笑顔でバレー

バレーボールの指導のことについて

平常心

2012-10-24 23:51:15 | Weblog

 塾頭は、1時間話すのに1000時間の準備が必要であるとおっしゃっている。
きょう、ある学校の研修会に招かれて、1時間ほど話す機会をいただいた。きょうの日のために1000時間とまではいかないまでも、かなりの準備を進めてきた。私は、元来人前で話すのにとても緊張し、話せば話すほど心臓の鼓動が早くなり、一気にまくし立てるような話し方になってしまう。短い話しであればそれでも何とか済むのだが、1時間となると相当しんどいことになる。
 自分自身が話しやすいようにいろいろな工夫をし、これならいけるというところまで準備を進めてきたつもりである。そして、本番では、最初こそどきどきと緊張感があったが、次第に自分のペースで話すことができるようになり、ほぼ平常心に近い状態で最後まで話すことができた。そして、終わったときはすでに1時間を越えていた。
 何事も入念な準備が必要ということである。準備を怠ると平常心でいられなくなる。すると焦る、不安になる、何とか切り抜けたいとよけいに自分が自分でいられなくなる。そして、良い結果など得られず、落ち込むことになる。まだまだ、準備不足なところもあり、もっとわかりやすくお話しができたのではないかと反省している。ただ、自分なりの達成感もあったので、今後こういう機会をいただいたときは、反省を活かしていきたい。日々努力。

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2012-10-21 22:31:49 | Weblog

南幌のバレー塾で2日目の冒頭、南幌中男子に向かって人間学の話しにとても納得するところがあった。

「仲良しはいいこと」「目標とするときにそれがプラスになっているか」「けじめがない」「例えば、行動が遅い」
「今の行動は地区予選一回戦の行動と変わらない」
「北海道で一番になるんだったら、そういうところも一番にならなければならない」
「そんなに自分の思い通りになるような甘い世界ではない」

「勝つための努力するということの一番を目指す」
「みんなで力を合わせよう、心を一つにしようという努力の一番を目指さなければならない」
「そういうところがなあなあだと思う」

「大事な話をしているときに自分の意見を言える人になってください」

「行動の切り替えの集中力がほとんどない」
「最小限に食い止める力がない」
「相手がミスをしたときだけ調子がいい」

「表面は仲いいけど、心の中はばらばら」
「目標に向かうために気持ちがバラバラ」
「ここでがんばらなければならないというときに心が一つにならない」
「今、自分はチームの中でコートの中でエースでもない、中心選手でないけども、チームを支えることは中心と思えるようにならないと勝てないと思う」
「そういうところをどう作るかが君らの課題じゃないかな」
「それは、キャプテンだけに頼ったらだめ」
「中学生のキャプテンはチームを引っ張っていくとは違う」
「キャプテンを中心に周りが支える」
「同じ中学生なのになぜキャプテンがチームを引っ張っていくの」
「キャプテンを中心にみんなが支えるチーム作らないといけないと違うのか」
「キャプテン以外の人はチームを支えていますか」
「あなただってチームを支えないといけない」
「僕がいないとチームが困る」「そういう仕事を探す」
「僕の指導しているチームは、まず自分の荷物を片づける」
「みんなが自分で仕事を探す」
「キャプテンの指示がないと動けないようでは勝てるチームが作れるわけがない」

「こういうことを僕は小学生にも要求します」
「なぜかというと、こういう考え方は9才まで学んだらその人のものになる」
「9つのつがつくまでにこういうことを教えたら、その人は自分のものになる」
「だから、小学校のときにも自分の仕事を探すとか、そういう訓練を自分のためにやる」「そうすると大人になってから、みんなからかわいがられる」「みんなに好かれる」

 勝つ努力するをするということがどういうことか、チームを作っていく上でも、一人一人の子どもを育む上でも大切な話しだった。日々努力。

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南幌での学び②

2012-10-19 00:44:55 | Weblog

南幌でのバレー塾で塾頭の話しで心にジーンとなった。

福島県の高校生の話しをした後に

「今まで偉くなった人達、成功した人達はみんなその道を通ってきている」

「中学、高校で人にバカにされて,悔しい思いをして、あほ扱いされて、そこでぐっとがまんした人は世の中、歴史の人物の中で成功した人は、みんなそれを経験している、通ってきた道」

