元気のたね

ヘルスフィットネススペシャリストの浅田千鶴です  

時間

2020-06-05 12:59:19 | 身体
日々のスケジュールが元に戻ってきました。
昨日は木曜定番フルコース・・・
午前は福島教室、午後は宗右衛門町教室、そして三味線の稽古場へ。
1日のスケジュールを終えて、お風呂に浸かりながら、しみじみ・・・
幸せやな〜 ありがたいな〜と。
これが当たり前だと思っていたらあきませんね。

時代の中には コロナのような流行病、戦争、災害がなんども繰り返され、そんな中のほんの少しの期間を生きているんだと思います。
必ず厳しいこともありますよね。
お陰さんで元気に生きています。


一昨日、久しぶりに友人とランチをしました。
出不精になっているし、こんな時期だから・・・と少し思いましたが、会おう・・・と思いました。
海外赴任で滅多に会えない友人が、お母さんの危篤のために大変な思いをして帰国しました。
再び出発する前に会いました。

コロナで人は どう動いて、どう変わるか?と言う話をして、
阪神大震災も大変やったね・・・という話から友人が あるお二人の臨床心理士さんのことを話してくれました。


おひとりは女性。
時々、この女性のお話は聞いていて、仕事上のご相談をしようと思っていました。
お子さんが自閉症であったため、自閉症を独学で学んでおられました。
本格的に大学へ行って学びたい〜という思いを持ちながら、営業職と主婦業に忙しくされていました。
そんな中、ご主人が癌を患い、若くして他界。
「したいことがあれば、すればいいよ。大学にも行けばいい・・・」
と、ご主人が生前に言ってくれた言葉に動かされ、大学進学。
現在、臨床心理士としてご活躍。
子育てをし、家事をし、営業職も続け、眠る間も無くがむしゃらだったと義理の弟=友人に、お姉ちゃんは話してくれるそうです。


もうおひとりは男性。お姉ちゃんのお仕事仲間。
この人は 今から約30年前、新聞記者として四国に赴任していたそうです。
その頃、新婚で奥さんが妊娠されていました。
もともと神戸に家があり、奥さんは神戸が好きなので、時々帰ってきていたそうです。
その時、あの震災が起こりました。
奥さんと連絡が取れず、交通手段もなく四国から何日も歩いて神戸に辿りつきましたが、奥さんの姿は見つかりませんでした。
奥さんの実家のお父さんから「お前が娘を一人で神戸に帰したから、こんなことになったんや!」と罵倒されたそうです。
そして「娘の命を奪ったんだから、人に役立つように生きろ!」と。
それと同時に、新聞社から「この経験を記事にしろ」と。
堪らなくなり、新聞社を辞め、その後、臨床心理士の道に進まれたそうです。


人の命によって、人は生かされ、とんでもない力を奮い立たせる。
人の持っている力は いかほどか・・・。


何をしておるんだ!? しっかりせんかい!
と、時々この誠実な方々を忘れず、思い出そうと、記載しました。

コロナ自粛後の忘れられない親友との時間でした。
日々の時間を大切に進んで行きます。

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