ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

胎児の位置に関する用語

2013年02月23日 | 周産期医学

日本と英米諸外国とでは胎児の位置に関する用語の使い方に相違があり、日本では、胎児の位置は、胎位、胎向、胎勢で表現されるのに対して、英米諸国では、胎児の位置は、Lie、Presentation、Positionで表現されます。産科関係の英語文献を読む際には、英米諸国での用語の用い方を理解しておく必要があります。

****** 日本の定義(日独式)

胎位
胎位とは胎児縦軸と子宮縦軸の位置関係をいう。両者の縦軸が一致するものを縦位といい、このうち児頭が母体の骨盤に向かうものを頭位、胎児の骨盤端が母体の骨盤に向かうものを骨盤位という。胎児縦軸と子宮縦軸が直角に交わるものを横位といい、斜めに交わるものを斜位と呼ぶ。臨床的に横位と斜位の区別は必ずしも明確でない。妊娠末期の胎位は約95%が頭位である。頭位以外は胎位異常とされる。

胎向
胎向とは胎児の母体左右・前後側に対する向きをいい、頭位と骨盤位の場合は児背の向きで表現し、横位の場合は児頭のある方向で表現する。頭位と骨盤位の場合は、児背が母体の左側を向くものを第1胎向、右側を向くものを第2胎向、児背が母体の前方に傾くものを第1分類、後方に傾くものを第2分類とする。横位の場合は、児頭が母体の左側にあるものを第1横位、右側にあるものを第2横位とする。

胎勢
胎勢とは胎児各部分の位置的相互関係(すなわち胎児の姿勢)をいう。頭位の場合の胎勢には屈位と反屈位とがある。
?屈位(正常の胎勢): 児の脊柱が軽く前彎し、頤部が胸壁に近く、後頭が先進し、肘関節、股関節、膝関節で四肢が屈曲する姿勢。
?反屈位(異常の胎勢): 児の頤部が次第に胸壁を離れ、児頭や脊柱が伸展・後彎する姿勢。先進部により前頭位(経度反屈)、額位(中等度反屈)、顔位(強度反屈)に分けられる。

****** 英米など諸外国の定義(英米式)

Lie
Lieとは、母体と胎児の長軸における位置関係と定義され、縦位横位斜位とに分類される。縦位は頭位と骨盤位に分類される。

Presentation
Presentationとは、産道における胎児の先進部のことをいう。頭位(cephalic presentation)骨盤位(breech presentation)肩甲位(shoulder presentation)などがある。

Position
Positionとは、胎児先進部の基準点と母体骨盤との関係を示す。例えば、頭位の基準点は後頭部(occiput)で、児の後頭部が母の恥骨結合の方にある時、その児は OA(occiput anterior) である。児の後頭部が母体の背面を向いている時、児はOP(occiput posterior) で、その中間は、LOA/ROALOT/ROTLOP/ROP となる。 児の後頭部が母体の背面を向いている時、日本においては先進部を考慮して後方後頭位や前方前頭位という表現を使うが、英米諸国では先進部にかかわりなくOP と表現する。

Oa
OA(direct occiput anterior)

Loa
LOA(left occipit anterior)

Lot
LOT(left occipit transverse)

Lop
LOP(left occipit posterior)

Op
OP(direct occiput posterior)


常位胎盤早期剥離

2013年02月14日 | 周産期医学

(じょういたいばんそうきはくり)

広報いいだ平成25年2月1日号に掲載:

常位胎盤早期剥離とは、妊娠中まだ胎児が子宮の中にいる間に、正常な位置にある胎盤が子宮の壁から剥がれることをいいます。胎児は胎盤を介して母体から酸素や栄養を受けているため、胎盤が先に剥がれてしまうと酸素が不足し、脳性麻痺などの障害が残ることや死亡することがあります。また、母体が重篤な状態になることもあります。そのため、常位胎盤早期剥離の発症後は大至急の対応が必要です。

常位胎盤早期剥離の代表的な症状は、急な腹痛、持続的なお腹の張り、多めの性器出血などです。判断に困るときは、我慢せずに分娩機関に相談しましょう。妊娠高血圧症候群、常位胎盤早期剥離の既往、切迫早産、交通事故などの腹部の外傷、喫煙などの危険因子に該当する場合、常位胎盤早期剥離を発症しやすくなります。これらの危険因子に該当しない場合でも常位胎盤早期剥離を突然発症することもありますので注意してください。

臨床症状から常位胎盤早期剥離を疑った場合、腹部超音波検査、胎児心拍モニター、血液検査などを行います。これらの検査で常位胎盤早期剥離と診断された場合は、できるだけ早急に分娩を終了させる必要があり、胎児の生存が確認された場合、経腟分娩の直前でなければ緊急帝王切開を行います。胎児が死亡した場合でも、時間の経過により母体のDIC(血が止まらなくなる状態)が進行するので、すみやかな経腟分娩(それが期待できなければ帝王切開)を行います。それと同時にDICに対する予防あるいは治療を行います。

妊婦健診をきっかけに妊娠高血圧症候群などの常位胎盤早期剥離の危険因子がみつかることもあります。特に気にかかることがなくても、適切な時期や間隔で妊婦健診を受けましょう。   


常位胎盤早期剥離とは? Q&A

2013年02月13日 | 周産期医学

飯田エフエムで放送した内容:

① 常位胎盤早期剥離とはどういう状態のことを指すのでしょうか?

常位胎盤早期剥離とは、妊娠20週以降で、まだ胎児が子宮の中にいる間に、正常な位置にある胎盤が子宮の壁から剥がれることをいいます。

② 母体と胎児にはどのような影響があるのでしょうか?

胎児は胎盤を介して母体から酸素や栄養を受けているため、妊娠中に胎盤が剥がれてしまうと酸素が不足し、脳性麻痺などの障害が残ることや、子宮内で胎児が死亡することがあります。また、母体がDICなどの重篤な状態になることもあります。DICとは出血傾向、多臓器不全のみられる非常に重篤な状態で、DIC発症時にはできるだけ早急に診断し治療を開始する必要があります。

③ おもな症状は?

常位胎盤早期剥離の典型的な自覚症状は、動けなくなるぐらいに激烈な下腹痛で、お腹は板のように硬くなります。 性器出血がみられることもあります。 胎動を感じにくくなります。症状が典型的でない場合も多いです。

④ 主な原因、なりやすい月齢などさらに詳しくお話しください。

妊娠高血圧症候群、常位胎盤早期剥離の既往、切迫早産、交通事故などの腹部の外傷、喫煙などの危険因子に該当する場合、常位胎盤早期剥離を発症しやすくなります。これらの危険因子に該当しない場合でも常位胎盤早期剥離を突然発症することもあります。常位胎盤早期剥離の頻度は全妊婦に対し0.5~1% で、その大部分は妊娠32週以降に発症すると言われています。

⑤ちなみに原因の一つ妊娠高血圧症候群とは何でしょうか?症状は?

妊娠高血圧症候群の定義は、「妊娠20週以降、分娩後12週まで高血圧が見られる場合、または高血圧に蛋白尿を伴う場合のいずれかで、かつこれらの症状が単なる妊娠の偶発合併症によるものではないもの」とされています。以前は妊娠中毒症と呼ばれましたが、最近、名称が妊娠高血圧症候群と改められました。妊娠高血圧症候群の頻度は全妊婦の約5%で、母体や胎児のさまざまな合併症の原因となりますので、妊婦健診では毎回必ず血圧測定や尿蛋白の検査が行われます。

⑥常位胎盤早期剥離と疑われた場合、どのような検査を行うのでしょうか?

臨床症状から常位胎盤早期剥離を疑った場合、腹部超音波検査、胎児心拍モニター、血液検査などを行います。超音波検査で胎盤と子宮の壁との間に血の塊(すなわち胎盤後血腫)が認められた場合の診断は確実ですが、実際には超音波検査ではっきりした所見が認められないことも多いです。

⑦それらの検査で常位胎盤早期剥離と診断された場合、どのような対処を行いますか?

常位胎盤早期剥離と診断された場合は、できるだけ早急に分娩を終了させる必要があり、胎児の生存が確認された場合、経腟分娩の直前でなければ緊急帝王切開を行います。胎児が死亡した場合でも、時間の経過により母体のDICが進行するので、すみやかな経腟分娩または帝王切開を行います。それと同時にDICに対する予防あるいは治療を行います。

⑧ 次の妊娠への影響はありますか?

常位胎盤早期剥離を発症した場合、次の妊娠でまた常位胎盤早期剥離を発症する頻度は5~10%と極めて高率となり、発症率は約10倍に増加しますので、厳重な管理が必要となります。

⑨常位胎盤早期剥離を起こさないようにするために気を付けることはありますか?

