クラブ・マナーズニュース

マナーズを巣立たれたみなさま、縁者のみなさまとつながっていたい!そんな私が月3回「0」の付く日にブログをアップします!

「気づく」ということ

2022年06月20日 | その他

 今朝、テレビを観ていて大笑いしたことがありました
いつもと何ら変わることなく、朝ごはんを主人と一緒に食べながら、NHKの朝のニュースを観ていた時のことです。主人がお馴染みの気象予報士のオネエサンが出てくると・・・
 「おっ髪、切りはったんやな。」と言ったのです。
 いやいや、びっくりです。私が美容室に行き、同じショートとは言え、かなりスタイルが変わっても、髪の色が奇抜になっても、ほとんど気の付かない主人なのに、気象予報士のオネエサンのカットには気づくんだあ ほんと、笑えました。実際、オネエサンには、それほどの大きな変化はなかったのですよ。妻や夫は空気のようだ、と昔から言いますが、まさにそうなんだなあと実感する出来事でした

 まあね、これは夫婦間での話なので「笑い話」で済むのです。
でも、これが夫婦ではなく、父と子、母と子、であれば、ちょっと悲しい・・・いえいえ、髪形のことを言っているのではありませんよ。子どもの変化、異変に「気づかない、気づけない」ということ。それは、大問題に発展する「小さな変化を見落とす」ということであったり、子どもの何らかの「異変をキャッチできない」ということであったり・・・
 いずれにしても、気づいていさえすれば、注意深く「見守ったり」、ちょっとした「声をかけたり」と、子どもの心に触れることができるのですよね

 日々の日常生活は、様々なルーティンの連続です。そこに、何らかの「違和感」「変化」「異変」をキャッチするのはたやすいことではありません
 それに、お仕事でトラブルを抱えていたり、大きなプロジェクトに気持ちがいっていたり、何かの特別があったとしたら、日常のルーティンはルーティン以外の何物でもない。
 でもね、どうぞどうぞ、このことを今一度、心に留めていただけませんか?
「今日の我が子は、もう二度とない」ということを。子どもは毎日、親から巣立つ日にむかって静かに一歩一歩、歩いている、ということを。
 他愛ないと思っている子どもとの食事の時間も、じつは、本当に尊い親子の時間なのです どうぞ、そのことを時々、思い出してくださいね

 

 

 

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考えてしまいました・・・

2022年05月30日 | その他

 昨日のことです。
お昼時に、娘の家の近くの中国料理のレストランに行きました 近所では人気のお店らしく、ほぼ満席で、ほとんどのテーブルが家族づれ。その中で私の目を引いたのが「紺色の装いの家族」でした。
 いかにも「お教室」帰りと思しき装いの親子と、おじいちゃま、おばあちゃま、そして、2歳くらいの子どもでした。私達が入店した頃には、すでにその家族はかなりお食事を終えられているご様子で、テーブルの上にはチャーハンとデザート類。
 私は外出中、仕事がら、紺の装いの親子や家族には目が行き、すぐにあれこれと勝手に評価をしてしまうのが悪い癖なのですが・・・目が行ってしまうので、仕方がありません 主人はすぐに私の視線に気が付き、「違うテーブルだったら落ち着いたのにねえ」と苦笑い。

