南魚沼~わが故郷から~

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活き活きとした顔が溢れる元気なまちをつくろう

卯年まつり

2011年08月16日 | 卯年まつり
昨日15日は午前中しか時間が割けず、小木六、南田中地区に入ったのが正午頃で行列に遭遇できなかった。
大沢地区もきのうの午後歌舞伎が行われたのだが、これにも行けずに残念だった。
12年後を待つことにしよう(^_^)v(^^;)

きょうは大沢地区の御幸渡御行列の出発風景、そして砂押地区の神社からの出発風景を撮影することができた。
明日このブログに掲載したいと思う。
どちらもアットホームな雰囲気の中にも、卯年大祭本来の「厄除祈願・家内安全・五穀豊穣」の願いがこめられていて
地区を挙げて盛り上がっていた。ずっと行列と一緒にいたいと思った御廻であった。

思えば50の半ば過ぎまで、卯年まつりといえば、「舞子大山組」と「仙石柄沢」のさわり部分と「早川・三郎丸・長表」
しか見たことがなかったので、2011年の卯年大祭は他の地区のまつりを見ることができてとても良かったと思う。
昨年、「来年の卯年まつりを盛り上げようよ」と何人かの方と話してから、このブログで取りあげてきた。
自分にできることをやってみよう、12年に一度のまつりを記録に留めたい、そんな思いで続けてきた。

3月11日の東日本大震災や翌12日の長野県北部地震で中止になるのかな、それもやむを得ないかと思ったこともあった。
しかし、各地区の実行委員会では「こういう年こそ本来の趣旨に立ち返って、まつりを開催しよう。」という多くの意見
があり、春の大祭は一部自粛もあったが予定していた全ての地区で開催された。
夏の大祭も直前に未曾有の水害に見舞われ開催が危ぶまれたが、ここでも全地区で開催された。
「災害なんかには負けないぞ、必ず復活・再生するぞ」という強い意思を地域全体が共有した2011卯年大祭であり、そのこと
を当地域からのメッセージとして発信できたことを確信している。

相棒のキャノンkiss X2と夏から仲間入りしたキャノン60Dに感謝。
そして春から全ての卯年大祭を取材し続けた南魚沼市の広報の秋山さん、文化班の平賀さんに心から感謝申し上げたい。
ご苦労さんでした。
日本で唯一、卯年だけにこの地域だけで行われる「卯年大祭」、全てしっかりと南魚沼市の記録に残して頂いた。

下の写真は5月4日の舞子大山組大祭から。
御神山登頂への突撃を待つ一服休みの屋台風景、この後キャスターを外して「担ぎあげ状態」にシフトチェンジ、
山への一直線の道はすぐそこで待っている。




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上田地区 卯年大祭

2011年08月16日 | 卯年まつり
上田地区の15の行政区が共催する大規模な卯年まつり。
直前に豪雨災害に見舞われ大祭の開催を心配したが、「災厄を祓う」本来のまつりの趣旨に沿って予定通り開催。
きょうも渡御行列は続けられている。
清水地区から下りてくる行列を1時間ほど待って、蟹沢地区の国道291号線でキャッチした。
大型バス5台が止まり、続々と人が降りてくる。そして行列が始まった。
怒濤の神楽の連発とその人数の多さに圧倒される。いったいいくつ神楽が出ているのだろう。
祭り屋台は4台、4トンユニックに載せられ笛太鼓のお囃子を奏でながら進んでいく。
これもトラックが大きいだけに迫力がある。

地区それぞれに特色のある卯年大祭。
怒濤の神楽のパワーを見ながら、「厄を祓い清める」本来の卯年まつりの姿はこれだったかもしれない・・と思った。















(16人が担ぐ"巨大な"御神輿)


(お囃子を奏でる祭り屋台は4台のユニック車)




 


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