常位胎盤早期剥離は母児の命にかかわる非常にこわい病気ですが、いつ誰におこるのかの予測は非常に困難です。重症の妊娠高血圧症候群がある場合におこりやすいと言われていますが、実際には妊娠高血圧症候群と関係なく発症することも多いです。適切な予防法もありません。常位胎盤早期剥離がおこった場合に発症後できるだけ早く診断して緊急帝王切開などの母児の緊急救命処置を行うことが、我々にできる唯一かつ最善の道です。常位胎盤早期剥離はそれほど珍しい病気ではなく、飯田市立病院でも昨年1年間だけで6例経験しました。気になる症状があれば、自宅で様子を見ることなく病院にすぐに連絡していただきたいと思います。


妊婦の心停止

2012年12月05日 | 周産期医学

妊婦の心停止における心肺蘇生は、一般成人における方法におおむね準ずるが、以下のようないくつかの相違点がある。
①子宮左方転位を行う。
②胸骨圧迫部位をやや頭側に置く。
③早期に確実な人工呼吸を確立する。
④急速輸液を考慮する。
⑤死戦期帝王切開術を考慮する。

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● 子宮左方転位:
妊婦20週以降では、妊娠子宮が下大静脈と大動脈を圧迫し、静脈還流量と心拍出量を抑制することが知られている。従って、妊娠20週以降の心肺蘇生では、まず子宮左方転位を行う。子宮による下大静脈と大動脈への圧迫を避けるために15°の左側臥位で心肺蘇生を行うことがあるが、仰臥位で心肺蘇生を行う場合に比べて胸骨圧迫が不十分になる可能性があり、30°を超えると十分な胸骨圧迫は困難となる。左側臥位にする代わりに、仰臥位のままで、子宮を用手的に左方へ圧排して、妊娠子宮による下大静脈と大動脈の圧迫解除を試みることがある。

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30°の左側臥位

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用手的な子宮左方圧排

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● 胸骨圧迫:

妊娠子宮によって横隔膜は押し上げられ胸腔や心臓も頭側に偏位しているため、胸骨圧迫の位置は一般成人よりやや頭側の、胸骨中央となる。圧迫の深さは一般成人と同様に5cm以上である。

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● 除細動

妊婦においても一般成人と同様の適応で除細動を行うことが推奨されている。パッド貼付位置や放電ジュール数も一般成人と同様である。

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● 薬剤投与

妊婦においても一般成人と同用量の薬剤を投与する。心停止の際に最もよく用いられる薬剤はアドレナリンである。

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● 死戦期帝王切開術(perimortem cesarean section):

死戦期帝王切開術とは、心停止に陥った妊婦に対して、母体蘇生処置の一つとして実施する緊急帝王切開術である。児を娩出することにより子宮を小さくして下大静脈と大動脈の圧迫を解除し、母体血行動態を改善することが目的である。

腹の大きな(およそ妊娠20週以降の)妊婦が心停止に陥った場合、ただちに死戦期帝王切開術の準備を始める。母体心停止後4分の時点で死戦期帝王切開術開始の判断をする。児の予後も考慮すると、心停止後5分程度のうちに娩出が行われることが望ましいが、心停止後15分までの母体生存例もある。

死戦期帝王切開術は、子宮底が臍に達していない(およそ妊娠20週未満)場合や、母体救命の可能性が全くない場合には適応にならない。一方、胎児の生死は問わない。

死戦期帝王切開術はAHAのガイドライン2000においてすでに推奨されているが、日本における施行数はきわめて少ない。これを施設で実際に施行するためには、施設において死戦期帝王切開術を行う体制を構築する必要があり、施設内の関係科でよく話し合い、シミュレーションを行っておくことが非常に大切である。

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● 参考文献

加藤里絵: 妊産婦における心肺蘇生法の啓発、日本臨床麻酔学会誌、Vol.32 No.7、858~865、2012

救急蘇生法の指針2010 医療従事者用、監修:日本救急医療財団心肺蘇生法委員会(へるす出版)、2012年2月発刊


周産期救急への対応

2012年12月01日 | 周産期医学

当科では、分娩件数が急増している関係上、最近は異常分娩に遭遇する機会も大幅に増えました。

全身麻酔下の超緊急帝王切開例も、今年に入ってから6例経験しました。6例中5例は勤務時間外(平日の準・深夜帯や休日)の発症でしたが、帝切決定から児娩出までに要した時間は全例で30分以内でした。6例中5例は常位胎盤早期剥離の突然の発症でしたが、発症直前まで特に妊娠高血圧症候群などの症状は認められず、低リスク妊娠と判断していた妊婦さん達でした。超緊急帝王切開例を経験する度に、周産期チーム(産婦人科医、小児科医、麻酔科医、助産師、産科病棟看護師、NICU看護師、手術室看護師など)が一堂に会して、臨床経過を振り返り、超緊急帝王切開対応マニュアルの改善点をチーム全員で検討しています。

また、最近、分娩時の母体脳出血の症例を経験しましたが、発症直後から周産期チームに加えて脳神経外科医らとも緊密に連携して、病院の総力を挙げて全力で治療に当たりました。

周産期の緊急異常事態は突然発症し、発症直後からチームで一致団結して迅速に対応する必要があります。発症時にチームの誰が勤務しているのかは全く予測できません。従って、周産期の緊急異常事態がいつ発症してもチームで適切に対応できるように、常日頃からチーム全員で対応する手順をよく話し合って、シミュレーション・トレーニングを繰り返して、周産期救急への対応にチーム全員が習熟しておく必要があります。

現在、新生児蘇生法(NCPR)講習会を院内で定期的に開催し、スタッフの新生児蘇生法のシミュレーション・トレーニングを繰り返し実施してますが、可能であれば将来的には、ALSO(Advanced Life Support in Obstetrics)コースも定期的に開催し、スタッフの産科救急への対応についてのシミュレーション・トレーニングを繰り返し実施できるようにしたいものだと夢想しています


新生児蘇生法(NCPR)講習会Aコース(於:飯田市立病院)

2012年11月03日 | 周産期医学

本日、新生児蘇生法(NCPR)講習会Aコース(於:飯田市立病院)が実施されました。

私もインストラクターとして参加しましたが、私の担当したグループのメンバーは、いつも大変お世話になっている新生児科医、ベテラン麻酔科医、当院産科病棟のベテラン助産師などで、日々、第一線で新生児蘇生法を実践している人達のグループでしたので、私から彼らに技術的に教えるようなことはほとんど何もなく、逆に麻酔科の先生からは新生児の気管内挿管のコツをいろいろと教わったりして、本日はとても勉強になりました。非常に楽しく有意義な実習をすることができました。

順調な分娩経過で全く問題のないケースだと思って分娩に立ち会っていたのに、いざ児が産まれてみたら、なかなか児の呼吸が始まらず、予想外に本格的な新生児蘇生法が必要となる事態も決してまれなことではありません。今後もチームで一致団結して新生児蘇生法に取り組んでいきたいと思います。

本日の講習会には救急隊員の人達も多く参加してました。救急隊員の人から「自宅や救急車内で分娩になってしまった場合には、どのように対処したらいいのでしょうか?」というような質問がありました。臍帯処置の方法、搬送中の児の温め方などについて、産婦人科医、新生児科医が意見を述べ、今後の対応方法について話し合いました。自宅や救急車内での周産期救急への対応については、今後もよく話し合い検討していく必要があると思いました。「周産期救急への対応をいろいろな職種の人達が一堂に会して学ぶALSO(Advanced Life Support in Obstetrics)やBLSO(Basic Life Support in Obstetrics)を県内でもぜひ開催したいと考えているので、今後もいっしょに勉強していきましょう!」とコメントしました。

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F先生のインストラクター・デビュー戦

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救急隊員の受講生のみなさん


ALSOを学ぶ意義は?

2012年10月30日 | 周産期医学

日本国内の総分娩件数は年々減少してますが、それ以上のハイペースで国内の分娩取り扱い施設数が減少してますので、地域によっては限られた分娩取り扱い施設に分娩が集中し、施設の分娩件数が年々急増しています。当飯田下伊那地域内の総分娩件数も長期的に年々減少し続けてますが、地域内の分娩取り扱い施設数減少のために当科の分娩件数は最近の数年間で倍増しました。最近は月100~120件程度で推移してます。

地域の産科医療提供体制を維持していくためには、産婦人科医だけではなく、小児科医、麻酔科医、助産師、手術室ナース、救命救急医、救命救急士など、いろいろな職種の人達が、周産期の緊急事態に対して、一つのチームとして一致協力して仕事をするシステムを作ることが重要です。

多くの職種の人達が救急医療チームとして協力して仕事をしていくための世界共通の教育・トレーニングシステムとしては、BLS(Basic Life Support、一次救命処置法)、ICLS(Immediate Cardiac Life Support)、ACLS(Advanced Cardiovascular Life Support、二次心肺蘇生法)、PALS(Pediatric Advanced Life Support、小児二次救命処置法)、NCPR(Neonatal Cardiopulmonary Resuscitation、新生児心肺蘇生法)などがあり、これらのプロバイダーコースは世界的に普及し、いろいろな職種の人達が一堂に会して学んでます。

産科領域でも、いろいろな職種の人達がチームで一致協力して周産期救急に対応していくための世界共通の教育・トレーニングシステムとして、ALSO(Advanced Life Support in Obstetrics)というものがあり、日本での普及に熱心に取り組んでいる人達がいらっしゃいます。私がALSOの存在を初めて知ったのは昨年暮れで、まだALSOコースには3回しか参加してませんが、これからはこの活動にもっと積極的に参加してALSOマインドをとことん学び、地域の産科医療提供体制を維持・発展させたいと考えてます。

ALSO-Japnのホームページ

ALSOとは?