 とっても「ステキなご家族」だったのですよ。確かに紺の装いがとても板につき、というか「いかにも」というご家庭でね。おじいちゃま、おばあちゃまも協力的で、お教室の後の疲れを労うランチだったのでしょうね。
 ところが、です
私がすっかり呆気にとられ、目を疑ったのは・・・子どもの様子でした。
小さい子達が食事のテーブルについていると、子どもが泣いたり、時には叫んだり、ごそごそしたりして、お隣のテーブルの方に迷惑をかけたり、他のお客様達に不愉快な思いをさせることがあります。そういう時は、大抵が年少の方の子が問題児、となります
 でもね、昨日はそうではなく、2歳くらいのベビーチェアに座った子どもはお利口ちゃんに座り、にこにことして、静かに子ども用フォークでデザートを食べていました。ところが、幼稚園の十分に年長児に見える紺色ルックの女の子のほうが、テーブルの下に入ったり、お隣のテーブルとの境にある螺鈿細工の立派な屏風に登ったり・・・要するに、座っていないのです。
 ここまでお読みになれば、小学校低学年のパパママ達は、心の中で思われるかもしれませんね。「きっと、その子はお教室で疲れていたのですよ・・・その程度は、許してあげても良いんじゃないですか・・・」とね。
 もちろん、私だってある程度はそういう気持ちになります 日曜日にクラスを実施する多くの教室は、授業の時間も2時間やそれ以上ということだってあります。それに、その子は「キュロットスカート」を履いていたので、運動の時間もあったのでしょうね。だから、疲れていた・・・わかりますよ
 それでもね、受験をしようとしているご家庭ならば、ご家族としての「矜持」はあるでしょう?満席のレストランであれば、当然人の目もあるし、ご自分達が「紺色家族」という装いで、人一倍目を引くという認識もあるはず。
 けれど、ママはおじいちゃま、おばあちゃまとのおしゃべりに夢中で、パパはスマホを眺めながらの食事。
 さすがに「危険を察知した(屏風のほうの危険を心配されたのかも)」お店の方が、屏風に登る女の子に声をかけに来られました。パパはスマホを止め、頭を下げる。それでも、パパは女の子に「ごめんなさい」を促すこともなく、またスマホに
 下の子のほうがデザートを食べ終わったことを確認したママは、パパに何やら「~~~~」。すると、パパは立っている娘の口に、スプーンでチャーハンを運ぶ、運ぶ、運ぶ・・・女の子は、テーブルの周りを歩き回り、パパの横に立っては口を開ける・・・

 学校側は、こういう志願者家族の普段の様子は残念ながら見ることは出来ません パパやママの意識も、短い時間の面接では、なかなか見極めることは難しいものです。

 とっても美味しいお料理でした 是非また、行ってみたいねと主人とも話し、お味とサービス、雰囲気には大満足のランチでしたが、私にとっては「考えさせられる時間」でした

 

 

 

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新時代の育児、オモシロ話

2022年05月20日 | その他

 孫が生まれて、そろそろ3週間を迎えます。
娘の退院後、私は「押しつけ」にならないようにと気を遣いながら、ほぼ毎日、娘の家に通っています。娘と言えど、独立した家庭の人ですからね。「私はこうした」と母風を吹かせて手伝うのは違うよな・・・と感じているのです。それぞれの家庭には「ペース」「ルール」というものがありますからね

 娘の育児を見ていると、勉強になること、時代が変わったこと等々、いろいろと学ぶことは少なくありません 何事も楽しめる私です。助けを求められれば、「私はこんな風にしたよ」と伝えながら、新時代の子育てを興味津々で眺めます。
 退院以降、娘の家で手伝いをしながら、少しゆっくりできる時間には、いろいろな話をたくさんするのですが、初っ端にあった面白い話があるので、ご紹介しますね

 娘はお婿ちゃんと何でも話し合い、育児のあれこれを決めています。沐浴のことも、ミルクのことも、まさに「すべてのこと」です 私の頃は、育児は基本的には「母の役目」でしたからね。そして、私などは、その母の役目を「母の特権」と受け止めていたものです そう、特権だからこそ、多少、大変に感じても、嬉々としてやれた
 そういう話題で話していた時、私はこんな言葉を使いました。『・・・・父親の育児参加・・・』と。すると 娘は、すぐさまその私の言葉にヒットしたのです私は???の状態でねえ・・・ 
 娘曰く「ちょっと待って!父親の育児参加、って、おかしくない?参加ってっさあ、本来ならば自分の義務や責任ではないけれど、やってあげるよー、やってみるよー、って感じの意味だよねえ、違うかなあ
 いやいや・・・私はその早い反応、ちょっとコワ~イ感じの勢いにたじたじ その後は、娘の「そういう言葉自体がおかしいよね」という話となったのでした。

 なるほどね・・・私には、考えもつかなかったことなので、すっかり娘の剣幕?!に驚き、意見に聞き入り、うんうん、と納得したのでした

 今の時代は、多くの女性が産休をとって出産、しばらくの育児に携わるものの、ほとんどが「社会人」としての立場に復帰します。そういう意味では、母親は、妊娠、出産はしたものの、夫と同じ社会人の顔を持っている・・・むしろ、妊娠、出産という大事業を成すわけ、ですね
 第2子である娘が小学校に入るまで、専業主婦、専業ママだった私には、娘の言葉は新鮮であり、驚愕であり、気づき、学びでもありました。
 さてさて、娘はこれから、どんな育児をし、どんな母になっていくのでしょうか・・・私は興味津々です

 

 

 

 

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おばあちゃんになりました!

