15日、関東に台風が接近していた前夜、滑り込みセーフで帰国しました
成田空港からネックスで東京駅に着くと、駅構内はごった返していて、びっくり。
じつは、スイスでもゲリラ豪雨的な雨に見舞われ(夕方、バスで移動中での雨だったので、雨にあって難儀した、という訳ではありませんでした)、それが原因で道中の小さな川が氾濫。道をふさいでしまったため通行止めに。それでその日は予定していた目的地に付けず、急遽、別の町のホテルに泊まる というようなハプニングがありました。それが夜8時を過ぎての出来事でしたが、幸運にもホテルが見つかり、本当にラッキーでした
みなさんよくご存知の通り、かなりの雨女の私なのに、今回は好天に恵まれ、全行程、「見るべきもの」「見たいもの」すべて見ることが叶い、本当に天のカミサマに感謝の旅でした
スケージュールの詰まった旅程でしたが、時間を見つけては、なるべくたくさんのスイス人と話すようにして、今まで知らなかった「スイス」をたくさん知ること、学ぶことが出来て、大変有意義な時間となりました うんうん、なるほど、そうなんだね…と、考えることもたくさんありましたよ。
でも、そういうことにをご紹介するのは次回にまわし… 今回はみながイメージする「きゃあ、スイス アルプスの少女ハイジの世界
」と形容するスイスを、写真も登場させながらご報告します
とにかく、スイスの旅行は概ね「風景、自然が相手」であり、天候に大きく左右されることを再認識。古代の遺跡を訪れる、寺院の壮麗さを眺める、芸術品を鑑賞する…ということであれば、百歩譲って雨であっても雪であっても大丈夫 でも、風景を楽しむことがメインの旅行となるとねえ
今回は、エミレーツ航空利用だったので、ドゥバイを経由してチューリッヒに入りました。そこからはバス。陽気なイタリア語圏のスイス人のドライバーの運転で、最初の訪問地のサンモリッツへ。そこに着くまでにも、すでに湖や山々が見え、「ああ、スイスだ… イメージしていた通りのスイス。来たんだなあ」の気分。
翌日は、ベルニナ鉄道に乗り、イタリアのティラノへ。そこからはバスに乗り換え、途中、ベルニナアルプスを満喫するため、ロープ―ウェイに乗って標高2984mのディアボレッツァ展望台に上がりました。目の前に広がる景色は、もう「ななななんだあ…」という気分。今まで、あまり耳にしたことのない「ベルニナアルプス」でしたが、白い峰々と、そこから伸びる氷河…圧巻でした
ディアボレッツァ展望台に向かうゴンドラには、でかでかとGUCCI の文字
私には馴染みのなかった「ベルニナアルプス」でしたが、鉄道ファンにとっての「ベルニナ鉄道」は、ブルージオのループ橋などで有名なのだそうです。
ゴンドラから見えたベルニナ急行の列車です 上りと下りの列車(どちらが上りか下りかわかりませんが、笑)
到着の日とその翌日の
宿泊地、サンモリッツの町は、洗練された高級避暑地、という感じの町。久しぶりに聞くイタリア語にニヤニヤ。ちょっとした挨拶や注文をする時、片言のイタリア語が通じると、一人心の中で「ヤッタゾー」のガッツポーズ。言葉って、やっぱり楽しいですよね。
次の目的地は、ツェルマット。朝、サンモリッツ駅を出発し、氷河鉄道と呼ばれる列車に乗り、アンデルマットという町へ ツェルマットまでこの列車でも行けるのですが、今回はアンデルマットでバスに乗り換え、夏期だけ通ることのできるフルカ峠、という峠を越えました。
奥に見えている山の右側にジクザクに通っているのがフルカ峠越えの道です。
そして、いよいよ「あの山」とご対面 とは言え、マッターホルンは高い山であるにも関わらず、どこからでも見えるという訳ではなく… ツェルマットに到着する直前まで見えないのです
「もし、雲に隠れていないようであれば、この辺りから見えるのだけれど…」と言われ、まさに祈る思いで前方を見つめていると… 見えました
ほんの少しだけ頂上に雲のかかった「あの山」が。
小学校の頃に使ったノートの表紙や、銀行からもらい、リビングに貼ってあったカレンダー、等々。世界的に、美しい富士山も有名ですが、やはりマッターホルンほど世界中に知られた山はないのではないでしょうか?山の名前は知らなくても、誰もが生涯に一度はどこかで「見ることのある」特徴的な独立峰、です