第72回ALSOプロバイダーコース(日本産科婦人科学会関東連合地方部会プレコングレス)


第72回ALSOプロバイダーコース(日本産科婦人科学会関東連合地方部会プレコングレス)

2012年10月28日 | 周産期医学

Advanced Life Support in Obstetrics(ALSO)とは、医師や助産師その他の医療プロバイダーが、周産期救急に効果的に対処できる知識や能力を発展・維持するための教育コースです。ALSOコースは世界的に普及活動が行われており、日本では2008年11月に金沢大学で第1回のALSOプロバイダーコースが開催されました。

10月26日~10月27日、山梨県甲府市内の会場で第72回ALSOプロバイダーコースが開催され、私もアシスタントとして参加させていただきました。私がALSOプロバイダーコースに参加したのは、今回で3回目(受講生1回、アシスタント2回)です。今回のコースは、講師、受講者合わせて100名近くと非常に規模の大きいものでした。

昨年9月3日~4日に当科の若手医師2名が亀田総合病院で開催されたALSOプロバイダーコースに参加し、2人から「ALSOに参加して来ました」との報告を受けて、この世にALSOなるものが存在することを初めて聞き、ALSOって一体全体何だろうか?と疑問に思いました。さらに、昨年12月23日~24日の亀田総合病院のALSOプロバイダーコースに当科の他の若手医師1名が参加する予定であることを聞きつけ、「私も是非そのALSOなるものに参加してみたいので、私の分もついでに参加の申し込みしておいてくれ」と頼みました。その時はすでに定員に達していたらしく、亀田総合病院のALSO担当者から「若手医師1名のみ参加可能」との連絡があり、参加はあきらめておりましたが、なぜか開催の直前になって私も参加可能との連絡があり、無事に初参加することができました。今年9月29日~30日に亀田総合病院で開催されたALSOプロバイダーコースには、アシスタントとして参加しました。

当院産婦人科医師団の構成メンバーは2~3年ごとにほぼ全員が総入れ替えになってますし、毎年多くの若い新人助産師が就職して来るので、当院産科チームとしての機能を維持・発展させていくためには、院内の教育態勢を充実させることが非常に大切だと考えてます。現在、当院産婦人科の所属医師は全員がALSOプローバイダーで、ALSOマインドでチームで一致協力して地域の産科医療に取り組んでいます。今後は、当院の助産師達(約50名)にも是非このALSOコースを受講してもらい、チーム一丸となって地域の産科医療に全力で取り組んでいきたいと考えてます。

ALSOとは?

****** 第72回ALSOプロバイダーコース

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オープニング

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肩甲難産

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妊婦の心肺蘇生

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4度会陰裂傷

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集合写真


早期母子接触(いわゆるカンガルーケア)について

2012年10月20日 | 周産期医学

10月17日付けで、日本周産期新生児医学会のホームページに、「早期母子接触」実施の留意点が掲載されました。これは、日本周産期・新生児医学会、日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会、日本小児科学会、日本未熟児新生児学会、日本小児外科学会、日本看護協会、日本助産師会の連名での公式見解なので、一つの意見や考え方というレベルではなく、今後、日本国内の全分娩施設が遵守すべき診療指針(ガイドライン)としての位置付けと受け止める必要があります。今後、「早期母子接触」に関連して何らかの医療事故が施設内で発生した場合は、その施設がこの診療指針を遵守していたかどうか?が厳しく問われるものと覚悟しなければなりません。従って、日本国内で分娩に関わる全医療従事者はこの「早期母子接触」の留意点を熟読し、各施設ごとに、この指針に準拠した「早期母子接触」実施マニュアルを早急に作成する必要があると思います。

バースプラン作成時に「早期母子接触」について説明し、妊婦本人が「早期母子接触」を実施する意思があるかどうかを確認する(同意書に署名してもらう)こと、「早期母子接触」時に母体の上体を挙上する(30 度前後が望ましい)こと、児の顔を横に向け鼻腔閉塞を起こさず呼吸が楽にできるようにすること、児の下肢にパルスオキシメーターを装着すること、担当者が実施中付き添い母子だけにはしないこと、などは非常に重要だと思います。

また、今回公表された「早期母子接触」の留意点には、“分娩施設は、「早期母子接触」実施の有無にかかわらず、新生児蘇生法(NCPR)の研修を受けたスタッフを常時配置し、突然の児の急変に備える”ことが明記されました。従って、日本国内で分娩に関わる産科医、助産師の全員がNCPR研修を受けることを半ば義務化されたと考えられます。またNCPR講習会に1回参加しただけでは手順をすぐに忘れてしまって、いざという時に全く役に立たないので、定期的にNCPRのトレーニングを実施して分娩担当者全員がNCPRに習熟しておく必要があります。(ちなみに、当院では日本周産期・新生児医学会で認定されたNCPRのインストラクターが計5名在籍し、院内で定期的に学会認定のNCPR講習会を実施してます。)

http://www.jspnm.com/sbsv12_1.pdf

****** 以下、日本周産期・新生児医学会ホームページより全文引用

「早期母子接触」実施の留意点

2012 年10 月17 日

日本周産期・新生児医学会
日本産科婦人科学会
日本産婦人科医会
日本小児科学会
日本未熟児新生児学会
日本小児外科学会
日本看護協会
日本助産師会

1. 「カンガルーケア」とは、全身状態が安定した早産児にNICU(新生児集中治療室)内で従来から実施されてきた母子の皮膚接触を通常指す。一方で、正期産新生児の出生直後に分娩室で実施される母子の皮膚接触は、異なるケアが求められるにも関わらず、この「カンガルーケア」という言葉が国内外を問わず用いられ、用語の使用が混乱している。そこで、正期産新生児の出生直後に実施する母子の皮膚接触については、ここでは「早期母子接触」と呼ぶ。

2. 出生直後の新生児は、胎内生活から胎外生活への急激な変化に適応する時期であり、呼吸・循環機能は容易に破綻し、呼吸循環不全を起こし得る。したがって、「早期母子接触」の実施に関わらず、この時期は新生児の全身状態が急変する可能性があるため、注意深い観察と充分な管理が必要である(この時期には早期母子接触の実施に関わらず、呼吸停止などの重篤な事象は約5 万出生に1 回、何らかの状態の変化は約1 万出生に1.5 回と報告されている。

3. 分娩施設は、「早期母子接触」実施の有無にかかわらず、新生児蘇生法(NCPR)の研修を受けたスタッフを常時配置し、突然の児の急変に備える。また、「新生児の蘇生法アルゴリズム」を分娩室に掲示してその啓発に努める。

4. 「早期母子接触」を実施する施設では、各施設の実情に応じた「適応基準」「中止基準」「実施方法」を作成する。

5. 妊娠中(たとえばバースプラン作成時)に、新生児期に起き得る危険状態が理解できるように努め、「早期母子接触」の十分な説明を妊婦へ行い、夫や家族にも理解を促す。その際に、有益性や効果だけではなく児の危険性についても十分に説明する。

6. 分娩後に「早期母子接触」希望の有無を再度確認した上で、希望者にのみ実施し、そのことをカルテに記載する。

【解説】
1) 名称について
 カンガルーケアと称されるケアには、NICU で早産児を対象に行われるケアと、正期産新生児を対象に出生直後に分娩室で行われる母子の早期接触の2 種類がある。前者を一般的にカンガルーケアと呼び、後者をskin-to-skin と呼ぶことが多い。
 しかしながら、両者の呼び方は混同されることが多く、欧米の論文においても、Kangaroo care、Kangaroo mother care、skin contact、skin to skin contact、early skin to skin contact、skin-to-skin(kangaroo)、skin-to-skin contact on preterm infants などの呼び方がNICU 内のケア、出生直後のケア両方に用いられている。
 そこで、混乱を避けるために、本稿では出生直後に分娩室で行われる母子の早期接触を「早期母子接触」と呼び、英名としては「early skin-to-skin contact」または「Birth Kangaroo Care」を提案したい。