2022年05月10日 | その他

 5月1日に「おばあちゃん」になりました
娘に男の子が誕生。5日にはすでに退院し、母子ともに元気に過ごしています 

 私は日頃から「教室の生徒さん」という、とっても身近で、とっても大切に思う子ども達と接しているでしょう?決して恩を売るような気持ちではないのですよ。でも、本当に生徒達はかわいいし、大事なのです。なので、娘のところに子どもが生まれます、と話すと、友人知人の多くは「孫はかわいいわよ~」と言ってくれるものの、あまり「ワクワク的な」感情が先行する、ということはありませんでした
 でも、実際に生まれてみると、確かにかわいいです 淡々と自己分析をする必要もないのですが、笑、きっとそれは「我が子の様々な瞬間」と重なるから・・・なのかもしれない、と思っています
 コロナ禍の今は、入院中は娘にも赤ちゃんにも会えませんでしたが、今はスマホの動画が送られてきて、タイムリーにいろいろ見られる時代です。生まれてすぐの様子の動画を見て、「まあ、娘が生まれた時と、本当によく似てるわ~・・・」と思うと、単なるかわいいという感情とはちょっと違った思いが生まれる きっと、そういうことなのでしょうね。

 すでにみなさまご承知の通り、私は教室では必要性を感じると、子ども達相手に非常にストレートな表現もします。厳しきも諭したり、叱ったりします。そんな中に、おじいちゃま、おばあちゃま絡みのエピソードがたくさんあります。例えばそれはこんなこと・・・
 活発なAちゃん。活発は良いのですが、時としてそれが「落ち着きのなさ」になったり「物事を雑にしてしまう」というような行動につながります。私はその度が過ぎた時には必ず、諭したり、叱ったり。そんな私の言葉を聞くと、よくAちゃんは私に言いました。
 「ねえ、まどか先生、うちのバアバにも叱られるよ。あなたは雑だって。でもね、バアバは叱ったあとで言ってくれんの。あなたは雑で困ったさんだけど、でもバアバはあなたを大好きよ~~~、って、フフフ
 そんな時、私は困ったもんだなあ、と閉口し、言ったものです。
 「Aちゃんさあ、あなたのおばあちゃま、叱る時にはちゃんと叱って欲しいものよね・・・世の中のおじいちゃん、おばあちゃんはね、誰だってみーんな孫が大好きなのよ。孫がどんなにいけない子でも、ジイジやバアバは孫が好きなの。あなたがジイジやバアバに嫌われたらオ・シ・マ・イ
 はっはっは、今は、このAちゃんのバアバのお気持ちが少しわかる気がします
まあでも、やっぱり、私は相手が孫でも、叱る時はピシリと叱り、諭す時には言葉を選び、孫がしっかりと理解できるように諭したいと思います

 新生児の育児も、時代によって大きく違ってくるもの、だと思います。それは、昭和30年代生まれの私が母達に育てられた時代と、その私が「育てる側になった時」でも同じでした。私の母達は、私達がした昭和60年代、1980年代の育児を見て、「えっ?!?!」「ほー!!!!」と思ったものです。
 その私が、令和の子育てを見て、またまた「えっ?!?!」「ほー!!!!」と思うのです 
 でもね、昭和一けた生まれの私の親達だって立派な大人になっていたし、戦後の高度経済成長時代に育った私達、その子ども達だって大人に問題なく大人になっている・・・であるならば、育児の方法に進化や変化があったとしても、結局、それほど「大きな差を生むものではない」ということなのではないのかな?なーんてね。
 どんな沐浴の仕方をしても、どんなオムツを使っても、どんな赤ちゃんの寝方をさせても、愛情をいっぱいに受けた子ども達は、みーんな幸せに育っていく・・・
 幸いと言うのでしょうか、娘は全く心配性でも神経質でもなく、退院後の4日間、大らかな子育てをしている様子です。神経質すぎる子育てをしていくと、結果的に自分で自分の首を絞めることになりますからね。最低限の守るべきことを守り、愛情を注いで、生来の子どもの生きる力を信じて、どっしりと構えられるお母さんになってもらいたいな・・・と、おばあちゃんは考えています

 

 

 

 

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おばあさんの甘やかし?!