ツェルマットの町は、上高地のようにガソリン仕様の自動車は入れません。鉄道利用であっても、車利用であっても、ツェルマットの手前10分ほどのテーシュという町で降り、そこからは電車に乗り換えツェルマットへ入ります。
雨女の私ですが、夫が晴れ男だったお陰で、ツェルマットで滞在した2日間、時々、部分的に雲で隠れる程度で、マッターホルンはずっと見え続けました。
三日月とマンタ―ホルン
「キャンドルマッターホルン」と呼ばれる、頂上だけが朝日に照らされ、赤く輝く様子。この後、20分ほどで山全体が紅に染まりました
スマホで撮った写真ですが、まるで絵葉書のように撮れました
翌日は、今回の一番の目的「ちょっとしたトレッキング」です
ツェルマットから登山電車でゴルナーグラート駅(3089m)まで登り、リッフェルベルク駅まで2時間弱、登山のガイドさんと一緒に下る、というもの。途中、小さな湖リッフェル湖に映る「逆さマッターホルン」を見たり、薬草やハーブになるお花を見たり、まさに好天に感謝する時間でした
リッフェル湖の「逆さマッターホルン」 この後、3,4機飛行機が飛び、飛行機雲がマッターホルンと青空に映えました
このトレッキングルートは有名で、you tubeにもたくさんあがっています。ガイドブックでも必ずといってよいほど紹介されていますが、そこには「スニーカーでも全く問題なし」というふうに書かれているものが多いのですが、私はやはり、スニーカーであっても、それほどグリップの効かないソールのものだとすると、この下り坂のルートは危険だな、と思いました 私と夫は、くるぶしまでサポートするような登山靴ではなく、今回はスニーカータイプの「登山用の靴」を持参し、この日はそれを履いていました。でも、何と言っても「下り」ですからね…
確かに登りとは違い、あまり呼吸も上がらず「辛さ」という面では楽ですが、下り膝に負担がかかりますし、慣れないと大変です。その上、もし、滑りやすいソールのスニーカーでは、好天であっても、ハラハラになる そんなことを思いながら歩いていると、まさにガイドさんから同じようなお話がありました。
その後、もう少し歩きたかったなあ…の気分ではあったものの、リッフェルベルク駅から下りの登山電車でツェルマットに戻り、今度は別の展望台「スンネッガ」に行きました。展望台があるスンネッガまでは、ずっとトンネルの中を通る電車でね。山々を眺めながら昼食 ホテルに戻ってからは、夕焼けに染まるマッターホルンを眺める…という至福の時間でした
さて、次の日は強行軍。ツェルマットに別れを告げて、フランス領のシャモニーへ。
だんだん見慣れてきたとは言うものの、スイスの風景はどこを切り取ってもウットリです 遠望する高い山々、牧草地に放牧されているカウベルを付けた牛達(観光用に、決まったところで放牧されているわけではなく、本当に夏のシーズンは山にいるのだと聞き、驚きました
私はてっきり、観光客を意識して、わざわざ首にカウベルをつけさせ、放牧しているのじゃないのかな?なんて思わないわけでもなかったので
)、点在するシャレ―… 標高が下がると、ワイン用のブドウ畑、リンゴやアンズの果樹園、飼料用のトウモロコシ畑、等々、すべてがカレンダーや絵ハガキのよう
シャモニーにはお昼前に付き、ランチの後、今度はモンブランを見に「エギーユ・デュ・ミディ展望台」へ。ここは、途中で一つ乗り継ぎをし、ロープーウェイで標高1000m程度のシャモニーの町から、一気に3842mまで登ります。すご~く早く登れますが、スイスの登山電車のような風情はないなあ、などと思ってしまいました ロープーウェイの駅は世界中からの観光客でごった返していて…並んでいても割り込まれたり、暑かったり、少しうんざりしてしまいました。
エギーユ・デュ・ミディ展望台から見たヨーロッパの最高峰「モンブラン」。山頂は雲の中
でも、もちろん上に着くと、そんな気持ちも一気に吹っ飛ぶ ただ、ロープ―ウェイを降りると、一瞬フラリ。4000m近い高度はなかなか大変で、幸い頭痛はしませんでしたが、時々フワフワします。数か所ある展望台を巡るため、階段を登ったり下りたりするのですが、登りの時は2,3段上がると、すぐに息が切れる…
