すみませんが、前報の、リンク先明示とか、推敲加筆を後回しにして、新しいものを書くのをお許しください。というのも21日のNHKニュースオンラインから、種が生まれた文章だから、先送りをすると、時宜を失してしまうのです。そのニュースは、・~+=*=+~・・・~+=罫線以下に置きます。ところで、今は、23日の夜の12時ですが、やっと書き止めることができました、推敲加筆、及びリンク先の開示はまだですが、本日は、それは、お許し願います。疲れたー。78歳には、こういうものを書くのはひどくこたえます。
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副題0、『そのNHKニュースは、鎌倉と、三鷹が連携して生まれましたね・・・・・私を脅す為でしょう。でも、私は、脅かされて、縮んだりしては、いませんが(苦笑)』
そのNHKニュースが報道をされたのは、目的は、私に、筆を抑えさせることでした。つまり、北隣の、石井秀樹邸が、100%警察に管理されているというのが事実なのです。特に室内の点灯と、消灯においてはです。でも、普段は、鎌倉察署内【❔】、又は、神奈川県警本部から、遠隔操作で、電源を入れたり切ったりしているとしても、それを私が見破った限り、それは、否定しておかないといけないので、住まいの、実際の所有者、石井秀樹氏らしい人物(男性)をわざわざそこへ派遣して、合いかぎで、家の中へ入らせて、2時間近く滞在をさせたのです。それが、2020-9-17日の事でした。その男は、石井秀樹夫妻の真似をして、一応テレビをつけていましたが、石井秀樹・あずさ夫妻が、起きている時間(夜の12時)までは、退屈するだろうと、その男性自身が思ったのか? コップ酒をもってきて、テレビ前の、低いテーブルに、それを置いて、かわき物を、かじりながら、ちびりちびりと、呑んでいました。
しかし、石井秀樹氏は、普段、パーティの席では、お酒を呑むかもしれませんが、夜、テレビを見ている最中に、かわき物をかじりながら、お酒を呑む習慣はないのです。建築家なので、朝早く、建設現場に、出かける必要もあるらしくて、夜お酒を呑でいる姿は、見たことがないのでした。その上、服装(色の好み)が、全く違うし、体形も秀樹さんよりやせていたので、『ああ、嘘の石井さんが派遣をされたわけですね』と、私は、思い、それを非公開のメモとして、実況中継風に、パソコンの中に、ワードを使って書いて居ます。
その日は、鬼門ちゅうの鬼門の日だったからです。その件は、まだ語れませんが、敵が、攻撃を仕掛けてくるだろうと、私は覚悟して居て、防衛のために、逐一状況をパソコンで、書いて居たのでした。で、被害がひどいことになったら、後程、ブログで、インターネットで、公開するつもりでした。しかし、ネットで、公開して居なくても、敵さん達は、ワードは、すべて、把握できるらしいのです。
私のパソコンは、ハッカーが、常に監視して居ます。で、そのメモを読んだ警察の人間は『あの男では、だめだな』と、なって、今度は、別の男性が派遣をされてきました。白いTシャツを着て居ます。それは、石井秀樹氏の定番の、服装です。しかし、石井秀樹氏本人が、よく座る定位置の椅子ではない別の椅子で、テレビを見て居ます。つまり、先程の男は・・・・・横顔だけ見せていたが、違う人物だ・・・・と、私が、非公開のメモ(microsoft word)で言って居るから、今度は、横顔をわざと、見せない様にしています。背中だけを見せる様にしています。しかし、肩幅が、違うのです。派遣された男性の方が、太りすぎでした。前は、秀樹氏と比較をすると、やせている男が派遣されたので、私に違うと、服装を見破られたので、今度は、それを修正してきて、太った男が派遣をされてきたのですが、太り方が、過剰だったのです。で、両方とも石井秀樹氏とは、別の人間です。
そんなこと(警察であることは確かだが、誰か、わからない未知の人間を家に入らせる)を、石井秀樹・あずさ夫妻が、許す陰には、これから書くことが、大いなる条件になって、居るでしょう。その条件とは、その土地が、常識はずれの安さで、藤本禎子夫人から、石井秀樹・あずさ夫妻にわたった事です。それも一つだし、毎月、決まった報酬額もあるだろうと、前報や、前々報で、言って居ます。そこから類推して、似たようなことをやって居る、この雪ノ下在住のほかの家にも、月額の報酬が出ているだろうと、言って居ます。
で、21日発表の、NHKニュースは、その土地の安さと、関係があると、私は見ているからです。つまり、三菱銀行の幹部と、同銀行の、鎌倉支店との連携で、その安さは、生まれたと思うからです。で、その石井秀樹氏と、警察(=伊藤玄二郎の手下である。家来である)の関係を、書かれると、困るので、脅かし用ニュースを21日にNHKで、報道をさせたと、見て居ます。