2022年04月20日 | その他

 娘の出産予定まで、あと2週間となりました
3月末近くまで仕事をしていたこともあり、昔のような「妊婦生活」を感じさせられることもなく、ここまであっという間だったように思います
 私の母は「仕事大好き人」でした。家業に携わっていたからこそ、自由にならない、自由に、好き勝手はしない、という自負心のようなものが大きかったのでしょうね。そういう母の偉さを十分に私も認識し、そういう母の姿を誇りにも思っていたので、帰省出産の私にとっては、すでに自分の家ではなくなっていた実家での臨月生活は、かえって大変でした
 そんなちょっぴり苦い思い出があるので、何とか私は「娘にはそういう思いをさせたくない」という気持ちがあり、出来る限り娘からのニーズがあれば、それに応えてやるようにしています

 娘の定期健診の帰り、私達は我が家の近所のパン屋さんに立ち寄りました 有名なお店で、いつも店内は混雑。お客なのだから、ゆっくりと選べば良いのですが、狭い店内を思えば、あまりあれこれ悩まずに、私は毎回、インスピレーション?ひらめき!で買うことにしています。
 さすがに血のつながった娘です。同じようなことを思ったらしく、大きなおなかでもありますし、ササっと数種類のパンを選び、レジの前に並びました。

 そんな時、後ろで小さな子どもの声が聞こえました。まだ「言葉」にはならない、そんな年齢の子どもです。彼女は母親と祖母と一緒のようでした。
 お母さんの声、「ダメ、さわっちゃ
すると、おばあちゃん、「仕方ないわよ、小さいんだもの」その声に続いて、お母さんの声「これを持って、これでだったらさわっても良いわよ(と言って、トングを子どもに渡したようです・・・)」
 でもね、また言葉にもならない声を発しているその子は小さく、トングを持てる大きさの手ではないでしょう むしろ、トングなんて渡したら、今度はそれを落としてしまわないか?と私は内心、ハラハラ・・・もちろん、私は見えているわけでも、その様子を凝視しているわけではないのですよ。ただ、一部始終が聞こえてくるので、そんな様子を容易に想像できたわけです。
 すると、今度はまたおばあちゃんの声「そうそう、上手上手パンさん、パンさん、トントン
 さすがに「???」と思い、思わず小さく振り返り、3人の様子を見てしまいました

 ちょっとおばあさん、何が上手なんですか
あなたの孫は、売り物のパンを、小さな手に持たされたトングで、トントンと叩いているんですよ何か、誉められることをやっているわけではありません。誉めるなんてとんでもない、やってはいけないことを、しているのです。おばあちゃん、あなたはわかっているのですか 

 孫はかわいい、と言いますよね 私の両親も、2人の孫を、本当にかわいがってくれました。私の父なんて、それまで1度も見たこともないような満面の笑顔で、猫なで声を出して、不器用にではありましたが、私の娘と遊んでいました。厳しかった父とは、私はおもちゃで遊んだ記憶もないというのに、はっはっは
 しかし、かわいい孫だからと言って、何でもかんでも許して良い、ということではないはず、です。子どもは「社会人の卵」です。幼い、無垢な幼い子どもだからこそ、日々の家族との暮らしの中で、様々なことを学び、物事の善悪を自然に会得していくもの。

 あと2週間で「おばあちゃん」になる私ですが、おばあちゃんになっても、私は息子や娘を育てた時の道徳や社会のマナーにはすこぶる厳しいおばあちゃんでいたいです まどか先生が、教室で教え子ちゃん達に、ピシリと間違いを正すように、孫にも接したいです

 あの子・・・きっと、次にパン屋さんに行った時には、おばあちゃんとの時間で「学習したこと」から、間違いなくトングを持ちたがり、誉めてもらった通り、今度もパンをトントンするのだと思います・・・間違った学習をも、まっすぐに習得してしまう幼い子ども。世の中の甘やかしが過ぎる祖父母は、そのことを学習しなければなりませんよね・・・

 

 

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「人」を思って・・・

2022年03月30日 | その他

 キエフ、マリウポリ、ハリコフ、リビウ・・・ どれだけの日本人が、こういう地名を知っていたでしょう。「チキンキエフ」は美味しいですね。でも、私は「ロシア料理」だと思っていました マリウポリは、辛うじて昨年に調べて、知った地名です。ここ2年間、私がすっかりハマってしまっている「オスマン帝国外伝」というトルコのテレビドラマシリーズ。オスマントルコが最も栄えた時代の話ですが、そこに登場するのスレイマン一世のお后「ヒュッレム(ヨーロッパでは、ロクセナーナ、という名前で呼ばれているそうですが)」の出身地がウクライナで、そのヒュッレムを記念して「マリウポリ」に壮麗なモスクがある、ということを知ったばかりでした。
 首都でもない地方都市「広島」や「長崎」が、世界中の多くの人が「聞いたことのある日本の都市名」として記憶に残っているのも戦争のせいです。まさに、マリウポリやハリコフもそうですね・・・
 今年の冬は雪が多い コロナの第6波が治まらない とニュースで毎日流れていた日々から一転。わずか1か月で、すっかり変わり果てたウクライナの町々、人々の惨状が映像で流れます。