2) 背景
 出生後早期から母子が直接肌を触れ合い互いに五感を通して交流を行うことは、人間性発
露の面から見ても、親子が育みあうという母子の当然の権利ともいえる。さらに、早期母子接触は科学的にその有効性が証明されているのみならず、一定の条件の下に安全に実施すれば決して危険ではない。
 しかし昨今、早期母子接触中の呼吸停止などの重篤な事象およびその訴訟に関する報道
が多く認められる。報道のなかには、明らかに原因が早期母子接触とは異なる事例が、早期母子接触が原因であり早期母子接触自体が危険であるかのような取り上げ方が目立つ。しかしながら、こうした危急事態は早期母子接触を行わなくとも生じ得るものである。
 早期母子接触の有効性は、コクランのシステマティック・レビュー1)によると、生後1~4 ヵ月の母乳栄養率を向上させ、母乳期間を延長する効果がみられた。さらに、母親の児に対する愛着行動や母子相互関係の確立などに対する効果が証明されている。その効果はタッチングなど授乳中の効果だけでなく、退院後のキスなどの愛着行動の多さにも表れている。また、正期産児においての検討では、早期母子接触群はコントロール群に比べ、心拍数、呼吸数、血糖値、体温の安定化が認められた2)。反対に、生後早期の母子分離は、児の啼泣を強め、卵円孔を通しての右左シャントを増加させ、肺血流を減少させるため動脈血の酸素化が妨げられる3)。 したがって、早期母子接触には児の啼泣時間を短縮させる効果があることから、児の動脈血の酸素化にも寄与すると考えられる。
 このように早期母子接触の利点は証明されているが、一方で早期母子接触が行われる出生後早期は、胎児から新生児へと呼吸・循環の適応がなされる不安定な時期でもある。特に、この時期の循環動態は卵円孔、動脈管などのシャントが残り、寒冷刺激、アシドーシス、低体温などで容易に肺高血圧から右左シャントが惹起され、危急事態が起こり得る。
 したがって、早期母子接触の実施の有無にかかわらず、生後早期は不安定な時期であるとの認識は持たなければならない。

3) 急変例の発症頻度の報告
 早期母子接触中の急変例の発症率について、全国の「赤ちゃんにやさしい病院」を対象とした実態調査が2010 年行われた。その結果42 施設から回答を得(回答率87.5%)、23 施設(54.8%)で原因不明のチアノーゼや心肺停止、転落しそうになった(早期母子接触中の児の転落事故も報告されている)新生児の計57 例が経験された。このうち分娩数が記載された30施設を対象とした検討では、乳幼児突然死-乳幼児突発性危急事態(SID-ALTE)の事例は1例であり、その発症率は1.1/10 万出生であった。同一対象施設における分娩直後の早期母子接触導入前のそれは5例であり、発症率は5.5/10 万出生であった。このように、SID-ALTEなど心肺蘇生を必要とした事例の発症は、早期母子接触導入によって増加していなかった4)
 2009 年のドイツにおける小児科医に対するアンケート調査によれば、生後24 時間以内でのSID-ALTE の発症例は665,126 例中17 例で、発症率は2.6/10 万出生であった。17 例中7例が死亡し生存10 例のうち6 例が退院時に神経学的後遺症を有した。また17 例中12 例が早期母子接触中の急変であった(1.8/10 万出生)。さらに、9 例は最初の2 時間での発症で、このうち7 例は母親が睡眠していないにも関わらず児の急変に気づかず、スタッフにより発見された5)
 2012 年のイギリスにおけるサーベイランス6)では、在胎37 週以上で、Apgar スコア5 分値8 点以上の正期産新生児のうち、生後12 時間以内の急変により陽圧換気による蘇生が必要か、死亡もしくは集中治療が必要となった児は、858,466 出生中45 例で12 例が死亡した(5.2/10万出生)。 45 例中24 例は臨床経過もしくは病理学的検査により、授乳中もしくは腹臥位の状態での気道閉塞と診断された。15 例は後に先天性疾患が判明し、残る6 例では急変の原因となる基礎疾患は見つからなかった。気道閉塞と診断された24 例は授乳中もしくは早期母子接触中の急変であった。ほとんどの母親は初産婦で、スタッフによる見守りは行われていなかった。
 また、ドイツ、フランス、イギリスの状況を総括した2012 年の報告によると、出生時に問題を認めない正期産新生児が、出生後24 時間以内に急変して蘇生処置が必要な児は、10 万出生当たり2.6 から5.0 人となった7)

4) 我が国の全国調査結果
 こども未来財団の研究「分娩室・新生児室における母子の安全性についての全国調査」8)で、2010 年の早期母子接触の全国調査が行われた。我が国の全分娩施設の約1/4 にあたる助産所(144 施設)、病院・診療所(308 施設)、周産期センター(133 施設)の585 施設から回答が得られた。ただし、ここでいう児の変化は、前述の命に関わる事態(児の急変)とは定義しておらず、施設の自己申告であり、軽症なものも含まれる。
 早期母子接触は、
◆65.4%の施設で実施されていた。
◆実施基準の整備率は30.7%であった。
◆実施前の妊婦への十分な説明と同意取得率は48.2%であった。
◆分娩台の角度基準が設定されている施設は13.0%であった。
◆中断・中止基準が設定されている施設は 39.9%であった。
◆開始時期は出生直後が 35.5%、1-5 分が  41.8%、6-10 分が  7.8%、15 分以上が 14.9%であり、約 8 割の施設は出生後 5 分以内に開始されていた。
◆実施時間は 10 分間以内が 28.5%、15-30 分間が 27.7%、40-60 分間が 19.7%、90 分間以上は 19.9%であった。
◆医療従事者の常駐率は 74.8%であったが、児の全身状態の記録率は 28.3%であった。
◆各種モニタリング実施率は 49.9%であり、パルスオキシメータは 42.4%に装着されていた。
◆児の変化(これは前述のような重篤な状態に限らない)経験施設率は 4.2%であった。
◆児の変化の発生率は 138,534 例中 21 例(15.2/10 万出生)であり、約 1 万の早期母子接触中 1.5 人、児の変化が発生したことが確認された。
 以上の全国調査から、十分な説明と同意、実施方法の整備が行われず、約 6 割の施設ですでに早期母子接触が導入されていることが判明し、早急な対策が必要なことが明らかとなった。

5) 急変例の病態把握
 現在までの事例において、危急事態の病因については、いくつかの原因疾患(遷延性肺高血圧、新生児呼吸障害、先天性心疾患等その他の先天異常、細菌感染症、代謝性疾患)などが診断されている例もあるが、実際には病因不明の場合も多く、今後の病態把握に関する研究が望まれる。

6) 早期母子接触の適応基準、中止基準、実施方法
 施設の物理的、人的条件等により、ここに推奨する基本的な実施方法を一部変更せざるを得ない場合がある。そのような場合にも、早期母子接触の効果と安全性について十分に吟味し、母子の最大の利益となるように実施方法を決定する。また、早期母子接触を実施しない選択肢も考慮すべきである。

 以下に経腟分娩を対象とした各基準を示す。
<適応基準>
 母親の基準
・本人が「早期母子接触」を実施する意思がある
・バイタルサインが安定している
・疲労困憊していない
・医師、助産師が不適切と認めていない

 児の基準
・胎児機能不全がなかった
・新生児仮死がない(1 分・5 分 Apgar スコアが 8 点以上)
・正期産新生児
・低出生体重児でない
・医師、助産師、看護師が不適切と認めていない

<中止基準>
 母親の基準
・傾眠傾向
・医師、助産師が不適切と判断する

 児の基準
・呼吸障害(無呼吸、あえぎ呼吸を含む)がある
・SpO2:90%未満となる
・ぐったりし活気に乏しい
・睡眠状態となる
・医師、助産師、看護師が不適切と判断する

<実施方法>
 早期母子接触は母子に対して種々の利点がある。したがって、早期母子接触を実施できない特別な医学的理由が存在しない場合は、周産期医療従事者として、その機会を設けることを考える必要がある。早期母子接触は医療ではなく、ケアであることから、母親とスタッフ間のコミュニケーションがスムーズに行われている必要があり、出産後の母子を孤立させない配慮が大切である。特に、早期母子接触を実施する時は、母親に児のケアを任せてしまうのではなく、スタッフも児の観察を怠らないように注意する必要がある。
◆バースプラン作成時に「早期母子接触」についての説明を行う。
◆出生後できるだけ早期に開始する。30 分以上、もしくは、児の吸啜まで継続することが望ましい。
◆継続時間は上限を2 時間以内とし、児が睡眠したり、母親が傾眠状態となった時点で終了する。
◆分娩施設は早期母子接触を行わなかった場合の母子のデメリットを克服するために、産褥期およびその後の育児に対する何らかのサポートを講じることが求められる。

 母親
・「早期母子接触」希望の意思を確認する
・上体挙上する(30 度前後が望ましい)
・胸腹部の汗を拭う
・裸の赤ちゃんを抱っこする
・母子の胸と胸を合わせ両手でしっかり児を支える

 
・ドライアップする
・児の顔を横に向け鼻腔閉塞を起こさず、呼吸が楽にできるようにする
・温めたバスタオルで児を覆う
・パルスオキシメータのプローブを下肢に装着するか、担当者が実施中付き添い、母子だけにはしない
・以下の事項を観察、チェックし記録する
 呼吸状態(努力呼吸、陥没呼吸、多呼吸、呻吟、無呼吸)に注意する、冷感、チアノーゼ、バイタルサイン(心拍数、呼吸数、体温など)、実施中の母子行動
・終了時にはバイタルサイン、児の状態を記録する