そのニュースとは、・~+=*=+~・罫線以下に置く、日本銀行協会が発表したニュースです。いくら「銀行協会はお役所ではない」と言っても、そんなニュースを老人の日という休日に発表するのは、おかしいのです。「誰の発案ですか?」と、伊藤玄二郎+井上ひさしに聞いてみたいところです。慌てふためいて、それを発表させて居ますが、無論、国際基督教大学卒業生関係の、CIAエージェント達を動かしましたね。既に、鎌倉エージェントと、ICU卒業生内エージェントの二組は通々の間柄でしょうから、すべての裏は、わかって居ますよ」と言っておきましょう。
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副題1、『私は、2020-9-18日(金)、自宅を、午後4時50分に出た。そして、焦りながら、雪の下郵便局へ向かっていた。鎌倉街道が、西から北へ向かって90度曲がる、川合邸前は、ガードレールが、がっちりとしている。交通事故が多いからだ。そして、歩道は狭い。対抗方向から、ちょうどその特に細いあたりで、自転車に乗ってくる人が見えたので、私は、ガードレールが切れている、鶴岡八幡宮の、自家用車用・駐車場・進入口のところから車道へ飛び出した。それは、相手からは、50mほどの手前だった』
本来なら、私の方が、川合邸・門前内・スペース、又は、鶯吟亭・門前内・・スペース、又は、鶯邸用駐車場・進入口に、入って、それをよける、べきなのです。というのも、この時の相手が、よく知っている人だからです。其の人の名前を、H夫人とここでは、仮名で、記します。それは、後半(副題α)で、その仮名にした意味を、皆様には、告げます。
で、知り合いが、対抗方向から来るのだったら、自転車に乗っていないので、身・動きが軽い、私の方が道を譲って、待っているべきなのです。それが、普通だし、礼儀上、必要な事なのですが、とても急いでいたので、危険な車道へ飛び出して、自転車を、待たなかったのでした。無論、この辺の道路状況は、熟知しているので、八幡宮正門(三の鳥居)前の、スクランブル交差点が、こちらへ来る車を赤信号で止めているのを、察知して居て、車道に対抗方向から、車が走ってこないだろうと、推察して居ました。そして、自転車をかわしたら、山安(干物専門店)の前で、又、歩道に戻るつもりでした。
すると車道側にいる私と、歩道側にいる彼女が、5mの近さまで、近づいたときに、H夫人の方が、「ごめんなさい」と、言いました。そういう人なのです。とてもよくできた人なのです。実動15軒のご近所様の内(最近、引っ越してきた若い人、5家族は除くが)、最も育ちの良いのが富沢夫人で、もっとも、人格が練れていて、出来が良いのが、こちらH夫人だと、主人にも自宅で、常に話しています。時々、ブログでもそれを書いているでしょう。そう言うできの良い女性です。
H夫人が特別に、立派で、やさしい女性になったのには、色々な条件が重なって居ますが、一つには都庁に長らくお勤めだったと、言う事もあるでしょう。そして、都庁で、ご主人と出会いました。で、夫婦仲がとてもよかったです。ご主人は、既に、亡くなっていますが、そちらも立派な人だった模様です。
私はね。自宅で、パソコンが打てない時期があったのです。システム破壊がひどくてね。それで、ノマド生活を重ねて、外で、パソコンを使う事が多かったのです。特に本の編集で。
或る時、日比谷シャンテ内の【柿安ダイニング】を使って居ました。3500円ぐらいのバイキングなのだけれど、時間制限がないので、二時間ぐらい仕事をするのです。その時、柿安は何回目かの使用だったので、店員も慣れていて、他のお客とはムードの違う(楽しみの為に入って居るのではない、真剣さに満ちている仕事人である)私をトイレに一番近い、奥まった個室に案内しました。隣は、個室の壁を三つぐらい取っ払って30人ぐらいの人が宴会をして居ました。歓送迎会だったのですが、すごく楽しそうで、かつ会話のレベルが高いのですね。で、夜の九時半ごろ、私も彼等も終わりにしたので、レジで、「すみませんが、あなた方は、どういう会社にお勤めなのですか? 職種だけでもいいから教えてください。あまりにりっぱな人達の集団なので」と話しかけました。すると、「ああいいですよ。秘密にする必要はないので。私達は、都庁勤務です」との答えが返ってきたのです。
もう、びっくり仰天をしました。私は、1966年大卒です。そのころの、大卒者にとっては、私企業が、優先でした。『公務員なんて、つまらないねエ』と、言うムードでした。しかし、2008年ごろの都庁って、素晴らしい職場である模様です。雰囲気がとても良い職場であって、そこで、暮らす人たちも楽しくて、人格の高い人へと、成長する模様でした。大学入学時の偏差値も大切ですが、卒業後の人生も、又、其の人を成長させるのです。驚きました。その後、何時の日だったか、H夫人が都庁勤務だったと聞き、ご主人の方も局長ぐらいの地位についた人だと、聞き、なるほどなあと、思い至った次第です。
然し、だからと言って、この激しい政治闘争が、繰り広げられている雪ノ下の山で、殺されかかっている私が、H夫人が味方だと、言って居るわけではないのですよ。むしろ、主流派の、安野夫人側の人です。二人で我が家の前で、松葉杖を、使った二人三脚を行った件など、これ以上はないほどの、安野夫人持ち上げケースでしたから、別にH夫人が、私の味方だと、言って居るわけではありません。
