(原題:GOODBYE BAFANA)突っ込みが甘いという印象を受けた。少なくとも同じ南アフリカのアパルトヘイト政策をネタにしたクリス・メンジス監督の「ワールド・アパート」やリチャード・アッテンボロー監督の「遠い夜明け」に比べると、随分と見劣りがする。理由は、登場人物の心理が十分に描けていないからだ。
主人公であるジョセフ・ファインズ扮する看守はネルソン・マンデラが収監されている離島の刑務所に赴任した際、上司に向かって“反政府活動をする黒人など、死刑にしてしまえばいい”といった意味のことを言うほどの人種差別主義者だ。それが当時極秘事項として国家機密にされていた自由憲章を盗み読んだぐらいで、簡単にリベラル派に鞍替えしてしまう、その安易な筋書きが愉快になれない。
映画ではその前段として、主人公が幼い頃に黒人の親友がいて、別れ際に彼から貰ったお守りを今でも大事に持っている・・・・というモチーフが用意されているのだが、正直言って取って付けたようだ。ならば子供時代に黒人少年と心を通じ合わせた彼が、どうして黒人を蔑視するようになったのか(あるいは、そういうポーズを取らざるを得ない状況に追い込まれたのか)、そっちのプロセスをテンション上げて示すべきではなかったのか。
マンデラ自身のキャラクターの練り上げも足りない。デニス・ヘイスバート扮する彼の造型は見た目には立派だが、圧政に立ち向かうために暴力を肯定するという、一種矛盾に満ちた内面の発露は最後まで見られない。ただ“偉い人でした”といった通り一遍の表現しか出来ていないのだ。ネルソン・マンデラ自身が存命しており、いたずらに貶めるような描写は控えようとの暗黙の了解が製作サイドにあったのかもしれないが、いずれにしても物足りない。
わずかに納得したのがダイアン・クルーガー演じる主人公の妻だ。夫の出世と家族の安寧を心から願っている平凡な主婦であり、反面ナイーヴな人種偏見も持ち合わせている。マンデラと関わることで社会問題にも関心は持つが、実のところじっくり向き合うほどの余裕もなく、眼前の雑事をこなすのが精一杯。おそらくは当時の白人層の多くが彼女のようなスタンスで日々過ごしていたのであろう。でも、その彼女にもラスト近くではお決まりの行動を取らせてしまうのだから、作者の平板な姿勢には閉口するしかない。
ビレ・アウグストの演出には特筆できるようなものはない。思えば彼が故国デンマークを離れて撮った映画は数あれど、いずれも及第点には達していない。「愛の風景」などで見せた圧倒的な求心力はどこへ行ってしまったのだろうか。今一度、フランチャイズを北欧に戻して捲土重来を期してもらいたいものだ。