「人をバカにした人で世の中で成功した人は1人もいない」

「自分はバレーがうまい、勉強ができる、運動が得意で、小学、中学、高校でえらくして胸をはって生きている人で大人になって成功している人はいない」

「みんな苦しい思いをして、貧乏したり、人にバカにされたり、 そしてがまんをして、そういう人が歴史的に見ても、成功した道を歩んでいる」

「だから、自分達はどの道を歩むか」

 自分自身も中学、高校では、悔しい思いをたくさんしてきた。だから、なにくその気持ちでがんばってきたし、今でももっと自分を高めたいと思っている。日々努力。

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南幌での学び①

2012-10-18 00:08:46 | Weblog

 先日開かれた南幌でのバレー塾に参加させてもらった。今回参加させてもらって、自分自身が元気と意欲をもらった。そして、これからもっと自分を高めていきたい、子ども達と成長したいと思うようなバレー塾だった。

「勉強するということは、今まで知らないということを新しく知るということ」
 草野塾頭からの冒頭の語りかけである。最初から人間学で子ども達の心に灯をともしているようだった。
続けて
「ちゃんと打つためには足のつま先はどうするんですか」
「ジャンプするときの足の形は」
「ジャンプし終わったときの足の形は」
「スパイク打ったときの右手はどこに置けばいいの」
「左手はどうやって使えばいいの」
「顔はどこを向けばいいの」
「そういうことがバラバラだったら、いくら練習しても悪いクセがつくだけでうまくならない」
 今回バレー塾の重点の一つとしてのスパイクのポイントについて、実技に入る前の問いかけだった。最初に子ども達に語りかけるように問いかけをする。ぐっとこちらまで引き込まれてしまう。

「自然な動きは気持ちがいい」
「周りから見たら美しい」
「未熟な選手ほど強く打ちたい」
「上達した選手ほどやさしく打てる」
「やさしく打てればすぐに強く打てる」
「 強く打つことで自分のできないことをごまかす」
「強く打つということは自分を強く見せたい」
「だから、自分の力をごまかす」
「やさしく打てれば、いくらでも強く打てる」
「人間も一緒、人に対してやさしくできる人は、いざとなったら強い人です」
 ぎこちない動きをどのように正しい動きに導くか。その視点として、美しさややさしさが根底にあることを感じた。

「指導者は、名医でなければならない」
「ここをこうしたらすぐ治る」「ひとことで治る」「見ただけでわかる」
 今回バレー塾に参加して、心に響いた言葉である。まだ駆け出しのペーペーであるが、少しでも近づけるように勉強、勉強である。

「質問しても答えられない」「質問もできない」「それでは、あなたたちは何ですか」
「そういう人はおしゃべりな人です」「小学生でも質問できる人になってください」「こういう教育は小学校の低学年からやるんです」
 質問力、問いかけのできる子ども、自己表現のできる子どもに育てることが教育であることをつくづく痛感させられた。

「余分なところに動くから大事なところに動けない」
 ディグの問いかけのときに言われた大事な視点だと感じた。いわゆるばたばたした感じというのはこういうことがあるからなのかもしれない。

ディグの時の2つのポイント
「スパイクが手に当たったときに、両足をつけていること」「両足をつけているということは、右にも左にもいけるということ」
「自分の手にボールが当たったときは、手を動かさないということ」
 塾頭も言われたが、どの本にも書いていないポイントである。改めて、運動は物理であること、理系であることを感じさせられた。

 まだまだ、学んだことがたくさんある。これからも復習をかねてじっくり整理していきたい。日々努力。

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素直な心

2012-10-09 22:20:56 | Weblog

 先日の練習で、1年生や4年生の入ったばかりの子にうさぎとかめの話しとハリネズミの話しをした。カメさんの心が大切だよ、あきらめずに自分の目指すゴールに向かって、こつこつ努力することが大切だよと話した。1年生の子は、目をキラキラさせながら聞いていた。素直な心の子は、目の輝きが違うなといつも思う。それは、違うチームの子達もそうである。先日のテクニカルキャンプでも、そういうことを感じたことがあった。素直な心にうまいへたもない。うまくなりたい、バレー大好きという気持ちを感じる。そういう子達といっぱいバレーボールをしたいし、どんどん好きになってほしい。そして、私も子どもと一緒にバレーをもっと好きになりたいし、指導の技術を磨きたいと思う。
 今度の13、14日は、南幌町で開かれるバレー塾に参加する。久しぶりに草野先生にもお会いできる。また、南幌中バレー部の人達、顧問の先生、そして参加させる方々の再会が楽しみである。日々努力。