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副題2、『私はH夫人が御免なさいと、言った時に、「いいえ、こちらこそ無礼ですね。ただ、実はね。郵便局へ向かって、急いでいるからこうしたのよ」と、言いたかった。しかし、それを、いうひまもないほど、秒を争うほどに、時間が足りなかった。それで、手で、ボディラングエッジとして、「いいの、いいの、気にしないで」と言った。しかし、それでは足りないなあと、思うポイントに気が付いた。H夫人の後ろから歩いてくる彼女のお友達が、私の事を非難するまなざしで、見ていたのに、気が付いて、それには、痛痒を感じた。
で、帰宅をしてから弁解の手紙を書きたいと思った。どうして、そういう事をしたいと、思ったかというと、その弁解にことよせて、長年の、政府や、行政に対する恨み言を書くことができると、感じたからだった。H夫人とそのお友達が、私が去った後で、広い道路に到着したら、私の悪口を言うかもしれない。しかし、それは、気にしていない。ただ、別の用向きで、手紙が有効であると考えたので、手紙を出したかった。
ここで、H夫人が、都庁で、どんなお仕事をしていたかを私が知っているとよかったのだが、無論の事、そこまでは知らない。ただ、日比谷シャンテ内、B1の柿安ダイニングの歓送迎会で、都庁勤務の人達の会話が、とても高度だったことは忘れられないのだ。私は、東大に勤務をしていた。しかし、東大の若手の学者たちが、普段、高度な会話を交わしているとは限らない。ポスドクにしろ、助手にしろ、助教授にしろ、彼等は、席を争う競争社会に生きている人達なので、普段は、他人に対しては、油断しないのだ。打ち解けないのだった。その点、都庁勤務の人達は、競争社会の中に生きているわけではなくて、自由闊達だった。そこが、他のソサイエティとは、とても違う社会なのだった。民間の会社とも違って居る。
で、H夫人は、きっと理解力が高いと、考えた。で、その手紙が、敵さんにわたる可能性も無論考えた。しかし、敵方にわたった方がいいのだ。その方が、政府や、行政への批判としての、一石となる。ブログで、書く事も、一定のも力があるだろう。しかし、ある特定の個人を通じて、或る意見を表明することは、それは、それで、役に立つと考えた。
ところが、金曜日の夜には、実際には、とりかかれなかった。で、土曜日の早朝に書いて、それをH夫人の郵便受けに入れて置いた。その際、六時だと、合計、8軒の人に其の私の姿を見られる可能性は、感じた。でも、それでも、内容に意義があるので、又また、悶着が起きたとしても、それでも、よしと、感じて、手紙を投函したのだった。
ここで、H夫人を仮名にした理由を語る。私がこういうことをすると、敵さん達は、すぐ、私の方に、利己的な目的があると、考えるのだ。私は果物を、無署名で、大原光孝さんに、プレゼントしていた。それが、驚くべき恐ろしい事である、植木鉢の怪へと、つながって行ってしまったのだ。どういうことかというと、私の方では、一生、絵描きとして、過ごして来ていて、年金が少ない彼は、お金持ち(親族が、経営している病院の理事になっている筈)の奥さんが家出をしてしまった今は、養母さんの年金で、暮らしている。養母さんが、急に、500円から、1000円に値上げした町内会費の差額(ほぼ、10か月分)を、養子の光孝さんには、渡さないで、おぼつかない足元のまま、奥から出て来られた時に、それが、よくわかった。
ただし、ここなんだけれど、この近辺の、北隣の家への警察の簡単な侵入を見て、報酬が出て居るはずだと、感じ始め、あの家に報酬が出ているのなら、大原光孝さんにも出ていると、考え始めているので、彼は、想像以上にお金持ちであり、心配する必要はなかったのだった。
しかし、ニューヨークで、ホアレスという版画家が、毎日、サツマイモ入りの蒸しパン(昔、同棲して居た日本人女性が、大昔に、その作り方を教えたものだと、思う)を、常食としていて、しかも、私が日本へ帰ったその10か月後に孤独死した(お金がなくてだと思う。版画工房が、日本人女性版画家・通称ミミのこざかしさによって、つぶれてしまって、ホアレスに、摺師としての、収入が入らなくなったからだった)ことから、画家だけを本業として、配偶者からのお金が入らないで、生きている人間がどれほどに、大変かを知っているので、アガペーとして、無記名で、果物をプレゼントしていた。しかし、其の一方で、無論の事彼が合鍵を持っていて、侵入をしていることも知っているし、そのほかにも嫌な事を一杯やって居るのも知って居て、それは、ブログに書いて居る。で、プレゼントは、矛盾しているみたいに見えるが、
最近、本を出版していない。それは、一回で、100万円以上かかることであり、かつ、個展もしていない。また、海外へも修行にも、行って居ない。主人が病気になったので、国内旅行もしていない。で、お金の使い道が食料品だけだ。で、食べ物は、以前より格段に、潤沢に買い、いいものを食べている。それを考えると、私は、誤解を受けても、他人とシェアしたい。それが、17日の木曜日、息子との悶着とトラブルに発展をするのだから、問題は、なかなか、大変だ。私が考えて居る本当の処が、なかなか、通じない。息子にさえ、通じないのだから、大原光孝さんに通じないのも無理はないかもしれない。