【参考文献】
1)Moore ER, Anderson GC, Bergman N. Early skin-to-skin contact for mothers and their healthy newborn infants: Cochrane Database Sys Rev. 2007;18.
2)Bystrova K, Widstrom AM, Matthiesen AS, et al. Skin-to-skin contact may reduce negative consequences of “the stress of being born”: a study on temperature in newborn infants, subjected to different ward routines in St. Petersburg. Acta Paediatrica 2003;92:320?6.
3)Anderson GC, Chiu SH, Dombrowski MA, et al. Mother-newborn contact in a randomized trial of kangaroo (skin-to-skin) care. Journal of Obstetric, Gynecologic and
Neonatal Nursing 2003;32:604?11.
4)吉永宗義ら. 出生直後の母児接触のあり方に関する調査.財団法人こども未来財団.平成20 年度児童関連サービス調査研究等事業報告書「妊娠・出産の安全性と快適性確保に関する調査研究」p48-58,2010.
5)Poets A,Steinfeldt R, Poets CF et al. Sudden deaths and severe apparent life-threatening events in term infants within 24 hours of birth. Pediatrics. 2011;127:e869-73.
6)Becher JC, Bhushan SS, Lyon AJ. Unexpected collapse in apparently healthy newbornsa prospective national study of a missing cohort of neonatal deaths and near-death events.
Arch Dis Child Fetal Neonatal Ed. 2012;97:F30-4.
7)Fleming PJ.Unexpected collapse of apparently healthy newborn infants: the benefits and
potential risks of skin-to-skin contact. Arch Dis Child Fetal Neonatal Ed. 2012;97:F2?3.
8)久保隆彦. 分娩室・新生児室における母子の安全性についての全国調査、財団法人こども未来財団平成23年度児童関連サービス調査研究事業報告書.2012年3月.
9)堀内勁. 出生直後の皮膚と皮膚の接触の意義と安全性. 日本母乳哺育学会雑誌.2010;4:60-72.

(以上、日本周産期・新生児医学会ホームページより全文引用)


compound presentation(複合胎位異常)

2012年09月02日 | 周産期医学

**** Williams obstetricsより(要約、日本語訳)

compound presentation(複合胎位異常)は、先進部と並んで四肢が脱出し、両者が同時に骨盤内に先進するまれな胎位である。主には、頭位分娩で手や腕が同時に脱出する場合が多いが、まれには、頭位分娩で同時に足が脱出する場合や、骨盤位で同時に手が脱出する場合などもありうる。

compound presentationの発症頻度は、およそ1000分娩に1例程度である。

compound presentationは、児頭と骨盤入口部の間に隙間ができるような状態(例えば早産)と関連している。

児頭と同時に腕が先進している場合には、児頭の下降に伴って腕を引っ込めてくれて、分娩の障害にはならない場合も多いので、頻回の経過観察でよい。もしも、腕を引っ込めなくて、それが児頭の下降を妨げていると判断される場合は、脱出した腕をやさしく押し上げて、同時に子宮底を圧迫して児頭を下降させるように試みてもよいかもしれない。しかし、Tebesらは、児頭と手が同時に先進している分娩で、先進した前腕が虚血性の壊死に陥り、腕の切断を余儀なくされた悲惨な症例を報告した(1999)。

一般的には、周産期死亡は、早産、臍帯脱出、侵襲的な産科的操作によって増加する。

Compound
(Williams Obsterics 23rd ed. p.478 より)

****** 文献の要約

Tobesらの症例報告(Congenital Ischemic Forearm Necrosis Associated with a Compound Presentation. J Matern Fetal Med. 1999、231-233)では、分娩第Ⅰ期が6時間、分娩第Ⅱ期が1時間、介入なしの自然分娩で、児頭と右手が先進。分娩経過中、手を一度も触診しなかった。児は3530gの男児、Apgar score:8/9、分娩直後より児の右前腕~右指は全く動かず、浮腫とチアノーゼが認められた。生後2日目に親指と示指が壊死し始め、生後9日目に親指と示指を切断し、生後23日目に肘から先の前腕全部を切断した。Discussionで、Tobesらの報告以前に、compound presentationに関連して前腕切断に至った症例の報告が2例(Steinerら 1945、Shafferら 1984)あると述べている。ただ、compound presentationに関連した腕の虚血性壊死は極めてまれであり、ほとんどの場合は胎児が手を引っ込めて大事には至らないので、compound presentationでは待機的な管理方針が推奨される。まれな計3例の悲惨な事例をもって、通常の管理方針を変更する必要はないだろうと述べている。

****** 私見

compound presentation(複合胎位異常)は1000分娩に1例の発症頻度ということなので、それほどまれな胎位異常ではない。実際に、当科でも今年に入ってからすでに2例経験した。どうしても手が引っ込まないで経腟分娩になりそうな状況に至った場合には、そのまま経腟分娩を完遂すると先進している手や腕の骨折、神経障害、壊死などの可能性もあり、最終的な分娩様式については本人・家族とよく相談する必要がある。


妊婦の血液検査でダウン症の出生前診断(精度99%)

2012年08月30日 | 周産期医学

新聞各紙の報道によれば、妊婦の少量の血液から胎児のDNAを調べて、胎児がダウン症かどうかを確認できる新型の出生前診断を、国立成育医療研究センターなど国内の数施設が9月以降に共同臨床研究として始める予定とのことです。

共同臨床研究には、出生前診断について相談、支援できる態勢が整った国内の数施設が参加する予定で、各施設とも院内の倫理委員会の承認を経た上で開始します。35歳以上が対象で、費用は約21万円、 1年ほどかけて1000人のデータを集め、ダウン症と診断された割合や、妊婦がどんな選択をしたかなどを調べ、国内で本格導入された際の指針作りに生かすとのことです。

この検査法は米国の検査会社が開発し、昨年10月に米国で導入され、妊娠10週以降の妊婦の少量の血液を調べればダウン症か99%の精度でわかるとのことです。妊婦の腹部に細い針を刺して羊水を採取し染色体異常を調べる従来の方法(羊水検査)に比べて極めて安全にできますが、簡単に検査ができるため異常が発見された際の人工妊娠中絶が大幅に増える懸念もあります。

ダウン症の従来からの出生前診断には、羊水検査、血清マーカー(トリプルマーカー、クワトロテスト)、超音波検査(NT: nuchal translucency)などがあります。羊水検査はダウン症を確定診断できますが、0.3%の確率で流産する可能性があります。また、羊水検査を受けられる時期も妊娠15~17週で、その検査結果が判明するのに1カ月近くを要します。血清マーカーや超音波検査はダウン症の可能性を調べる検査で、ダウン症を確定診断できません。

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20120829-OYT1T00031.htm

http://mainichi.jp/select/news/20120829k0000e040200000c.html

http://sankei.jp.msn.com/life/news/120829/bdy12082911260002-n1.htm


症例から学ぶ 周産期診療ワークブック

2012年07月13日 | 周産期医学

今週日曜日に周産期新生児医学会に日帰りで参加して来ました。学会場の書籍売り場に新しく発刊されたばかりの「症例から学ぶ周産期診療ワークブック」という本が山積みされてました。学会に参加した多くの人たちがどんどん購入してました。私も迷わず早速一冊購入しました。わかりやすくて、とてもいい本だと思います。大学医局の後輩や当科所属の産婦人科専門医で周産期専門医試験の受験を予定している先生たちにも購入することを強く勧めました。私もこの本で若い医師・助産師や学生達とともに周産期医学を楽しく学び、定年退職までの数年間を命をかけて頑張りぬきたいと思います。

****** メジカルビュー社のホームページより

070989

編集:日本周産期・新生児医学会 教育・研修委員会 
定価:9,975円(5%税込)B5判 472ページ
2012年7月12日刊行

****** 内容紹介:

 周産期の様々な疾患について症例提示を行い,それに対する設問,および解答・解説によって,臨床的テーマについて実際的な知識・判断力を養うことができる,日本周産期・新生児医学会 教育教育・研修委員会編集によるワークブックである。設問に答えていくことで専門医試験等に役立つトレーニングもできる。多数のスペシャリストによる編集・執筆で,実践的でありながらもサイエンスにつながる内容となっており,アップデートな話題や,患者や家族への説明にも役立つ記述も盛り込み,専門医も満足できるハイレベルな内容となっている。