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リフレッシュ

2012-10-08 23:20:57 | Weblog

 昨日、一昨日と5年生以下の大会があった。うちのチームは、残念ながら人数が少なく参加できなかった。しかし、私は大会の運営の仕事があるので、チームがあろうとなかろうと大会には行かなければならない。それはいつも同じ。何事もなく、大会を終えることがでい、ほっとしているところである。そして、選手、ベンチスタッフ、後援会、応援に駆けつけた方、役員の方々などが、気持ちよく過ごすことができることを心がけているつもりである。いつもながら、当たり前のことが当たり前にできることは本当に難しいと感じる。そして、いつもいろいろな方々に助けられ、支えられていることに気づかされる。
 きょうは、一日家のことをゆっくりやりながら、家族と過ごした。リフレッシュして、明日からまたがんばろうと思う。日々努力。

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気づかされる

2012-10-05 21:53:36 | Weblog

 風邪の子や用事のある子などで、きょう練習に参加したのは4人だった。それでも時間いっぱい練習をした。1年、4年、5年、6年と学年も経験年数もばらばらである・おまけにけがをしている子も中にいたので、どういう練習をしようかと思いながらも、ふだんあまりやったこのとない練習を行った。ワクワク体操やモーションバランストレーニング、動物園カメ四股ドリル、ネットプレイやスパイクドリル、フラフープに棒を使ったメニューなどである。あまり、ボールを使う練習は少なく、体の使い方を主に行った。背筋や腹筋、柔軟性のトレーニングでは、高学年ほど苦しそうにやっていた。ボールを使うと、ついレシーブやスパイクなどの練習になりがちである。それで上手にはなっていくだろうが、ずいぶん身についていないことやごまかしているようなプレーも多くなっていないだろうかと思ってしまう。もっと子ども達のことを考えた指導をしていかなければならないのではないかと思った。それに気づけただけでもいい練習だった。日々努力。

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自覚

2012-10-04 22:44:51 | Weblog

 昨日の練習の準備では、子ども達のマイペースさに少々いらだった。ずっと言い続けてきているのに定着していないことに気づかされた。1年生が入り、5、6年生の今までの子達は1年生と一緒にやっている。やっているのはいいことだし、教えているのも大切だが、自分達がやらなければいけないことを忘れている。そもそも開始の時間が遅いのである。いつまでたってもチームとして成長していないことに気づく。そして、子ども達に言っていることが届いてないことに気づく。まだまだ指導者として未熟なんだなと気づく。
 子ども達には、今度はどうするかを考えさせた。一人一人がしっかり役割分担をして動くようになってほしいと思う。そにあたりが、しっかり自覚できていないようなので、もう一度点検し直しである。日々努力。

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家族を大切にする

2012-10-03 23:54:17 | Weblog

  身近にいる人ほど大切にしなければいけないと思っている。特に、妻、子ども、家族を大切にしなければいけないと思う。と、頭では思っていてる。しかし、私は身内ほど自分の甘えから、自己中心的な行動をとってしまう。まだまだ、人間ができていない。家族だから、わかってくれるだろう、少々の甘えは許されるだろう、わかってほしいなどの自分の我を出してしまいがちになっていると反省である。他人を思いやる前にまずは家族を思いやれる人間になることが、これからの自分の生き方にならなければならないと思う。日々努力。

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勉強したら実践

2012-10-02 23:48:55 | Weblog

 塾頭が「質問力」のことをMLで触れられていた。質問力のことを少し考えてみた。技術的なことはさておいて、質問力とは相手が答えやすい、答えたいことを聞くことではないかと思う。自分中心の自分が知りたいことを聞く聞き方ではなく、相手のことを思った聞き方をすることではないかと思う。それは、人とのコミュニケーションをするための大事な要素でもあると思う。
 きょうは、2人のお母さんとお話しをする機会があった。質問力という大げさなことではなく、相手とのどうコミュニケーションをとるか、来て良かった、また来たいと思えるような話をどれだけできるかなどを心がけながら話をさせてもらった。
 自分を高めたいと思っていたとき、本を読むことやいろいろな情報を入力することも大切だが、それだけではなかなか高まらないと思っていた。実践する、行動するにはどうしたらいいのかを考えていた。そんなときに質問力を磨くことが日々の中での自分を高める行動だと思った。勉強したら実践。そして、日々努力。

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