 ロシア国内では私達が見ているような映像は流れないとのこと。でも、日本に住むロシアの人達は、毎日私達と同じ映像、報道を観ているのですよね。彼らは、どんな思いでこの現状を受け止めているのでしょう。ふっとそんなことを考えることがあります・・・
 残念ながら、私にはウクライナ人の友人も知人も、一人もいません。でも、わずかですが、ロシア人の知人は数人います。その中の一人、「モイセイキン」というジュエリーブランドの社長さん。大変勉強家で、日本語の覚えては、来日のたびに一生懸命話してくれていました。いつも一緒にいる相手のことを考える、大変真面目な笑顔のステキな方でした。けれど、きっと今までのように簡単には会えなくはなるのでしょうね

 内戦であれ、どういう意味のある戦争であれ、悲惨な目に遭うのは「人」です。〇〇人、ということではなく、日々、一生懸命に生きている「人」が、怖ろしい思い、辛い思い、苦しい思い、悲しい思いをするのは、本当に本当に悲しいことです・・・

 今回のことを、幼い子ども達に「正確に」説明することは不可能のように思います。ただ、「人を悲しませてはいけない」「人を泣かせるようなことをしてはいけない」と教えることは出来ますよね

 一日も早く、この悲惨な状況が収束することを祈りたいです 祈りは、きっと見えないパワーになって届くもの。一緒に祈りましょう

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ご卒業、修業、おめでとうございます!

2022年03月20日 | その他

 「暑さ寒さも彼岸まで」という通り、このお彼岸の三連休が終わると、一気に春がやってきそうですね。靖国神社のソメイヨシノの標準木も今日は「開花」となる見込み
 3学期を終えたみなさん、ご卒業を迎えたみなさん、本当におめでとうございます

 昨日、無事に小学校を卒業されたマナーズの卒業生とお目にかかりました。
どのお子さんともそれぞれ、様々な思い出があります。マナーズを巣立っていかれた年次は覚えきれませんが、一人一人のお子様との時間は、忘れられるものではありません。どれもこれも、私の宝物です
 昨日お目にかかったH君。私の身長を抜いていく勢いで、立派に成長された姿は本当に眩しく、大感激でした。
 7年も経てばもう時効でしょうから、ちょっと披露させていただきますが 年中クラスに入ったばかりのH君は、なかなかすんなりとママ離れが出来ず、毎回、大泣きでした みなさんもご存知の通り、お子さんが大泣きをするからと言って、私はビビるわけもなく、笑。そして、H君の場合、私が心強かったのは、H君ママが、我が子の大泣きする様子を「心配して悲しまれる」のではなく、「嫌だわあ、家では元気者なのに」と、大らかにその様子を落ち着いて受け止め、私に任せてくださっていたことでした
 私は毎回、入口の近くに椅子を持って行き、靴を履いたままで大泣きをするH君に「泣いていて良いよ。ここは、泣く人のお席だからね。泣くのに疲れたり、気がすめば、入っていらっしゃいね」と言い、毎回、他の子ども達とクラスを始めます。3週目になると、泣く時間が短くなりました。そして、私と他の子ども達が楽しそうにアナウンサーごっこをしていると、チラッ、チラッと私を見て、「ボクは〇〇だよ。」などと言い始めました。
 私は、だんだん、椅子の位置を入口から遠いところに持って行き(入っていらっしゃい!と声をかけると、それは拒否をして、また泣き始めるので)、30分ほどかけて通常の席の位置に移動させます
 一旦、他の子ども達と同じところに座り、カリキュラムの中に入ってしまうと、まるで何ごともなかったかのように普通に過ごせるのですよね、フフフ。子どもって、本当に面白いです でも、また次の週になると、大泣き 私はママに「これはお決まりの儀式ですから、気になさらず」とお声をかけ、ママも苦笑いで応じてくださいました。
 正直、私はH君ママをえらいなあ・・・と思ったものです。苦笑いで「では、よろしくお願いします」とドアを閉められた後も、本当は我が子の泣き声を聞きながら、ママご自身が泣きたい思いでその場を離れられたはず・・・ご心配だったでしょうし、ただただ、そういう状況はお辛かったはずですからね まさに、こういう時、親としての懐の深さ?親としての根性?が試されますねえ・・・