****** 序文:

 このたび日本周産期・新生児医学会より「症例から学ぶ-周産期診療ワークブック」を刊行する運びとなりました。本書は,周産期専門医を目指す医師や,すでに周産期専門医を取得し指導的立場にある方を対象に企画されました。
 本書が,従来のテキストブックと大きく異なる点が3つあります。1つは,タイトルにも表されているように,症例を中心に質問に回答しながら,つまり自ら考えながら読み進め学習することができる点です。質問に対する解答が,正答と誤答だけではなく,controversialな選択肢が含まれているところもユニークな点です。日常診療では,診断や治療のアプローチの仕方は必ずしも1つとは限りません,また,さまざまな考え方や相反する論文をもとに対応しなければならない場面に遭遇することも多々経験するところです。周産期専門医を目指す医師や指導的立場にある専門医ならば,エビデンスが確立した知識のみならず,どのような点が議論になっているのかも知っておくことは当然のことであると思います。
 2つ目は,日本周産期・新生児医学会が刊行するにふさわしいテキストブックとするために,各項目ついて査読が行われ,執筆者による内容の偏向を最小限にとどめるように配慮した点です。しかしながら,執筆者と査読者との見解の相違があり,意見調整が必要な場合もありましたが,これも両者がより質の高いテキストブックとするための強い意志の現れではなかったかと思います。
 3つ目は,従来の日本のテキストに比べ各章の文献リストを大幅に増やした点です。これにより最新の文献を検索することが可能となり,またさまざまな考え方があることも学ぶことができるようになりました。
 本書は,今後も定期的に内容を見直しながら版を重ねていく予定にしております。ぜひご一読いただき,教育・研修委員会まで忌憚のないご意見をお寄せ頂ければ幸いです。
 最後に,執筆者の皆様やレビューをしていただいた諸先生方,本書の企画・編集に携わった教育・研修委員会委員各位に感謝申し上げます。

2012年6月

日本周産期・新生児医学会 教育・研修委員会委員長
板橋家頭夫

日本周産期・新生児医学会 理事長
田村 正徳

****** 目次:

I 母体編
1.妊娠初期の異常
 1 異所性妊娠(帝王切開創瘢痕部妊娠を含む)
 2 流産(習慣流産を含む)
 3 胞状奇胎(奇胎合併妊娠を含む)
 4 妊娠悪阻
 5 頸管無力症(子宮頸管縫縮術を含む)
2.妊娠中期後期の異常
 1 妊娠高血圧症候群
 2 早産(前期破水,無症候性頸管長短縮例の管理を含む)
 3 糖代謝異常妊娠(妊娠糖尿病,糖尿病)
 4 血液型不適合妊娠
 5 静脈血管塞栓症
 6 異常出血(前置胎盤,常位胎盤早期?離)
 7 羊水量の異常(羊水過多,羊水過少)
3.合併症妊娠
 1 婦人科疾患(子宮筋腫,子宮頸部腫瘍,卵巣腫瘍)
 2 呼吸器疾患(気管支喘息)
 3 循環器疾患(心疾患,高血圧)
 4 内分泌代謝・リウマチ疾患(甲状腺,膠原病)
 5 血液疾患(特発性血小板減少性紫斑病,血小板増加症)
 6 消化器疾患(炎症性腸疾患)
 7 腎泌尿器疾患(慢性腎炎,腎移植後)
 8 筋骨格・神経(筋緊張型ジストロフィー,重症筋無力症)
 9 脳血管障害(脳動脈瘤,もやもや病)
4.分娩・産褥時の症候
 1 陣痛の異常(微弱陣痛,過強陣痛)
 2 遷延分娩・分娩停止(児頭骨盤不適合,回旋異常を含む)
 3 異常出血
   ①子宮破裂
   ②産褥血腫
   ③弛緩出血
   ④常位癒着胎盤の対処法
   ⑤羊水塞栓症
 4 DICおよび産科危機的出血

II 胎児編
1.Fetal growth restriction
 1 Fetal growth restriction(産科)
 2 Fetal growth restriction(新生児科)
2.多胎妊娠
 1 多胎妊娠(産科)
 2 多胎妊娠(新生児科)
3.胎児機能不全
 1 胎児機能不全(胎児心拍モニタリングを含む)
4.母子感染症
 ウイルス関連
 1 インフルエンザ,風疹,水痘
 2 サイトメガロウイルス,ヘルペスウイルス
 3 パルボウイルス
 4 HIV
 5 HTLV-1
 6 HBV,HCV
 細菌・その他
 7 STD(梅毒,クラミジア)

III 新生児編
1.新生児仮死
 1 新生児心肺蘇生法
2.胎児水腫
 1 胎児水腫(胸水を含む)
3.呼吸
 1 呼吸窮迫症候群
 2 胎便吸引症候群(空気漏出症候群を含む)
 3 慢性肺疾患
 4 無呼吸
4.循環
 1 未熟児動脈管開存症
 2 新生児遷延性肺高血圧症
 3 先天性心疾患
 4 新生児の不整脈
 5 ショック
5.神経
 1 頭蓋内出血
 2 脳室周囲白質軟化症(PVL)
 3 新生児発作
 4 低酸素性虚血性脳症
 5 薬物離断症候群(薬物離脱症候群)
6.黄疸
 1 早発黄疸
 2 遷延性黄疸
7.血液
 1 未熟児貧血
 2 播種性血管内凝固症候群(DIC)
 3 輸血(交換輸血を含む)
8.感染症
 1 早発型感染症(GBS)
 2 敗血症・髄膜炎(大腸菌,リステリア)
 3 院内感染症(MRSA)
9.栄養
 1 経腸栄養(母乳栄養,強化栄養を含む)
 2 静脈栄養(輸液を含む)
10.消化器
 1 新生児壊死性腸炎
 2 ミルクアレルギー
 3 胎便関連性腸閉塞症
11.腎
 1 急性腎不全
12.代謝・内分泌
 1 先天的な内分泌疾患
 2 低血糖症
 3 晩期循環不全
 4 先天代謝異常症
13.先天異常症
 1 染色体異常症と先天異常症候群
14.新生児外科系疾患
 1 脳神経疾患(二分脊椎,水頭症)
 2 胸部疾患(主として横隔膜ヘルニア,CCAM)
 3 腹部疾患(臍帯ヘルニア,腹壁破裂)
 4 腹部疾患
 5 泌尿器疾患(腎盂拡張)
 6 骨格異常
15.未熟児網膜症
 1 未熟児網膜症
16.極低出生体重児の予後
 1 極低出生体重児のフォローアップと予後 
17.周産期の倫理
 1 出生前診断・胎児治療
 2 出生後の対応


ヒト免疫不全ウイルス(HIV)

2012年06月12日 | 周産期医学

human immunodeficiency virus

・ ヒト免疫不全ウイルス(HIV)は、一本鎖RNAよりなるウイルス核酸をもつレトロウイルスである。以下の2つが存在する。 
 HIV-1(Human Immunodeficiency Virus type1) 
 HIV-2(Human Immunodeficiency Virus type2)

・ HIVは、人の免疫細胞に感染して免疫細胞を破壊し、最終的に後天性免疫不全症候群(AIDS)を発症させるウイルスである。

******

後天性免疫不全症候群(AIDS)
acquired immunodeficiency syndrome

・ 後天性免疫不全症候群(AIDS)は、HIVがCD4陽性T細胞に感染し、CD4陽性T細胞が破壊されて後天的に免疫不全に陥った状態である。

・ HIV感染が成立しAIDS発症前の状態はHIV感染症と呼ばれ、AIDSとは区別されている。

・ 現在のところHIV感染が成立したあとに完全に体内よりウイルスを除去する方法はなく、薬物によりウイルスの複製を抑制することによりAIDSの発症を可能な限り遅らせることが治療の主眼である。

******

CD4陽性T細胞(リンパ球)

・ CD4陽性T細胞は、細胞表面にCD4抗原を発現しているT細胞の亜集団である。

・ CD4陽性T細胞は、他のT細胞の機能発現を誘導したりB細胞の分化成熟、抗体産生を誘導したりするヘルパーT細胞として機能する。

・ CD4陽性T細胞は、HIV(AIDSの原因ウイルス)やHTLV-1(ATLの原因ウイルス)が感染する細胞である。

5_2

****** HIV(エイズ)検査完全ガイドより引用

HIV増殖の過程

6

【1】HIVがCD4レセプターに取り付く
【2】HIVのDNAと逆転写酵素を放出
【3】逆転写酵素の働きによってHIVのRNAからDNAが作られる
【4】CD4陽性T細胞の核内へ入る
【5】HIVの部品を作りはじめる
【6】HIVの部品を組み立てる、新しいHIVが次々とコピーされる
【7】新しいHIVは、CD4陽性T細胞をから外に飛び出し、次の感染先を見つける。

******

7

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11

12

******

妊産婦の取り扱い

・ HIVは3つのルート(経胎盤感染、産道感染、母乳感染)で母子感染する。

・ HIVの母子感染は母体血漿中のHIV RNA量に相関しているため、妊婦に関してはCD4陽性リンパ球数にかかわらず治療を開始する。

・ 薬剤として妊婦には禁忌とされているものがあり、その選択には留意する。

・ 分娩は選択的帝王切開で行われるべきであり、出産後の授乳は禁止する。

******

産婦人科診療ガイドライン・産科編2011

CQ610 HIV感染の診断と感染妊婦取り扱いは?