ところで、彼は、大変に軽い人間で、すぐ、しゃべるのだ。誰に、というのは、この山で、主流派をなしている、連中にだ。そうなると、それは、伊藤玄二郎とか、井上ひさしに、通じてしまう。井上ひさしは、公的には、自分を死んだことにしているが、実際には、生きていて、伊藤玄二郎に様々なアイデアを授けて居る存在だ。そして、カソリック信者を標榜しているが、神様など、全く信じて居ない、井上ひさしが、あいつが、こびているのだったら、弱気になっているので、更にたたいてやれっと、なって、植木鉢の怪へと、結びついて行ったと、私は考えて居る。だが、あの15m×25mぐらいの広さのわんふろあーぜんぶをつかっていた、にゅーよーくいち古い版画工房で、ホアレスには見えないと信じる場所で、食べていたとしても、毎日、8ドルから、10ドルのお惣菜をテイクアウトで、買って来て食べていた、自分の、気が付かないことへのホアレスへの、済まないという気持ちは、大きなものであった。たとえ、隠れて食べていたとしても、みんなが共通して使うゴミ箱に、八個に分かれた、トレー(又はパック)を見付けて、そこにお醤油のたれなどが残っていたと仮定すると、ホアレスは、私のぜいたくさ(?・・・・私自身は、無意識の事だったが)に、ホアレスは、大きく傷ついていたはずだ。私は、その切なさと済まなさを、こちら、雪ノ下で、解消したいと願ったのだった。それは、誰にも理解されなかった模様だが、私は、天の神様を信じて居るので、そういう結果になったこともさして苦痛ではない。それは、それで、ブログに書けば、いい事だから。
そういう過去の経験があるがゆえに、H夫人に手紙を書くことは、大いに迷った。まず、H夫人がその手紙を受け取って、誰かに渡したと,仮定しよう。その結果、何が起きるか? まあ、それは、親書を他人に渡したという意味で、不道徳ではある。元都庁勤務であって、しかもご主人が局長まで、務めた人にしては、不道徳だ。で、それが起きる可能性を考えて、この章では、其の人を仮名H夫人と呼んでいる。
しかし、それは、この複雑にして、手ひどく残酷な場所においては、生き残るために、H夫人がやりかねないことだった。その結果、どうなるかまで、当然のごとく考えた。で、大原光孝さんが行った植木鉢の怪程の、悪辣な事が起きるかどうかなのだが、それは、起きないだろうと、考えた。しかし、NHKニュースが利用された。ふむ、ふむ、そうですかと、言わざるを得ない。
私は、19日の朝、一筆箋三枚にしたためた手書きの手紙をH夫人の郵便受けに入れている。それで、21日には、 罫線以下のNHKニュースが、出て来たのだった。俊敏な事と、恐れ入りました。だが、転んでもただでは起きない、雨宮舜(本名、川崎千恵子)です。
こういう現象から、更なる、学びを得ているわけです。そして、自分の立ち位置は、微動だにして居ません。そちらをこれから語りたいです。
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副題3、『流れは、こうなっているだろう。それは、22日には、解明できた』
アサの六時15分ごろに、手紙を郵便受けに入れて居ます。その手紙が敵方にわたることは、充分に察知しながら、入れて居ます。どうして、そういう危険な事をしたかというと、その手書きの個人的な手紙は、相手を気遣うあまり、大変短いものになっています。それは、将来、ブログ文へ直すときに、役に立つはずです。練習台となったはずです。で、その内容は、後半で、副題βで、語りますが、もし、私のその歩き方を、実動15軒のこの山で、早起き組がいて、8軒の人が、又は、そのうちの数軒が見ていたと、仮定しましょう。すると、H夫人は、それを、敵さんに渡すつもりがなくても、其の人から、貴方は、何を川崎千恵子から、受け取ったの?」』とメールででも質問をされれば、H夫人は、七時には、それに気が付いて、すぐさま、読んで、前田清子さんに渡しに行ったとなります。で、前田清子さんは、ファックスか、メールで、それを、伊藤玄二郎に送ったでしょう。それが、最速の処理ですが、
もし、誰も、私の早朝散歩(?)に気が付かなかったとすると、長官を取ったH夫人が、8時にはそれを読み終わり、9時ごろに前田夫人に届けたと、言う形になり、そこから先は上に書いた部分と同じ経路をたどったと、思います。
さて、ここで、手紙の内容を言いましょう。
H様、昨日は、川合邸前で、失礼をしました。ただ、私は、後期高齢者医療保険の支払いをしたくて、雪ノ下郵便局へ向かって居ました。次の日から、四連休なものですから、とても気急いでいたのです。私は、後期高齢者医療保険の支払いに、大きく疑問を持っています。それで、却って、早めに支払わないと、忘れてしまう可能性があるのです。いやな事だから、忘れてしまう可能性があるのです。それで、四連休前に処理してしまいたくて、急いでいました。