 その次の週、お決まりの儀式が始まった時、私はふっと思い立ち、大泣きするH君の様子を携帯電話の動画で撮りました。お構いなしに大泣きするH君。
 私はそんな泣いているH君に声をかけました。「ねえねえH君、ちょっと、自分の泣いている姿を見てみない?先生さあ、携帯電話のビデオで撮ってみたから。ねっ、見てみてよ、どんなふうに泣いているか
 H君は、泣くのを止め、「見てみる・・・」と言いました。私が再生を始めると・・・みるみるうちに、H君の表情が歪み・・・そして、固い表情になり、次にはふくれっ面になったのです。
 私自身、彼の心の中にどんな変化が起こったのか、興味津々でした。
 「どうしたの?何で怖い顔をしてるの?」とたずねると、「ぼく、こんなふうに泣いてるの?」と小声で聞いてきました。なので、私は「そうよ、いつもいつもこんな風に泣いてるのよ。自分の泣いているのを見るのって、初めてでしょう?どう?カッコいい?」と、ちょっと意地悪にたずねてみると・・・もっともっとふくれっ面になり「かっこ悪い」とひと言。
 その次の週から、彼は泣くのを止め、ママにバイバイをして、他の子ども達と同様、笑顔で私に挨拶をして、好みの席につくようになりました

 そのH君、土曜日に無事に小学校を卒業し、春からは中学に進学します 小学校入学前から一生懸命に続けているスポーツに打ち込み、彼は学業にも真っすぐに向かっている様子です。
 ほぼ私と同じ身長になり、眩しく成長した姿に「泣いていた姿」を重ねた私。愛しくて、愛しくて 別れ際、さすがにハグは無理だよな、と思い、固く握手をして、別れました。

 思うような1年を送れた子ども達も、自分の思い描いたような理想的な1年を過ごせなかった子ども達も、春からの新しい一年を思い、充実した春休みを過ごして欲しいな、と思います

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お節介か?親切か?

2022年01月30日 | その他

 唐突ですが・・・ 私の住むマンションは、オートロックのマンションです なので、自分が出かける時、自宅のカギをかける必要がなく「いってきまーす!」と外出をし、帰宅した時には自分で鍵を開けなければならない状況だった場合・・・鍵を手元に持っていることが必須です
 要するに、自分の鍵で施錠せずに出かけ、鍵を持っていなかったら、家を(マンションの玄関を)開けてくれる人が中にいなければ、マンションの中にも、自分の家にも入れない・・・ まっ、こんなに詳しく書かなくても、多くのマンション住まいの方はニマニマと「わかってるよ~」とおっしゃることでしょう。でもね、今日のお話は「私が鍵を忘れて、家に入れなかった」という話題ではありません
 つい先日、こんなことがありました。
私が帰宅すると、マンションの玄関の踊り場のところに女性が立っていました。戸数の少ないマンションではありますが、なかなか住人の方すべてを把握するということは難しく・・・私は、その方が住人なのか、はたまたどこかのお宅を訪ねられるお客様なのか、わかりませんでした。
 私が「こんにちは」と挨拶をして、鍵をバッグから出していると、「すみません、私、鍵を持って出るのを忘れて、中に入れないのです 一緒に中まで入って良いですか?」と声をかけられました。
 私は「はいもちろんです」と応じ、一緒にマンションのロビースペースに入りました。でもね、彼女はそこまでは入れても、鍵がない限り、ご自分の家には入れない 
 それに、古いマンションなので、ロビースペースには暖房は入っていなくて、凍えるほど寒いのです 私は、頭の中でクルクルと考えました。「私の家にお誘いをすべきか?それとも、何か他に・・・?」でもー、即座には良い方法は思い当たらず・・・やっとこう言いました。
 「ここはとっても寒いですよ」と。何だか、空虚な意味のない言葉が、ロビースペースに響きました 私は自分が情けなく、上手に言えませんが、何だか恥ずかしく・・・
 すると、その方はすぐに「いえ、大丈夫ですもう、すぐに帰ってくる頃ですから。ありがとうございます」とおっしゃいました。
 私は、そうですか?本当に大丈夫ですか?と、またまたバカみたいな言葉を発し、会釈をして、エレベーターに乗りました。私は、鍵で自分の家の玄関ドアを開け、中に入り、うがいをして、手を洗いながら思いました。「あそこは寒い・・・たとえ5分であろうと、10分であろうと、あそこのソファに座っているだけで体は冷え切ってしまうよな・・・」着替えをしながらも考えました。「そうだ、大きめのひざ掛けを持って行こう。名乗ったりしたら、向こうだって名乗らないといけなくなるから、ひざ掛けを紙袋に入れて、部屋番号だけを書いたカードを手に持って、紙袋を手渡す時に、そのカードを見せながら『使い終わられたら、この部屋の玄関に掛けておいてください!』って言えば良いよね
 とても名案に思えました。
そして、私はクローゼットを開けて大きめのひざ掛けを引っぱり出し、大きめの紙袋を探し、カード状のメモに部屋番号を大きく書いて・・・マスクをして、エレベーターに乗りました。その方と別れてから、10分強の時間が経過していました。