Answer

1. 妊娠初期にHIV検査を行う。(B)

2. スクリーニング検査陽性の場合、以下を行う。(A)
・ 「偽陽性が多いので、本検査陽性であっても95%の妊婦は感染していない」と説明する。
・ 確認検査は、ウェスタンブロット法とPCR法の両者を同時に実施する。

3. HIV感染の疑いがある場合は、各地域のHIV-AIDS拠点病院に相談する。(C)

4. HIV感染妊婦には母子感染予防を目的に、①妊娠中の抗HIV薬投与、②選択的帝王切開術、③人工栄養、④新生児に抗HIV薬予防投与のすべてを行う。(B)


母子感染症: B型肝炎

2012年06月03日 | 周産期医学

Hepatitis B

【病原体】
 B型肝炎ウイルス(Hepatitis B virus:HBV)

【垂直(母子)感染の経路】
 産道感染が主であるが、キャリア母体からの児のごく一部(5%以下)において経胎盤感染(胎内感染)が成立する。

【疫学】
・ 妊婦のHBs抗原陽性率:1%以下(0.3~0.5%程度)
・ HBs抗原陽性妊婦のHBe抗原陽性率:25%

【児のHBVキャリア化】
・ HBs抗原陽性でHBe抗原陰性の妊婦(ローリスク群)から出生した児がHBVキャリアになることはほとんどない。
・ HBe抗原陽性妊婦(ハイリスク群)から出生した児を放置した場合、児のHBVキャリア化率は80~90%とされている。

【B型肝炎母子感染防止対策】
・ B型肝炎は血液を介したB型肝炎ウイルス(HBV)の感染によって起こり、「一過性感染」と「持続感染」(キャリア状態)の2種類の感染様式がある。
・ 日本のHBV持続感染者(キャリア)のほとんどは母子感染により生じる。
・  HBVキャリア妊婦から生まれた児に対して、HBsヒト免疫グロブリン(HBIG)とワクチンによる「B型肝炎母子感染防止対策」を行い、児のキャリア化を防御する。
・ 日本の全世代におけるHBs抗原陽性キャリアの頻度は約2%弱であり、B型肝炎母子感染防止事業が全国的に開始された1986年以降の世代のキャリア率は0.05%に激減した。

【B型肝炎母子感染防止対策プロトコール】
1. 妊婦に対しHBs抗原検査を行い、陽性であればHBe抗原検査を行う。
2. HBs抗原陽性妊婦からの出生児に、HBe抗原の結果にかかわらず出生後HBsヒト免疫グロブリン(HBIG)を投与する。
3. HBs抗原陽性妊婦からの出生児に、生後1か月でHBs抗原を検査する。児のHBs抗原が陽性の場合(胎内感染)は、以後のHBIGとワクチンは投与しない。
4. 児のHBs抗原が陰性であれば、生後2か月にHBIG とHBワクチン、生後3および5か月にHBワクチンを投与する。
5. 生後6か月頃にHBs抗体検査を行い、HBs抗体検査陰性もしくは低値の場合には、HBs抗原検査を行い、HBs抗原陰性者に対してHB ワクチンの追加接種を行う。
※ HBe抗原陰性妊婦からの出生児に関しては、生後1か月時のHBs 抗原検査、生後2か月時のHBIGは省略できる。

Hbv

産婦人科診療ガイドライン・2011
CQ606 妊娠中にHBs抗原陽性が判明した場合は?
Answer
1. HBe抗原・肝機能検査を行い、母子感染のリスクを説明する。(A)
2. 内科受診を勧める。(C)
3. 小児科と連携して出生児に対して「B型肝炎母子感染防止対策」を行う。(A)
4. 「B型肝炎母子感染防止対策」を行えば授乳を制限する必要はない旨を説明する。(B)

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B型肝炎母子感染防止対策の手引き
(日本産婦人科医会ホームページ)

B型肝炎について(一般的なQ&A)
作成:厚生労働省
作成協力:(財)ウイルス肝炎研究財団、(社)日本医師会感染症危機管理対策室


妊婦の体重管理

2012年04月30日 | 周産期医学

我が国の出生時平均体重は、1980年に男子3230g、女子3160gだったのが、2010年はそれぞれ2980g、2910gとなり、日本人の出生時体重は年々減少し続けてます。また、我が国の低出生体重児(出生時体重:2500g未満)の割合は、1975年の5.1%から1995年には7.5%と増加し、2010年は9.6%とさらに増加しました。

低出生体重児で生まれることがすぐに問題になるわけではありませんが、将来的にメタボリックシンドローム、糖尿病などの生活習慣病になるリスクは高くなることがわかっています(DOHaD、Barker説)。

従来、我が国では、妊娠中に母体の体重が増え過ぎると胎児が大きくなりすぎて難産になったり、妊娠高血圧症候群などのリスクが高まるため、多くの病院の妊婦健診で妊婦の体重管理を厳しく指導してきました。かつては『小さく産んで大きく育てる』のが理想的とされてきましたが、その考え方は最近では大きく見直されつつあります。

近年では厳しい体重管理の弊害も多く指摘されるようになり、産婦人科診療ガイドライン・産科編2011でも、体格や個人差を考慮したゆるやかな指導を推奨しています。

参考:
日本人の出生時体重は年々減少している!
DOHaD( Barker説 )とは?

****** 産婦人科診療ガイドライン・産科編2011

CQ010 妊娠前の体格や妊娠中の体重増加量については?

Answer
1. 「妊娠前の体格と妊娠予後」について尋ねられた場合には以下の情報を提供する。(C)
 1) やせ女性(BMI<18.5)は切迫早産、早産、低出生体重児を分娩するリスクが高い傾向がある。
 2) 肥満女性(BMI≧25)は妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病、帝王切開分娩、死産、巨大児、児の神経管閉鎖障害などのリスクが高い傾向がある。

2. 「妊娠中の体重増加量」について尋ねられた場合には以下の情報を提供する。(B)
 1) 日本人の食事摂取基準(2010年版)(厚生労働省策定)では、普通の体格の妊婦(非妊時BMI値が18.5~25.0未満)が妊娠40週の時点で約3kgの単胎児を出産するのに必要な体重増加量は11kgとしているが、個人差がある。
 2) 妊娠中の母体体重増加量が多いほど児の出生時体重が重くなる傾向がある。しかし、妊娠前のBMI値が高いほどこの傾向は弱くなる。肥満女性の場合は妊娠中の体重増加より妊娠前の肥満度のほうが出生時体重に影響する傾向がある。

3. 妊娠中の栄養指導を行う場合以下の点に留意する。
 1) バランスのとれた栄養素の接種を勧める。(A)
 2) 妊娠前の体格(自己申告妊娠前体重を用いたBMI値)に応じて行う。(B)
 3) 妊婦の体重増加に関して目的の異なる複数の推奨値(表1)があるが、体重増加は栄養指導における評価項目の1つと認識する。(B)
 4) 厳格に体重増加を指導する根拠は必ずしも充分ではないと認識し、個人差を考慮してゆるやかな指導を心がける。(C)

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(a):自己申告による妊娠前の体重をもとに算定したBMIを用いる。
(b):日本妊娠高血圧学会による妊娠高血圧症候群(PIH)管理ガイドライン(2009)においても日本産科婦人科学会と同様の立場をとっているが、厚生労働省「健やか親子21」を紹介している。
(c):現在の妊娠高血圧症候群と診断基準が異なる。
(d):非妊時に正常体重であった妊婦の至適体重増加を1012kgと見なす意見は正当でないとの立場である。
(e):日本肥満学会では、妊婦のBMI値が、妊娠初期(5~16週)では24.9、中期(17~28週)は27.1、末期(29~40週)は28.2を超える妊婦を肥満妊婦と判定する。
(f):妊娠37~41週において出生体重2500~4000gを目標として設定。
(g):MBI25~30は米国ではoverweght(WHO基準ではpreobese)であり、BMI30以上から肥満となる。
(h):妊娠39~40週において出生体重3000~4000gを目標として設定。

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妊娠中の食事摂取

・ 妊娠中の栄養摂取量は、非妊時の所要量に、妊婦自身の基礎代謝の亢進と胎児の発育に要する量を加えて計算する。

・ 非妊時の必要量に加え、妊娠初期には1日約50kcal、妊娠中期には約250kcal、妊娠後期では約500kcalが必要である。

・ 1日栄養摂取量は、妊娠初期2000kcal、妊娠中期2250kcal、妊娠後期2450kcal程度を目安とする。

・ 妊娠中の体重増加の推奨値に関しては統一見解がなく、介入研究も極めて少ない。したがって、厳しい体重管理を行う根拠となるエビデンスが乏しく、慎重な姿勢が求められる。 厳格に体重管理を行う根拠は必ずしも充分ではないと認識し、個人差を考慮してゆるやかな指導を心がける。

・ National Collaborating Center for Women's and Children's Health(英国)のガイドラインでは、初診時に身長体重を測定して評価を行い、栄養状態に問題がある場合のみ定期的に体重を測定し、通常の妊婦健診では体重を測定しないことを推奨している(定期的な体重測定は妊婦に不必要な心配を与えるに過ぎずメリットがないとしている)。