私には、母からもらった不動産があり、それが、賃貸収入を生みます。それで、確定申告をしないといけません。
::::::::ここから先、H 夫人には語らなかった、自分側の事情をここで、開陳させてくださいませ。私は、その不動産収入で壊れたパソコンを買いなおしたり、外出したり(交通費がかかる)、美術展を見たり歌舞伎を見たりしているわけです。お金と体力に余裕があれば、個展もしたいし、本の出版をしたいです。しかし、白色申告をして居る限り、ブロガーとしての経費は、落とせないので、実情と合わないので、ひどく困って居ました。で、収入(というか余剰金が、30万円程度しかないのに、国税、県民税、市民税、後期高齢者医療保険が、かかって来て、ひどく困って居ました。
しかし、或る時に、事業主勘定という仕組み(又は、定義)があることを知り、それで、やっと実情に合う申告ができる様になり、青色申告に変えました。でも、青色申告は難しいので、青色申告会というところに入って居ますし(会費は、かかる)、教科書も買いました。
すると驚くべき記述を見付けました。年金だけの収入で暮らしている人で、その収入が一年につき、400万円を超えない人は、確定申告をする必要がないと、言う記述です。
これには、本当に驚きました。私が住んでいる山では、11戸の引っ越しを私が見聞きして居て、最近、若い家族が転入してきています。しかし、別荘として使っている人を除けば、現在の、実動15軒の住人の内、実は9軒が、既に、年金生活者であると、考えられます。ただし、年金だけで、生活をしていると、見えるのは、5軒だけです。お子さんが、現役のキャリアーウーマンであるとか、ご本人に、作家としての著作権料が入るヒトとか、私の様に、不動産収入があるとかで、年金だけで、生活している人は、4軒だけです。其の人達の懐具合を探るのは、実際にやると、失礼です。しかし、各所帯の最高収入者の、年金が、400万円を超える家は、その4件の内、一軒もないと、私は考えております。となると、其の四軒は、税金を支払って居ないのです。私の収入は、非常に低いです。400万円の二分の一以下です。しかし、著作権料が入る人が税金を支払って居るのかどうかを知りません。しかし、それ以外で、もし、故郷の祖先の時代の家を(それが政令都市にあるとしてです。が、)不動産収入のある人、又、お子さんが給料をもらっている人を、除いて、9軒の内、6軒は、税金を払って居ないと、推察して居ます。しかも、それらの6っ軒の収入は、夫婦合わせた我が家の収入よりずっと高い筈です。単身者でもそのはずです。
例えばH夫人は、年金を一回で、56万円もらっていると仮定しましょう。これは、母が老人ホームに入って居た時に、単身でも、月に25万円かかりました。ところが、母の親友だという人は、「私は、もと、国家公務員ですが、年金で、ここの費用を支払えます」と言って居ました。
400万円以内に収まるためには、一回の年金が、56万円まで無税なのです。夫婦二人だけの生活、又は、連れ合いが、すでに亡くなっている人が、単身で生活するにあたって、月額29万円のしゅうにゅうがあれば、だいじょうぶでしょう。そのほかに、貯蓄があり、家に関してローンなどがない生活ですから。
他人とお金の比較をするのは、よくない傾向です。特に収入を比較するのは、よくないことです。しかも、自分が劣っている場合は、それをブログに書くなどという事は、はみじめです。しかし、制度として、考えると、矛盾が極まって居ます。単身女性(いわゆる未亡人)でも、一年に390万円の年金だったら、無税である。しかし、180万円でも、収入があれば税金がかかって来て、国税、県・市民税、後期高齢者医療保険と、年間、20万円近く、取られてしまいます。
これは、とんでもない偏頗です。無論、40代の人で非正規雇用で働いている人はもっと、困って居るでしょう。だから、あんたは、ぜいたくを言って居ると、言われても仕方がない。ただし、今とは、違って、実名表記はしないし、芸術や、社会現象を心理的に、考えるエッセイだけを載せていた、メルマガの時代から、広告はいつもついて居るのにアフィリエイト収入はないです。
しかも、この三日間、それに気が付き始めて居ますが、秘密裡の月給を得て居るはずです。伊藤玄二郎か、鎌倉警察署から、秘密裡で、月給という形で、私をいじめることに対しての報酬が支払われているはずです。それは、北隣の石井秀樹・あずさ邸に、普段のお客様たちとは、全く違った態度と、服装の二人の男性が、夜の8時半から夜の12時まで、あたかも、石井秀樹さんみたいな顔をして入って居たと、言う事で、急に私に明らかになったことでした。
:::::::::::と、以上の様な内心の考えが、私の方にあります。しかし、それには触れず、唯、唯、公的な部分の矛盾を、H夫人への私信にしたためました。
其れを彼女宅の郵便受けに入れたのが、19日の午前6時10分ごろで、NHKが、・~+=*=+~・罫線以下のニュースを発表したのは、昼だったか、夕方七時だったか、だが、たった、二日後でした。