残念ながらモンブランの山頂は雲に隠れてはいましたが、展望台からの360度の大パノラマ。5000m近い山々とたくさんの氷河は息を飲む眺望でした。
モンブランの反対側 グランドジョラスの方向 氷河にはクレバスがはっきり見えます
じつは、この後が大変でした
下りのロープーウェイも大混雑。シャモニーで一泊するのであれば「これですばらしい一日が終わった」となるのですが… 私達はシャモニーに下りてきた時、すでに3時を過ぎていて… それから、グリンデルワルドに移動の予定
もと来たフォルクラ峠を越え、そこからまだ延々と行かなければなりませんでした。そして、そんな過酷な道中で、最初の方に書いた「ゲリラ豪雨、云々」となったのでした
でもね、見てください、この二重にかかった虹を スイスのトゥーン湖という湖の横を走っている時、この虹が見えてきました。肉眼では、もっとはっきり2つの虹が湖面からまるで這い上がっていくように、半円形に伸びていて… こんなすごくきれいな虹は今までに見たことない
これは吉兆か
と思っていたところ、その20分後に渋滞となり、様子が不明。やっと状況がわかった時には「先の道が急な豪雨で通行止めになり、グリンデルワルドまで車では行けない」となり
バスの外は豪雨となり… それでも幸いなことに、停車してしまった少し手前の町、インターラーケンという町まで戻り、そこのホテルに泊まれることになりました。無事にホテルにたどり着き、部屋に入ったら11時半でした
でも、泊まる所も確保され、最上の幸運
幸い、雨はあがり、朝になると青空。道は復旧しないため、車で出発することは出来ませんが、臨時列車が出ることになり、予定変更をし、鉄道でグリンデルワルドへ
そして、その翌日は天候も良く、問題なくユングフラウ・ヨッホに向かいました。
鉄道の世界最高地点(3454m)の駅、ユングフラウ。ここは、亡くなった両親達4人も訪れたところです。登山好きだったにも関わらず、いつも北アルプスに行くと高山病に悩まされた私の父は、母とユングフラウ・ヨッホに旅行した時もひどい頭痛で大変だった、と母が話していたことなどを懐かしく思い出しながら、リンツのチョコレートショップや、電飾ピカピカの氷像など、すっかりテーマパーク化された駅の中の施設を歩きました。この中でいると、そこが雪で覆われた高山にあることを忘れてしまいそうでした、ハッハッハ
でも、一旦外に出て、スフィンクス展望台に向かえば、そこは別世界。目の前には、世界最大最長のアレッチ氷河。アイガー、メンヒ、ユングフラウの山々… 「絶景」「圧巻」「息を飲む」こんな言葉、すべてがピタリと当てはまる風景でした。
クライネシャイデック駅。電車の乗換駅であり、たくさんのトレッキングコースの起点ともなっています。後ろに見える山、左からアイガー、中央がメンヒ。右側、半分欠けているのがユングフラウ 写真を撮っている箇所に、数々の山岳小説を残した新田次郎氏の名前が刻まれた小さな碑がありました。ここからは三山がよく見えます。
「幼児教室マナーズ、お疲れ様」の記念に、夫がプレゼントしてくれた今回の旅。どの瞬間も泣けてくるほどありがたいものでした。
何度もツェルマットに訪れても、1度もまともにマッターホルンの姿を見られなかった、という人もたくさんいる、と聞きます…
その日、その時間の風の状況に大きく左右され、頻繁に運行が取りやめられる、というエギーユ・デュ・ミディのロープ―ウェイ。お天気は良いのに、風が強くて登れなかった、という人も…
登山電車でユングフラウ・ヨッホまで行けても、展望台のまわりは悪天候で真っ白。何も見えなないまま下山を余儀なくされた人…
そんなことを知るにつけ、今回のように、大小いくつかのトラブルに見舞われても、そのつど上手く解決し、すべての旅程を全う出来たということに、ただただ感謝です
決して大袈裟ではなく、これから生涯、この幸運に満ちた旅行であったことに感謝して、もっともっと万事に努力精進して生きていこうと心から思う旅でした。
人の旅行の話は鬱陶しいかもしれませんが 次回は「スイスで知った、スイスのいろいろ」についてお話をさせてください