昔は線路と言えば踏切。車が立ち往生したりするたびに電車が遅れました。今は高架工事が進み、踏切が激減。人身事故も減りましたが、ホームでの人身事故など、多くの人の足に影響を及ぼす迷惑な事故が最近は増えて来ました。スーパーのレジがパート女性の手打ちだった昭和40年代に比べ、現在のレジは機械化が信じられないほど進みましたが、レジでの待ち時間は現在の方が長い。結局何事も「人」なんだと思います。
話はズレましたが、線路と共に駅も様変わりしました。子供の頃に見た駅の風景と現在の姿は、ほとんどの駅で全く違います。僕の母校・関西大学の最寄り駅である「関大前駅」等は、数年おきに行く度に姿を変えています。
そもそも昭和39年に花壇町駅と「大学前駅」が統合されて「関大前駅」となりました。当時の駅の位置は、現在の駅よりもやや北でした。そもそも地上改札のある駅で、入試の時期の大混雑に対応するために、臨時の切符売り場も改札横にありましたが、駅が地下改札になってから、地上には「臨時切符売り場」だけが残され、それも何度か様変わりしました。
現在の関西大学は学部も増設し、駅から学内に入るルートも正門前の商店街を通る道から、駅の改札を出るやいなや社会学部内を横切って学内に入るルートへ大きく変わりました。社会学部は70年代にや商学部や経済学部の更に後から設けられ、学内の敷地の外に道路を隔てて建てられた為、「関西外大」等と揶揄されたものでした。
大学内はどんどん綺麗になり、広大なキャンパスを持つ都市部には珍しい、まさに大学のイメージを地で行く大学に発展しましたが、現在の関大前駅は上の写真のように寂しげな駅になりました。
また、駅と大学の間にも学生街に相応しい書店や喫茶店、沢山の古本屋、文房具屋等もすっかり消え去り、お酒を提供する居酒屋ばかりが並び立っています。昔のような風景に戻ることはもうないのでしょうか?ここに足を運ぶたびに、歩きスマホの学生と居酒屋を見て、思わずため息が出てしまいます。学生諸君には、2度とない大学時代・青春時代を、悔いの残らないように楽しんで欲しいと心から願っています。勉学や就活にも悔いを残さないで下さいね!