このニュースは、鎌倉エージェントにしてみると、大原光孝さんへの果物プレゼントの場合と同じく「おまえさあ、H夫人を、自分側に引き付けようとしているのだろう。しかし、それは無理なんだよ。H夫人は、こっちの人間なんだ。だから、お前の手紙は、即座にこっちにわたったんだぜ」と、言いたい鎌倉エージェントの面々の意志を感じました。
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副題4、『しかし、世の中は、フィフティフィフティなのだ。私が、文章を書く最初の目的は、私の損失を消し去ることだった。おおきな損失を被っているのを補填してもらいたい。ところが、相手側(=CIA側)には、そんな意志は、毛頭ないことがわかってきている。
では、文章を書き、発表をすることの目的をどこに置いたらいいのだと、なって来る。
まあ、私が文章を書くのは、・・・・・to say the truth ・・・・・目的があっての事ではない。もしそうだったら、いつの間にか、書くことを止めていただろう。だって、目的が達成されていないから、いい加減あきらめて、文章を書くのをやめていたと、思う。しかし、私が文章を書くのは、それ以前の段階の考えることというのを、やめられないからだ。
考えたことは、結果を文章にまとめておかないと先へ進めない。堂々巡りになってしまう。それは、とても苦しい。プロの棋士は、ものすごく脳細胞を使う。私は、そういう風に、誰もが知っている分野で、頭を使うわけではない。自分独自の事、自分独特の思考が、浮かぶし、それを追及している。そして、それは、呼吸をするのと同じぐらいに、私の身体の一部なのだ。
小さいころから、その傾向が強くて、一見すると白昼夢を見ている様に見えるらしい。それで、母は、私に車の運転を禁じた。私は、その言いつけを守っている。というのも、母が心配して居る通り、高速道路みたいな、ほぼ、同じ形状の道へ入ったら、即座に、違う事を考え始めるはずだからだった。・・・・・この道って、まっすぐだから、余りハンドル操作が要らないわね・・・・・と思ったとたんに、今、自分の心の中にあった課題に、向かい始めるはずだ。
で、私は、今、余りにも激しい攻撃を受けて居て、死ねと言われているので、その件を考えて居る。そして、彼等に反省を迫ることができないので、彼等の、本当の姿を解いていくミステリーを書いて居るのですよと、宣言をしている。
飾り罫線以下に置いた、NHKニュースは、そういう意味で、私にとうとう、あの疑問への答えを与えてくれたのだった。
それは、北隣のテレビ露出が、非常に多い、石井秀樹氏設計の、360度素通しのガラスの家が建っている土地が、47坪一千万円で、彼にわたったのだけれど、誰が、動いて誰が、そのお世話をしたのか、が、とうとう、実名で、書けるほどにわかったのだった。
それは、ICU=国際基督教大学の財務担当理事である〇石〇男さんだろうと、思って居る。この人がまた、ICU,1962年入学で、1966年卒業の同期生なのだ。ただ、在学中には、個人的な付き合いが一切なかったので、君とか、チャンで、呼ぶほどの関係にはない。館野ひろおちゃんとは違うのだ。川島章由君とも違う。
其れに私にとっては、彼から、教えてもらったことで、一つ、大きく役に立っていることがある。そして、彼本人から意地悪な事をされた覚えはない。面と向かって失礼な、やり方を受けたことはない。
同じ同級生でもシステム破壊を、15年間にわたって、続け、かつ、簡単なアイコン化した、システム破壊ソフト(アプリ)を、世界中の、監視者に与えた、古村浩三君などとは圧倒的に違う。伊藤玄二郎と親しくしていて、大きな図形を描いて、私を苦しめている川名昭宣君とも違う。スタップ細胞疑惑をロンドンで、準備した、三輪喜久代さんとも違う。圧倒的に上品な態度で、事を行って居る、頼んでいる相手は、石塚雅彦さんで会って、同窓会長と、理事会役員と両輪で、ICUの経営に深くかかわってきた。その立場上の責任感が、彼を下品な行動へ貶めることを避けていると、思う。
しかし、今般のニュースが、21日(月)老人の日という休日に発表をされたことで、確定的に彼の役割がわかったのだった。
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副題5、『私は税制の矛盾を私的手紙として、H夫人に渡した。彼女が、実動15軒のこの山では、きわめて出来がよくて頭がよくて、人格が高潔なので、この手のハイブラウな問題がわかると思って、渡した。しかし、H夫人はすぐ、前田夫人に渡したのだろう。それは、事前に、予測はついて居た。しかし、それは、私側に正義があることを彼女が知らないで、行ったことだと、思う。このブログを全部読み理解をしたら、それをやったことは恥となる。で、それを渡したことは、本当なら、私にはわからせないのが賢いやり方だと、思う。しかし、安野智紗夫人と仲良くなると、すべての人はバカになるの典型で、H,夫人も、ちょっと浅はかだったと、思う。又は、伊藤玄二郎が馬鹿だったのか? 又は、石塚雅彦さんが馬鹿だったのか?
