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「わたくしどもは。」(2023年 日本映画)

2024年07月03日 | 映画の感想・批評
 第36回東京国際映画祭コンペティション部門に正式出品された作品である。富名哲也監督はこの作品が長編第二作目。佐渡島に眠る無宿人の墓からインスピレーションを得て、オリジナル脚本を書いたと言う。
 舞台となった佐渡島は日本海の中で最大の島である。724年以来流刑の地と定められ、1221年の承久の乱にさいしては順徳上皇の、1271年には日蓮の、1434年には世阿弥の配所としても知られている。劇中に能の場面があるが、伝統芸能の盛んな地でもある。もっとも能を広めたのは世阿弥ではなく、江戸時代に入ってからの話である。金山は今、世界文化遺産登録を目指している。鉱山の坑道を一本の線につなぐと約400km。佐渡島から東京くらいまでの道程になると言う。独自の歴史を持つこの島を舞台にしたことが、作品の魅力となっている。
 冒頭、白いワンピースを着た女性が横たわっている。記憶がなく自分の名前すらわからない。鉱山で清掃の仕事をするキイ(大竹しのぶ)が彼女を発見し、自宅に連れ帰る。女性はキイと暮らす少女達にミドリ(小松菜奈)と名付けられ、キイと一緒に清掃の仕事をすることになる。ある日、ミドリは猫に導かれ構内で暮らす男性と出会う。彼もまた記憶も名前も失っていた。ミドリにアオ(松田龍平)と名付けられ、二人は何かに導かれるように一緒に過ごすようになる。そんなミドリの前にアオとの親密さを漂わせるムラサキ(石橋静河)が現れ、ミドリは心を乱される。
 ミドリが発する「わたくし」という日本語の響きが耳に心地よい。アオのアンニュイな表情が謎を深めていく。時代も状況設定もわからないまま強度のある映像を観続けていくと、次第にこの世ならぬ所へ導かれていくような感覚に陥る。館長(田中泯)の「四十九日」の言葉や、自死しようとしている少年(片岡千之助)に「こっちの世界に来てはいけない」とアオが叫ぶ様子から、徐々に状況が明らかになっていく。現世で一緒になれなかったミドリとアオの、この世とあの世のはざまでのつかの間の逢瀬だったと考えると、ラストシーンの互いを探し求めるような手のアップが、切なく迫ってくる。
 俳優陣が各々に佐渡の風景の中に嵌っている。ミドリ、アオ、ムラサキ……と色の名前がついているが役柄と色のイメージがうまく重なり合っている。
 アート作品と言えるだろう。名前も記憶も無くした時、人間を人間たらしめるものは何だろうという気持ちが湧いてくる。そして改めて、自分を自分たらしめているものは何かという思いが静かに沸き上がってくる。(春雷)

監督・脚本:富名哲也
撮影:宮津将
出演:小松菜奈、松田龍平、片岡千之助、石橋静河、内田也哉子、森山開次、辰巳満次郎、田中泯、大竹しのぶ


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