あも&サチアキの交換日記

どうやら交換日記が続いているようです(祝何年目?

バレンタイデーキッス!って地獄の時間がきますぜよ

2022-02-12 | from:sachiaki
そろそろ……ですね。
あのアイドルとして最高に可愛かった国生さゆりさんの
「バレンタイデーキッス」が耐久○時間でかかる季節となりました。
あなたはどのバージョンの「バレンタイデーキッス」がお好きですか?
私はテニプリ版の事故ってるとしか思えない
「バレンタインデーキッス」が好きなsachiakiです。

事故ってるっていうな。
しかしこの曲のメロディーラインの強さには驚かされるばかりです。
昔の曲ってメロディーラインが強くって
演奏はシンプルめで決まったリフのみなんだけど
そのぶん頭にしっかりと刻まれるんですよね。

メロディーの話をしたいだけでなくって
書きたいことがあったはずなのですが
ちょっとまた高校生からメッセージが飛んできて
それに応えないとなのでこの辺にて。

そんじゃまた。モイモイ。
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あの日あの時あの場所でな3.11メモリー

2022-02-12 | from:sachiaki
小田和正さんの爽やかな歌声とは裏腹に
ラブストーリーなんて始まりやしない2011年の3月11日の話です。
現役高校生に聞かれて、そうかこの子たちのとっては
10年前なんてあまりに過去すぎて分からなかったのかもなぁ
なんてことを思ったりしたsachiakiです。

とはいえ、その子が関東に住んでいたり
東北に住んでいたならば、
どんだけ小さい頃だったとしても
なんとなく覚えているってことになるんでしょうけれど
その子は西の果てに住んでらっしゃる方だったので
まったく実感がないというお話なのでした。
そりゃそうだよなぁ。
私だって大雨などで大変だったと聞く熊本地震の話は
いまいちピンとこないというものがありますし。
もっといえば阪神淡路大震災だってすごい話なのに
むしろ同じ年に起きた地下鉄サリン事件の方が衝撃が大きく
ずいぶんと住んでいるエリアによっての危機感の違いというものはあるのだな
なんて思ったりもしました。

とはいえ、ちょっと話の方向性を変えると
やはり地震というものは先達の知恵あってのものも数あり、
天災と呼ばれる類なだけあって、生活や思想が激変する
ってものとは違う気がするんですね。
強いていうなら、備えあれば憂いなしってもので
保存食はちゃんと確認しておこうとか、
避難できる場所はちゃんと把握しておこうとか
そういった意識改革はあるけれど、
普段の生活の日々の考えには影響を及ぼすものではないのだと思います。

それが地下鉄サリン事件では町中にある屋外ゴミ箱が消え
電車内では不審者、不審物に注意という張り紙が至る所にあり、
しばらくは不便な思いをしたり、
公共機関を使うことに恐怖を覚えたりしました。
不審者に関しての事件は昨今の方が多めなので
公共機関を使うのが怖いっていうのは今の方が強いけれど、
ともかく日本でもテロと呼ばれるような狂気をはらむ
恐ろしい事件を起こす集団がいるとあぶり出され
日本が平和ではないということを受け入れられない私たちは
新興宗教は怖いって話にすり替えて怯えるようになったんじゃないかと。
そしてその安心安全に対する過敏さを
どこかヒステリックに覚えた形で
アメリカでの同時多発テロの時には同じようにゴミ箱が消えたし、
東日本大震災では放射物質に怯えたんですよね。
そういえばあの時も「国が数字を隠してる!」なんて
まことしやかに言う人たちがいたものでした。

そんなわけで東日本大震災と呼ばれた震災が
地震というタームで語られるのではなく
むしろ放射性物質という見えない脅威と対峙するという災害であり
それは人々の疑心暗鬼を誘うものなのであったのだよなーと
今も最中な新型コロナ感染症という脅威と向かい合って
思ったりするわけです。

ちなみに例の3月11日はお仕事の打ち合わせへ向かう道すがらで
地下鉄に乗っていた私はそんなに大きな「お!」ってことがなく
むしろ、そのあとの余震だらけの日々に怯えたのでありました。
ちなみに当時は新宿に事務所を構えていたので
通勤はジテツウだったので、帰宅難民にもならず
かなり日常に近い形で過ごすことができたのですが
それでも食材のなくなり方なのに衝撃を受けた覚えがあります。

まだまだ思い出せばツラツラと出てくるメモリーですが
とにもかくにも、3.11以前以後でガラッと空気が変わったのは確かだと思うし、
以降しか知らない人にとっては、
以前の話を語られると「?」ってなるのだろーな
なんてことを思いました。
戦争を知っている、知らないっていうのの違いというほどではないのでしょうが
それなりのジュネレーションはある気がします。

手紙→電話→携帯→インターネット
という通信手段の変化も体験できた層として
若い子たちと話をする時には語れることもあるのかもしれないし、
請われない限りする話でもないな
なんてことを思ったりしたのでした。

まぁ久しぶりに2011年以前のゆったりとしたTwitter界隈の話などできたので
かなり楽しかったかな。

昨日もそこそこ人とやりとりをしたので
お仕事が滞ってしまっているのでこの辺にて。
そんじゃまた。モイモイ。
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