ともかく、〇石〇男さんが、頼まれて動くことで、H夫人が私を裏切っていることを私に知らしめたのだった。銀行協会が、QRコードを使って、税務申告を行う事は前から決まって居たことなのだろう。検討中だが、この時点(休日)に発表することは、主要なメンバーに、〇石〇男君が、メールなどで知らせたが、NHKサイドに発表をしたのは、予定外の行動だった。銀行協会としては、だが。
それは、このニュースをNHKオンラインで、探すのが面倒なので、グーグル側から探したのだけれど、なかなか、見つからなかった。22日には、とうとう見つからず、したがって、これが、銀行協会が正式に出したニュースではなくて、〇石〇男さんが、一種のフライングとして出したのだと思う。それだけ、彼が銀行協会の中で、偉い人だと、言う証でもあろうが。
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副題6、『北隣の豪邸なのだけれど、二階の、リヴィングキッチンが、24畳だと書いた、文章があったと思う。それは、間違えている。たぶん、7.2m×7.2mで、昔風に言うと、16坪今風に言うと、53平米となり、総二階なので、合計106平米となる。お子さんがいないので、二階のリヴィングが大きく、とられていて、一階には、寝室しか個室がない。私に言わせると、一回にも二回にも書斎がないのが、変で、したがって、これは、彼の建築思想を反映し、お客の提示するモデルハウスだと、私は、常に言って居る。彼は、最初の放映番組内で、渡辺正行に向かって、土地が安かったので、建設費にお金を投じました。だいたい、4000万円ですと、言って居る。私は33年前に、ここで、15坪ほど、増築したのだけれど、それに、1500万円かかっているので、4000万円は、低く提示しているお金だと、考えて居る。しかし、土地の売買契約が行われたころは、まだ、土地が高い時期だったので、一千万円とは、安すぎる。で、それを私は藤本禎子夫人がお金持ちだから、安くていいと、うなずいたと、考えて居たが、これも、伊藤玄二郎のお世話で、内閣機密官房日から差額として、一千万円は、拠出され、藤本禎子夫人側にわたっている可能性が出てきた。
北隣の家に、17日の木曜日の夜に、異様な男が、二人も入って居たというのは、にそこまでの、事を私に教えてくれた。その日の県が東大の学長推薦が変だ。不透明感が大きすぎるというニュースにもつながっていく。ただし、それは、余りにも深い事情が裏にあって、書くのが大変なので、今は伏せたい。ただし、そういう事が全部関係してくるので、その日は、特別に石井秀樹邸を観察したのだった。
ところで、この土地が、47坪あるという事は相当に、良い事なのだ。47坪あると、建蔽率40%でも、建坪16坪の家が、総二階で建てられる。今、敷地47坪から60坪程度の大きさの売地で、駅徒歩圏内(ここから鎌倉駅まで、徒歩、公称8分だ)には、ほとんどない。せいぜい30坪程度だ。新コロナウィルス騒動が起きてからは、鎌倉でも、一億から二億で、土地が、100坪を超す売り物件が多く出ている。が、すべて、駅からは、遠くて、徒歩圏内ではない。
この土地の売買が、一般的な不動産屋を経由した話ではなくて、三菱銀行を通した話であることは、藤本禎子夫人が、自分で言って居たことだった。で、三菱銀行鎌倉支店の支店長に、委細を飲み込ませたのが、〇石〇男さんだと、私は思って居る。
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副題7、『〇石〇男さんが教えてくれたことが、妙本寺の、お嫁さんに、西隣の前の住民、遠藤夫人のお嬢さんが、成ったという事の本当の意味を教えてくれたのだった。この上品な三菱銀行、入行1966年組の、紳士が、昔、私にクラス会で、教えて、くれたことがあった。私が、「ねえ、あなた、三菱銀行の鎌倉支店が、日本一預金残高が多いそうですね」というと、「ああ。それですがね。それって、個人の預金残高を、さしているわけではないのですよ。鎌倉市には、神社仏閣が多いでしょう。そう言うところは、堅実で、かつ、慎重だから、資産運営を主に銀行預金という形で、行っているからです。投資をしないのです。株式でも社債でも、無論先物投資でも」と答えてくれた。
それが、ずっと後程、富沢夫人がわざと私に「あなた知っている。妙本寺の若いお坊さんの所に遠藤家のお嬢様が嫁いだのよ」と教えてくれたことの、本当の意味を察知することに役立ったのだった。私は、遠藤夫人が、毎日、高さが、一メートルの差がある我が家へ、庭ごみを掃き入れて居て、それを、音やら、小さなトイレの窓から見て、じりじりしていたのに、とうとう、大みそかの日に抗議をすると「やって居ません」と、言われた。
彼女は労働を嫌がる人で、犬も一回も散歩させないし、トイレットペーパーでさえ配達をさせるほどの人で、今では、妙本寺に住んでいると言われているが、不二家前で出会ったところ、小錦程に太っていた。庭ごみを普通に処理するためには、週に一回山ノ下へもって下りないといけない。だから、我が家に毎日掃き入れて行った。ご主人に頼めばいいのに、ご主人も暗い感じの人でね。やってあげないのだろう。私は長らく、其の高低差が、60㎝で、私の方が低いと書いて居たが、先週、スケールをもっていって、正確に計測したら、高低差が、一メートルあった。