・ 日本人の食事摂取基準(2010年度版、厚生労働省策定)では、普通の体格の妊婦(非妊時BMI 18.5~25.0)が妊娠40週の時点で約3kgの単胎児を出産するのに必要な体重増加量は11kgとしている。

・ 妊娠中の体重増加は、妊娠前に痩せていた人(BMI 18.5未満)では9~12kg、普通の体型の人(BMI 18.5~25.0)では7~10kg、太っていた人(BMI 25.0以上)では5~7kg程度を目安とする。【日本産科婦人科学会周産期委員会、1997年】

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Developmental Origins of Health and Diseases (DOHaD)

近年、DOHaDという概念が注目されている。1980年代にBarkerらがはじめに提唱したのでBarker説ともいわれる。世界中の多くの疫学的な検討がこの学説を支持している。

これは、「胎生期から乳幼児期に至る栄養環境が、成人期あるいは老年期における生活習慣病発症リスクに影響する」という考え方である。

具体的には、「胎児期に低栄養環境におかれた個体が、出生後、過剰な栄養を投与された場合に、肥満・高血圧・2型糖尿病などのメタボリックシンドロームに罹患しやすくなる」というものである。

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我が国における出生時平均体重の推移

1975年以降の約30年間で、日本人の出生時平均体重は200g近く減少している。 これは、日本人の胎児期の栄養状態が悪化していることを意味し、今後、日本人のメタボリックシンドロームの発症率が増加する危険性が極めて高いのでは?と懸念されている。

出生時平均体重の減少の主因が、妊婦の栄養摂取不足によるとの説が有力である。我が国ではこれまで長年にわたって、多くの産科施設において妊婦健診で厳格な体重管理を行ってきた。しかし、厳格に体重管理を行う根拠は必ずしも充分ではない。今後は、妊娠中の栄養状態が児の将来の健康に影響を及ぼすことを、十分認識しなければならない。

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****** 以下、朝日新聞記事(2012/4/29)より引用

新生児の体重、減少の一途 30年で250グラム軽く

 生まれたばかりの赤ちゃんの体重が30年以上、減り続けている。厚生労働省研究班の分析で、若い女性のスリム化や、少子化で初産の割合が増えたことが背景にあることがわかった。生まれた時の体重が少ないと、将来、生活習慣病になりやすいという研究が相次いでおり、厚労省は赤ちゃんの体重と将来の健康影響について調査を始める。

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 厚労省の乳幼児身体発育調査の最新結果(2010年)によると、男児の出生時体重は平均2980グラムで10年前より61グラム少なく、女児は平均2910グラムで45グラム少なかった。最も体重が多かった1980年より、男女とも250グラム減った。

 国立保健医療科学院の加藤則子統括研究官によると、これだけ長期間、新生児の体重が減り続けている国は先進国でも珍しいという。

 厚労省の研究班が原因を分析すると、妊婦がやせていたり妊娠中の体重増加を抑えたりすると、赤ちゃんの体重も少なくなっていた。背景には、若い女性のスリム志向が強まったほか、30年以上前から続く「小さく産んで大きく育てる」という妊婦教育もあるようだ。国の調査で「やせすぎ」と分類された二十代女性が10年は3割を占め、30年前より倍増した。

 さらに、医療の進歩で早産の低体重児の死亡率が下がったほか、妊婦の喫煙、初産や多胎の割合が増えたことや、出産週数がわずかに早まっていることも影響していた。理由ははっきりしないが、第一子は一般的に第二子以降より低体重で生まれることが多い。

 近年、出生時の体重が少ないと将来、糖尿病や高血圧といった生活習慣病などのリスクが高まるとの疫学研究が欧米を中心に次々に報告されている。胎児の時の子宮内の環境などが体質に影響している疑いがある。英国の調査では、出生時体重が2500グラム以下の男性に比べ、出生体重が3850~4300グラムの男性は心筋梗塞で亡くなるリスクが半分程度だった。

 低体重で生まれ、乳幼児期に急激に体重が増えると、将来、心臓病や糖尿病などになりやすいことも分かってきた。

 厚労省は5月にも新たな研究班(代表=横山徹爾・国立保健医療科学院部長)を開いて、赤ちゃんの体重と将来の健康影響との関係を調べる。成人の生活習慣病などの有無と生まれた時の体重との関係を過去にさかのぼって調べるほか、将来的には新生児が成人になるまで追跡することも想定している。

 日本産科婦人科学会理事の海野信也北里大教授は「妊婦の高年齢化も新生児の低体重の大きな要因。小さい赤ちゃんを大きく育てようとたくさん食べさせることで、糖尿病などのリスクをさらに高める可能性もある。妊娠中に極端に太るのはよくないが、体重増加に神経質にならないで欲しい」と助言する。(大岩ゆり)

     ◇

 〈小さく産んで大きく育てる〉 新生児の体重が増加傾向にあった頃に、妊婦の体調などに配慮して提唱されたスローガン。妊婦が太りすぎると妊娠中毒症や妊娠糖尿病のリスクが高まるという心配や、赤ちゃんが小さいほうが分娩(ぶんべん)が楽ということが背景にあった。近年、若い女性のダイエット志向や自然分娩志向の強まりなどで、肥満ではない妊婦も妊娠中の体重増加を極端に気にする傾向が強まった。最近は、行き過ぎを心配する産婦人科医が少なくない。

(以上で朝日新聞の記事からの引用終わり)

****** 以下、北海道新聞記事(2012/4/05)より引用

妊婦さん、痩せすぎ注意 2500グラム以下の低出生体重児が増加

体重2500グラム以下の低出生体重児が増えるなど新生児の体重が低下しているのは、痩せすぎの若い女性が増加していることが主因だ。低出生体重児は、成長してから生活習慣病になりやすいことが分かってきている。日本産婦人科学会は診療ガイドラインに妊婦の体重についての注意点を盛り込み、現場でも体格に合わせた体重指導が行われるようになってきた。(塚本博隆)

成長後、生活習慣病の可能性高く

国の乳幼児身体発育調査によると、出生時の平均体重は1980年に男子が3230グラム、女子は3160グラムだったが、2010年はそれぞれ2980グラム、2910グラムと男女とも3000グラムを割った。低出生体重児の割合は、国の人口動態統計によると75年の5.1%から95年には7.5%と増加。10年は9.6%と1割に迫っている。

一方、痩せすぎの女性も増えている。肥満度を示す体格指数(BMI=体重÷身長の2乗)は、18.5未満が痩せすぎとなる。国民健康・栄養調査によるとBMI 18.5未満の20代女性は80年は12.6%だったが、10年は29.0%と上昇。専門家は、低出生体重児の増加との関わりを指摘する。

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妊婦の痩せすぎに注意が向けられるのは、胎児期に低栄養状態に置かれると大人になって生活習慣病になる可能性が高まるからだ。80年代には英国の医師が「低出生体重児は虚血性心疾患による死亡率が高い」と報告。2500グラム未満で生まれた女性が妊娠糖尿病になるリスクは、2500~4000グラムで生まれた女性の6倍になるとの報告を厚生労働省研究班が09年にまとめた。

もともと妊娠中に体重が増え過ぎることは胎児が大きくなりすぎて難産になったり、妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)などのリスクが高まるため、妊婦の体重管理は厳しく指導されてきた。しかし近年は体格に応じた指導に変化している。

札幌市の初産妊婦向けの教室では数年前まで妊娠時の体重増加の目安は最高で10キロとしていたが、札幌市厚別保健センター助産師の番場幹子さんは「現在はBMIが18.5未満の女性ならば最高12キロの体重増加を目指すように指導している」と話す。

妊娠、出産 栄養分の貯金必要

日本産婦人科学会も、11年に改訂したガイドラインで「やせ女性は切迫早産、早産、低出生体重児を分娩するリスクが高い傾向がある」との記述を初めて盛り込み、妊婦の体重指導についても「個人差を考慮してゆるやかな指導を心がける」と呼び掛ける。

ガイドラインをとりまとめた北大大学院医学研究科の水上尚典教授(産科・生殖医学)は「少ない体重で生まれることがすぐに問題になるわけではないが、将来的に生活習慣病になるリスクは高くなる」と説明する。札幌西レディースクリニック(札幌市西区)の寺沢勝彦院長も「かつては『小さく産んで大きく育てる』のが理想的とされてきたが、もう古い考え」と言う。

出産後に元の体形に戻らないことを恐れて「妊娠中も体重を増やしたくない」と考える女性もいるが、水上教授は「妊娠、出産のためには栄養分の貯金が必要。妊娠中に体重が増えないということは胎児に行くべき栄養が行っていないということで、胎児に悪い影響を及ぼしかねない」と警鐘を鳴らす。その上で「BMIが基準内の20でも太っていると感じる女性もいるが、出産を控えた女性はBMIは20以上はあったほうがいい」と訴える。

(以上、北海道新聞の記事より引用)