 ロビースペースに着くと、さっきの女性はもういませんでした。
本当に、すぐにご家族が帰ってこられたのでしょうね 本当に良かった~と思いました。ロビースペースでの時間は10分弱?だったかもしれませんが、私がマンションの玄関に着くまで、あの人は30分以上待っていらしたかもしれませんものね。私がマンションに帰ったのは、管理人さんの就業時間が過ぎて、ちょうど30分だったので。
 私は、本当に安心して、家に戻りました でもね、家に帰った後、クローゼットにひざ掛けを片付けながら、あらためて考えました・・・「ご家族がすぐに帰っていらして良かった そして、このひざ掛けを使う必要がなくて良かった、のかも・・・こういうことって、親切なのか、お節介なのか、私にはわからないな・・・」と。
 お節介と親切は、紙一重、な気がします。
とは言え、歳をとってきた私は、あまりいろいろと深読みをし過ぎずに、人に対して「こうしよう、こうしてあげよう」と思った時には、きちんと言葉を尽くして自分の思いを話し、実行に移そう、実行しよう、と思っています お節介に受け取られた時には、要らぬオバサンのお節介でした、と心から詫びれば良いのだから、と。それでも、やっぱり、考えますね・・・

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負けないで、楽しくがんばりましょう!

2022年01月20日 | その他

 年明けからすでに20日 ほんと、1月、2月、3月はあっという間に過ぎていきますよね。この時期になって、感染力の強いオミクロン株のせいで、コロナ患者が急増してきています。重症化はしない、とのことですが、なかなか安心して毎日を過ごせる日はやってきませんねえ
 でも、しっかりとした感染対策の上、気持ちだけは前向き、ハッピーに過ごしましょう。毎日の暗いニュースに負けないで、楽しくがんばりましょうね

 10日のクラブマナーズ・ニュースには、厚かましくも「今日は私の64歳のお誕生日です!」と高らかに書いてしまいましたので、みなさまからお祝いのメールやカードを頂戴しました。とってもとってもうれしかったです。本当にありがとうございました
 歳をとることが嫌ではない私。人は努力をすれば、毎日毎日進化していける!と信じているので、どんなに歳をとっても「死ぬ日が一番私の賢くなっている日」と考えています
 まあね、顔にはシミやシワが増え、まるで通販のファンデーションのCMに出られるような状態にはなっていますが・・・それは仕方のない事 精々「くそババア」と呼ばれてしまうような醜態をさらさず、一応、身なりだけはきちんとして、オシャレなおばあさんとなっていくように心がけます

 かねてより「実家の片付け」を話題にしていました。大変だあ、という愚痴も聞いていただきましたが、やっと1週間前、家を「空っぽ」にしてきました。最後の最後まで、なかなか大変で、日頃は「疲れたあ・・・」と言わない私も、心身ともに疲労困憊。13日に帰京した時には、主人に大真面目に労ってもらい、泣けました まさにこれから歳を重ねていく私です。真剣に「次の代の人のために、物はためない、残さない、一定の時間が経過したら処分すること、の大切さを痛感したものです
 自分のものならば「断捨離~~~~」と宣言して捨てられますが、なかなか父のもの、母のものを同じ気分では捨てられないものですからね。いえいえ、もちろん、捨てましたよ、「ありがとう」と声をかけたり、手を合わせたりして。でも、そういう辛い気分を我が子には味わわせたくないものだ、と心から思いました。
 家具も様々な方法で処分をし、桐たんす一棹と、どうしても持ち帰らなければならないものだけを引っ越し屋さんにお願いしました。私の部屋に桐たんすのスペースを確保し、今は毎日、少しずつ運んでもらった段ボールを開けては最終的な片づけをしています これがすっかり片付き、私のイメージしている新生「すっきり片付いた私の部屋」になるまでは、まだまだ時間がかかりそうですが、引き続きがんばりまーす