この件は、私は、とうとう、ブログに書くこととなるのだけれど・・・・・というのも遠藤夫人がそういう圧倒的なウソをついたのは、そうしてもいいのだと、周辺から私の悪口を聞かせられていたからだと、思うからだったが、
そのブログに書き表すずっと前に、遠藤夫人は、周辺にこの事実を自分がよいもので、私が悪者だと、告げていたのだと、思う。それを知った、伊藤玄二郎は、今回のH夫人のケースと同じく、これで、私を敗北に追い込むことができるとなって、遠藤家の令嬢をお見合いで、妙本寺に嫁がせたのだった。それに妙本寺側の、仲人として、養老孟子先生ご夫妻が、ついておられた模様だ。どうしてそれがわかったかというと、それも伊藤玄二郎が、NHKを動かして、PSPで放映をした、ネコメンタリー養老孟司篇を作り直したからだ。
私は最初の番組を、合計六回は視た、どうしてかというと先生のマルは、好きではない。猫らしくない。スコティッシュフォールドは、機敏ではない。我が家の猫の方がずっと賢くて、人懐っこい。しかし、先生が、紫煙をくゆらせながら物を語るところが好きなのだ。それで、何回も繰り返してみた。
私がテレビで何を見るか? また、インターネットで何を検索するかは、監視されていて、後で、利用をされる。その件で、福島瑞穂さんに在日の出自があることがわかったほどだ。彼女自身から青山のウィメンズプラザで、にらまれ切ったので。午前中にインターネット検索で、在日の出自の事を知ったばっかりにそうなった。
で、学者として、大金を儲けて、箱根に昆虫博物館を作った著名な人、養老孟司先生を利用すれば、私が先生の盛名に、恐れをなして、ビビって、妙本寺の一件を書かなくなるだろうと、考えたらしい。で、【養老先生とマル】という題で、新しい番組を作って、大きく番組宣伝をした。それで、無論の事、私は録画をして置いて、それを見た。
猫メンタリーと、ほとんど同じ場面を使って居るのだけれど、少し改悪的編集がなされていて、新しく加わった場面が、二か所あった。それは、一つは、妙本寺であり、もう一つは奥様だった。奥様は25年ぐらい前に郵便局で出会ったことがあり、美しい人だとは知っていたが、養老先生とは、ニュアンスが違うとても派手な方だったので、不思議に思っていた。付け下げという種類の和服で、派手な模様だった。おぐしもパーマがかかって居て、ともかく華やかだった。しかし、今般は、重めのちりめんで、江戸小紋か色無地か、とても地味目のおべべで、おぐしもストレートを、巻いておられた。其のまま、妙本寺の、新しい、お屋敷のお座敷にせっていされたであろう、お見合いの席に、移動させてみたら、ぴったりだった。
伊藤玄二郎達は、この番組の改悪によって、私を黙らせることができると思ったらしいが、私は、その意図を含めて、おや、おやと、苦笑いをしてしまった。
そして、確定的に、そのお見合いの席には、養老先生ご夫妻が出席をされていたと、信じる様になったのだ。ああ、ああ、あの嘘つきの奥様のお嬢様を、〇石〇男さんに言わせると、大金を三菱銀行に貯金をしている、数多い神社仏閣の内、お金持ちの程度で、筆頭と言ってもよいだろう、妙本寺へ、輿入れさせるお手伝いをなさったのだった。その出来事の半分は、私が担っているのだけれどと、今の私は、苦笑をしている。
なお、妙本寺のホーム頁を見ると、今の貫主は、早稲田大学卒の方らしくて、年齢もお顔も、私が、今、話している遠藤夫人のお嬢さんの結婚相手ではありません。若夫婦のお父さんが亡くなったので、新しく、お招きされた方の模様です。
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QRコード読み取り自宅からでも納税可能に 全銀協が本格検討
2020年9月21日 7時19分IT・ネット
社会のデジタル化への動きが加速する中、全国銀行協会は、QRコードをスマートフォンなどで読み取って自宅からでも自動車税などの税金を支払うことができる仕組みの検討を本格的に始めました。
地方税の自動車税や固定資産税などを地方自治体に納める際には、多くの場合、銀行の窓口やコンビニなどに納付書を持ち込んで支払いをする必要があります。
この納税の手続きについて全国銀行協会は、QRコードを使ったキャッシュレス決済で納税ができる仕組みの検討を始めました。
自治体が送る納付書に印刷されたQRコードをスマホなどで読み取り、電子決済アプリなどを通じて支払うことができるようにする仕組みを想定しています。
納税者にとっては銀行やコンビニなどに行く手間が省け、銀行や自治体は、紙の納付書を仕分けるための人手やコストなどが削減できるということです。
協会によりますと、交通費や窓口での待ち時間などを金額に換算すると、納付書による税金や公共料金の支払いで、納税者の側には年間2000億円以上のコストがかかっているとしています。
全国銀行協会は「新型コロナウイルスの感染拡大を防止する意味でもデジタル化の対応が求められている。総務省などと調整して早期の導入を目指したい」としています。
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