質してしまうかもしれません。
 大体横になっていなければならないような日は退屈でしょうがない。昼間下手に眠ってしまったら、夜中は悶々としながら起きていなければなりません。時間潰しも兼ねて、です。

 ただ、ある日、パソコンの電源すら入れられないときが忍び寄る、という可能性は消えていないので、最後になるかもしれないと書いたブログに遺した挨拶はそのままにしておきます。

 体調がよくない日でも、トイレと喉の渇きだけは我慢して済む問題ではありません。ヨロヨロと立ち上がって用を済ませた帰り、本を持って布団に戻ります。しばらく仰向けに寝て呼吸を整えてから、一大決心をしてヨッコラショと腹這いになり、読書します。

 多くを処分してしまったので限られた数の本しかありませんが、いまは読書だけが楽しみであり、時間潰しです。

 引きつづき水上勉さんの「醍醐の櫻」を読んでいます。
 これは1986年から92年にかけて発表された短編七編を収めた本で、多くは心筋梗塞後の療養生活をテーマにしています。
 89年、水上さんは心筋梗塞に見舞われ、救急車で運ばれましたが、道路が混んでいて、やっと救急処置を受けられたときには心臓の三分の二が壊死してしまっていたそうです。
 そんな小さな心臓でも、リハビリによって一万歩歩いても平気という状態にまで戻ったのです。私はいまのところ心臓に病はありませんが、とても一万歩は歩けません。

 小説ですから登場人物はアルファベットであったり、別名であったりするのでしょうが、地名だけは実際に即しているようです。京都の地図を持ってきて、確かめながら読むのも愉しいものです。

 志賀直哉の「ある一頁」という初期の短編も京都を舞台にしています。読んで行くと、どうも地図どおりではないと思われるところがありますが、明治四十四年の作品なので、移転した建物があったりして、いまとは違っているのかしれませんが……。

 調子が悪いといっても、なんとか耐えられるのは、胃潰瘍で入院する三日ほど前から当日にかけて、本当に死ぬのではないかと思った、体調の悪さを思い出すからです。あのときの辛さ、絶望的な思いを思い返すと、多少のことなら耐えることができます。

 直接耳にした話ではないのですが、末期癌の宣告を受けた人が、私が胃潰瘍で「輸血」を受けたという話を聞いて、「それは大変な病気をされた」という感想を漏らしたそうです。末期癌の人が「大変」という病がこの世にあるものだろうかと思うと、前に較べれば平気だとはいっていられないのかもしれません。

 明日は松戸市長選挙の投票日です。昨日の夕暮れあたりから選挙カーの声が実に喧しい。それに加えて、竿竹売りと網戸の張り替えと廃品回収の声。
 とくに頻繁なのは廃品回収です。
 新松戸はマンション街で、一般の住宅地に較べると効率がいいと思うのか、取り分け訪問回数が多いようなのです。
 声を聞いていると、我が庵周辺によく出現する廃品回収の車は三台です。「当社担当ドライバーが……」といかにも一定規模の業者であると臭わせるところがちゃんちゃらおかしいし、一か所に腰を落ち著けて、延々とテープの声を流すのが耳障りで敵わない。
 後頭部に痛みのある日など、真下に停まられでもしたら、私の憤りは半端ではありません。
「生ごみ以外、なんでも……」といっていますが、もし出すとしたら、何か家電製品らしきものの奥に、ヌメヌメの生ごみを隠して出してやりたいと思います。

 無料だと喧伝しておいて金を取る輩もいると聞くし、まるで振り込め詐欺のように、高齢者だと足許を見る輩もいるそうです。
 部屋の整理を始めたので、いずれオーディオコンポやパソコンを処分する日がくるかもしれない。しかし、私はお金を払っても、市の粗大ごみに出そうと思います。

 はるじさん、千保さん、うー太さん、コメントありがとうございました。
 すでに親もなく、兄弟もない私には、お釈迦様と阿弥陀様が一緒におわしますだけです。ただ、決して敬虔な仏教徒とはいえないので、いて下さると思うお釈迦様や阿弥陀様はいないのかもしれません。現実問題として立派な天涯孤独です。



 鉢植えの桔梗が一輪だけ花を咲かせてくれました。わりと体調もよい日だったので、植木類に水遣りをしながらカメラに収めました。

コメント (1)
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