 今日は、最後にみなさまに一つご報告。
あと数か月で、まどか先生は「おばあちゃん」になります。娘も安定期に入り、GW頃に出産の予定です。男の子だそうですよ。妊娠にこぎつけるまで、なかなか大変な思いをした娘でしたので、このご報告は急がず、敢えてこのタイミングにいたしました。
 まさに今どきの妊婦さんで、もちろん産休に入るまではいつも通りに仕事をしています。私が出産した頃とは、本当にいろいろなことが変わってきているのだと実感します
 ママ友達の多くは、すでにほとんどが「おばあちゃま」になっていらっしゃるので、きっと彼女達も事あるごとに驚いたり、感心したりしていたのでしょうね

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本年もよろしくお願いいたします

2022年01月10日 | その他

 2022年は穏やかに明けました
年明けから1週間で、首都圏は想定外の大雪で面喰いましたねえ
6日の午後、リビングの窓から外をながめていると、いつもはよく見えるミッドタウンの高層階は雪雲の中。しんしんと降る雪の様は、まるでスキー場のようでした。6時を過ぎ、やっと雪は止みましたが、ベランダは真っ白 置いてある植物達に雪が積もり、すっかり葉っぱは見えなくなり、小さなモンスター状態。せっかくの積雪なので、窓を開けて小さな雪だるまを2体作り、雪の積もったガーデンテーブルの上に起きました その姿を眺めながら、きっと首都圏の子ども達はみんな大喜びで、あちこちで雪だるまを作っただろうなあ・・・と想像し、それだけで気持ちが和みました。

 さて。
今年のクラスは、すでに先週末から始まっています。年中児クラスも年長児クラスも、子ども達の「お正月のお話」で盛り上がりました。
 毎年繰り返されることですが、子ども達はご両親から「今日は『おはようございます(こんにちは)じゃないのよ。ごあいさつは『あけましておめでとうございます』だからね。ちゃんと言える?練習する?言うのよ、言ってね』と言われてきていますので、教室に入ってきてからもソワソワ。言うタイミングを見計らう様子が、何ともかわいいのです そしてまたもや、私からの「そうね、あけましておめでとうございます ところで・・・何が『あけた』の???」という質問に「むむむ・・・」の状態。ホント、かわいくてなりません またこれからの1年間、楽しくクラスをしてまいります。

 昨年末にすでにお知らせをしていますが、来週末のジュエリーマナーズについて、あらためてお知らせをいたしますね。

 新春ジュエリーフェア 

   1月15日(土)午後1時 ~ 午後6時
   1月16日(日)午前10時30分 ~ 午後6時

  開催場所は、「ガレリア UCHIHARA」地下2階ホール
  港区六本木7-2-7 アクセス https://www.galleria-uchihara.com/shop/index.html#access

 (株)内原にはめずらしく、オシャレとはほど遠い、昭和の商店街の「新年の大売り出し」の趣で開催されるのが新春ジュエリーフェアです
 新年の大売り出しの趣!ですからね、「目玉のジュエリー」というのも数多く出展。3月に控える「保税展」とは、空気感が違いますが、どちらにも足を運んでいただき、違いを体感していただくのも一興でしょう
 ご都合が合えば、どうぞいらしてくださいね 保税展とは違い、ご来場のための事前登録の必要はありませんが、おいでいただける場合には、やはりメールであらかじめお知らせくださいね。ご連絡をお待ちしております。

 今日は1月10日、私のお誕生日です 
64歳になります。少し前に「還暦」のお祝いをしていただいたと思っていたのですが、あっという間の4年間。あの年は、60本の立派な真紅のバラをいただいたりして、生涯、忘れることの出来ない還暦のお祝いとなりました。六本木ヒルズの中にあるニコライバーグマンのお店の前を通るたびに、「知ってる~?私、60本ものバラをもらったのよ~」なーんてね、お店のほうを見てひとりごちます、はっはっは。
 お誕生日がお正月から間もないこともあり、私は毎年、お誕生日には「さあ、今年も一生懸命に毎日を生きるぞ」と決心を新たにします。年によっては「今年は〇〇をがんばる」というように、目標などがあるのですが、今年は特別なそういうものがありませんこれではいけない、とも思っているので、今月中には小さな目標であっても、何かを見つけて、宣言しようと思います

 2022年も、どうぞよろしくお願いいたします

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